2話 アンナ・リーリエ
「大丈夫!?怪我は無い!?」
「あ、あぁ⋯⋯」
「よかったぁ〜!」
女はこちらを振り向いて安堵の笑みを浮かべた。
快活そうで綺麗な女だ。歳の頃は20歳そこそこであろうか、風に踊る長い髪が沈みゆく夕陽と重なりキラキラと輝いている。
そんな女が何故、革製とはいえ軽鎧を着ているのか?
そんな女が何故、剣を持ち、また使いこなせているのか?
⋯⋯俺は何故、その女の言葉を理解できているのか?
職業柄50ヶ国語は習得しているが、聞いたことの無い言語だ。にもかかわらず、まるで母国語のように自然と理解ができる。
⋯⋯ここに来てからというもの、常識が全く意味を成していない。もうそういうものと割り切るしか無いが、気持ちの悪い感覚だ。
女の眩しい笑顔とは対象的に、俺の頭はパニックを加速させた。
「いやもうほんと危なかったよ〜。駄目だよ?一人で森に入っちゃ!」
「⋯⋯はい、すいません」
「まぁあなたもこれで懲りたでしょ!大丈夫、帰り道はお姉さんが付き添ってあげる!」
「ありがとうございます!」
年下扱いされるのなんて何十年ぶりだろうか。とりあえず話を合わせる。
「あ、でもちょっと待っててね。せっかく倒したんだしホーンウルフの素材だけ剥ぎとっちゃうから」
「わかりました!」
「あははは!何その言葉遣い!怖かったんだろうけどそんなに畏まんなくていいって、使用人や奴隷じゃあるまいし」
「はは⋯⋯」
この世界じゃ敬語は使用人や奴隷の言葉なのか。とりあえず愛想笑いを浮かべる。⋯⋯⋯奴隷??
喋りながらも女は手際よくホーンウルフと言うらしい獣の角を頭部から剥ぎとっている。
「よし、これで角は終わり!」
角を終わらせ、牙の剥ぎとりに移る女に今度はこちらから質問をする。
「あのさ、一つ聞いてもいいかな?」
「え?なに?知ってる事なら答えるよ!」
「君の名前は?」
「そっか言ってなかったね。アンナよ、アンナ・リーリエ。あなたは?」
「迅だよ、ジン・スミキ。改めてありがとうアンナ。おかげで助かったよ」
「いいっていいって!危険な目にあってる人を助けるのも冒険者の務めってね〜」
少し照れ臭そうにアンナが言う。⋯⋯冒険者??
また出た新語をとりあえず無視し、改めて本題に入る。
「アンナ、ついでにもう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「え〜もうしょうがないな〜。なになに?」
「地球って知ってる?」
「チキュウ?なにそれ??」
⋯⋯どうやら俺はこの世界への認識を改める必要があるらしい。
「俺の故郷だよ。故郷と名前、今はそれしか思い出せないんだ」
「ん?え?どういうこと??」
「記憶喪失みたいでね。気がついたらこの道の先にある平原にいた」
知ってるふりをするよりこっちの方が都合がいいだろう。実際何も知らないのだから支障はきたさない筈だ。
「ええ〜!?記憶喪失〜!?!?」
作業している手を止めオーバー気味にリアクションしてくれるアンナ。若返ったせいもあるだろうが美人のオーバーリアクションはなんというか⋯⋯いいものだな。
「大変じゃない!!ほんとになにも思い出せないの!?」
「ああ。だからその、出来たら色々と教えてほしいんだ。例えば⋯⋯冒険者ってなに?」
「⋯⋯こりゃ重症だ」
アンナはしばらく頭を抱えると、「やばそろそろ暗くなる」と剥ぎ取り作業を再開した。こなれた手つきでどんどんと牙を剥ぎ取り、背負っていたリュックに入れていく。
「⋯⋯記憶喪失ってことは行くあても無いってことだよね?」
「ここがどこかもわからないからね」
「お金は?」
「形もわからない」
「そこまで!?」
「どうやら」
アンナはハァ、とため息をつきながら牙を剥ぎ終え、残った頭部を森に投げる。そしてホーンウルフの後ろ足をロープでまとめると、
「ジン君いい体してるよね。これ持てそう?」
「体力には自信がある」
「なら街まで持ってって。ギルドってとこで売るから。胴体を売った分はジン君にあげるよ」
「え!?いいのか!?」
「特別ね。それから街に着くまでに色々と教えてあげるよ。例えばそうね⋯⋯冒険者のこととか?」
いたずらっぽくアンナが笑う。
心身共に相当衰弱していたのだろう、その屈託の無い笑み、屈託の無い親切心に身体から力が抜けそうになる。こんな姿、菊池が見たら驚いてそれこそ腰を抜かしそうだ。
「⋯⋯アンナに会えて良かった。アンナは命の恩人だ」
「そうでしょうねそうでしょうね」
「この恩はいつか必ず返すよ」
「期待しないで待ってるね」
いつか、必ず。素直にそう心に誓った。
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