9話 VSゴーレム、決着
「くそっ!!『ファイアランス!』」
入り口へ逃げるように向かいながら放った確認の為のファイアランスはゴーレムに直撃し、そのまま霧散した。
どうやらゴーレムは俺のゴミ魔法には反応しないらしい。よし、と心の中で叫ぶ。本には魔法に反応出来ないとも魔法を無効化するとも書いていなかったので、単純に反応するまでもないのだろう。普段なら落ち込むべき事象だろうが、今はそれが有り難い。
「ちくしょう!!」
ゴーレムを警戒させない様、打つ手なく逃走を図るような憐れな背中で入り口へと全力で駆ける。ゴーレムはドシン、ドシン、先程と同じように俺を追ってきた。
……正直ここが一番の賭けだった。もしゴーレムに先程の拳と同じような、今の俺では躱せないレベルの遠距離攻撃があればそれで終わり。俺は今頃バラバラになっていただろう。しかし、
「……賭けに勝った。『取り出し』」
本に書いていた通り、いや、本に書いていなかった通りだ。ゴーレムは遠距離攻撃を持ってないらしく、俺は無事にエリアの入り口を塞ぐ岩の前まで辿り着くことが出来た。……やはり信じるべきは先達だ。
「壊れろっ!!」
取り出したつるはしで岩を思い切り叩く。ガギィン!!という音と共につるはしが腕ごと弾かれた。魔力が存分に込められているのだろう、岩とは思えない硬さだ。反動で腕が痺れる。
ゴーレムはドシン、ドシン、と変わらぬ速度でこちらへと迫っていた。その姿には変化は無い。
「くっ!そっ!がぁっ!!」
二度、三度。力まかせにつるはしを岩に叩きつける。
今ならダイナマイトで岩を壊し、そのまま逃げられるかもしれない。そんな考えも頭をよぎるが……どちらにせよ賭けだ。どうせ命を賭けるなら原因の排除に賭けるべきだろう。
ゴーレムはドシン、ドシン、と変わらぬ速度でこちらへと迫っていた。その姿には変化は無い。
「壊れろっ!壊れろよ!!」
弱音を叫びながらみすぼらしく全力で、何度も何度もつるはしを岩にぶつける。一点をずっと突いていたお蔭か、微かに小さなヒビのようなものが岩に浮かびはじめた時、ゴーレムに変化が起きた。
動きを止め、前足に重心を乗せ膝を曲げ、左肩を前に突き出す。まるでラグビーのタックルフォームだ。
「良かった……止まってくれないんじゃないかとハラハラしたぜ」
距離はおよそ20m、予想してたより大分近い。が、これが例え50mであったとしても俺への到達時間にさほど変化は無かっただろう。一瞬で距離を詰められる間合いに入ったから、ゴーレムは歩みを止めたのだ。……にしても近い。
「ああああああああああ!!!!」
叫びながら、叩きながら、しかし意識は全く別。ググ…と力を溜めているゴーレムへと全神経を集中させる。
プロボクサーのパンチは打ち出されてから避けようとしても絶対に避けられない。人間の反射スピードの限界を超えているからだ。ならば何故プロボクサーはパンチを避けられるのか?答えは簡単。パンチが打ち出されるその前から、避ける方もまた動作を開始しているからだ。
肩をはじめとした全身の動きや重心から、勘や位置や経験則によって拳が出る前に回避行動を開始する。拳が出てきたときには既に避け始めているからこそ、本来なら避けられない筈のパンチをボクサーは容易く避けることが出来る。
これから俺がやるべきは言うなればそれと同じ。勘のみでゴーレムの動き出しを察知し、これから来るゴーレムの攻撃を避ける。それだけだ。
一見無謀に聞こえるが、いや実際無謀だが。俺も伊達に60年近く危ない橋を渡ってはいない。こと命の危機に関しては、俺の勘は、経験則は。常人の域を超えている。
研ぎ澄ませろ。まだ、まだだ。まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、、、、今!!!
「『取り出し』!『ホップウインド』!!」
サージ町を出る前にエマに教わった、習得したかと言われると首を傾げたくなるホップウインドを足下に形成!右足のつま先で蹴っ飛ばす!飛び先は真横!!
不格好でもいい、重要なのは角度だ。なるべく低く、なるべく低く。
「がっ!ああああ!!」
瞬間、突如として混乱する視界。数瞬毎に身体中から痛みが走り、肺への衝撃のせいか息もできない。しかしこれは予測の範疇、つまりはギリギリ成功……といったところか。
少し角度調整をミスった為勢い良く地面を転がっているのだろう。グルグルと目まぐるしく回る視界でしかし、捉えた。
横薙ぎに放った右拳が空を切り、そのままの姿勢でこちらを見やるゴーレムを。そして、
ゴーレムの胸元に吸い込まれるように落ちていく、先程真上に『取り出し』た3kgのダイナマイトを。
「ファイアランス!!!!」
手に溜めていた魔力を放出。尚も転がる視界のせいで炎槍の行方は見えないが、職業柄ダーツは俺の得意種目だ。どんな姿勢だろうが捉えたのなら外さない。俺如きの魔法にゴーレムは反応しない事も実験済だ。
ゴーレムよ、お前は強い。拳が当たりさえすれば俺の身体なんてバラバラになるだろう。
しかし、ダイナマイトもまた、俺の身体を粉々に出来るのだ。
「地球の発破技術を舐めんなよ!!!!!」
次の瞬間、爆音が耳を、身体を、突き刺した。
「がはっ!!!」
一瞬トびかけた意識が地面に衝突した激痛によって戻される。意識だけでなく身体も吹っ飛ばされたようだ。
耳鳴りが酷い。鼓膜がイカれたか?視界も朦朧とする。脳が揺さぶられた所為か。
「ぐっ!ゔぅ……」
身体も気力も限界だ。繋ぎ止めた意識を今すぐにでも手放したい衝動に駆られる。しかしまだだ、まだ早い。
力の入らない腕に力を込め、力の入らない足を無理矢理動かし、立ち上がる。ゴーレムは……ゴーレムは何処に。
「って……嘘だろおい」
ゴーレムを視界に捉え、そして思わずにやけてしまう。嬉しさから来る笑みでは無い。これは恐怖から来るものだ。
ゴーレムはまだ入り口に立ち、こちらを見ていた。右腕はダイナマイトに吹っ飛ばされたのだろうか存在せず、胸の岩は表面が砕け代わりに1mはあるであろうひび割れた紅い巨大魔石が爛々と輝いている。
そして魔石がまだ光っているということは……ゴーレムはまだ死んでいない。
「しゃあねえなぁ……第2ラウンド開始!!ってか?」
言ってみたものの、足に力が入らない。もう一歩も動けない。来るならそっちから来てくれ。
勝機があるとすればコアが剥き出しになっていることか。ヒビも入っているしあそこに手榴弾を投げ込めばどうにかなるか?手榴弾ならまだ倉庫に大量のストックがある、後はどう当てるかだが。
「…………ん?」
耳鳴りと目眩でゆわんゆわんに揺れる頭でカタログ片手に作戦を練っていたのだが、ふとある違和感に気付く。
「もしかして……」
俺に気付かれるのを待っていたかのように、極紅の輝きがみるみるくすみ始める。
そう、岩人形なのだから腕が壊れたら近くの岩で修復出来る筈なのだ。ゴーレムにとって幸いなことに近くには粉々になった岩の破片がちらばっている。
なのに修復もせず、不動のままただこちらを睨んでいる。即ち……、
「お前も限界だったんだな、ゴーレム」
返事は無い。代わりにゴーレムを構成していた岩達が、輝きを失った魔石ごとガラガラと地面に崩れ落ちていった。
本当にすみません!!!!失踪してました!!!!