1話 草原
「なんじゃこりゃあ!?!?!?」
思わず叫び声をあげてしまう。俺としたことがさっきまでの菊池を笑えない程に狼狽えている。
それもその筈、確かに、確かについ数瞬前まで俺は車に乗って国道を走っていたのだ。それなのに⋯⋯、
「どこだよここはぁ!?!?!?」
限りなく広い草原!車どころかアスファルトも目に映らない景色!!広大な緑が生み出す爽やかな空気が鼻を突き抜け頭を更に混乱させる!!
頭をもたげ、足下に目をやると、、
右足が義足でなくなっていた。
⋯頬をつねる。
「⋯⋯痛い」
もしかしたら夢の世界にも、痛覚は存在するのかもしれない。
あれから10分程が経っただろうか。
突っ立っててもしょうがない。見つけた畦道を歩きながら、現状の整理をしよう。
まず肉体。右足が生えたというよりかは『若返っている』という表現が正しいだろう。
50を越え、様々な理由でボロボロになっていた身体。それが今はどうだ。
筋肉は戻り、手に皺も無い。肩を上げても軋む気配すら無く、身体中から生命力が溢れている。
心なしか身体の奥から得も言われぬ力が湧いている気さえしてくる。若さとはここまで凄かったのか、無性に走りたくなる衝動に駆られるが水源が見当たらないのでやめておく⋯⋯。
目線も若干下がっているので推定年齢は15~6歳位だろうか。
次に今いる場所。なのだが、
商人として世界中を旅してわかったことがある。それは地域ごとに『匂い』がある、ということだ。
調味料を始めとする文化の匂いはもちろん、住んでいる生物の匂い、植物の匂い、その土壌である土の匂い等、様々な匂いが混同してその土地の匂いは作られている。
そして重要なのは、今この鼻に抜けている匂いが『初めて嗅ぐもの』である事。
「大体の地域には行った筈なんだがな」
青々と茂る緑。そこから溢れる心地よい生命力の香りが、こと今に限っては得体のしれない謎として俺に頭痛をもたらしてくる。
もしかしたら車の中で目を瞑ったあのとき、俺は死んだのかもしれない。場所も然り、身体の変化も然り、死後の世界と考えるのが現実的と思えた。
⋯心臓に手を当ててみる。
「⋯⋯動いてる」
例え死後の世界であろうと、心臓は高鳴るのかもしれない。
そんな益体もない検証をしていると⋯⋯
遠く、目線の先にでっかいゼリーが転がっていた。
大きさはサッカーボールの倍、といったところか。色は緑。形はサッカーボールの上から大きめの布を被せた形というのが一番適切だろう。
そしてこの物体の一際驚くべき点は、生物だということだ。
器官らしいものは見当たらない(俺に見えていないだけで存在するのかもしれないが)にもかかわらず、ゆっくり、ずるずると、だが確かに動いている。
(緑色なのは草を食べているからか?)
言うまでもなく新種の生物だ。世紀の発見と言ってもいい。ここが地球であるならば。
(あまり認めたくはないが⋯⋯そうか、俺は死んだのか。)
突然切り替わった景色。若返った身体。新種の生物。
もはや確定的だ。ここは死後の世界なのだろう。となると『いつ』『どうやって』死んだのかが気になる所だが⋯⋯今はそれを考えても詮無き事だ。ここに菊池がいないのがせめてもの救いか。
そしてここが死後の世界となると一つ問題がある。
(この生き物にちょっかいをかけていいものなのか?)
死んだとはいえ商人だ、新発見には人一倍心が踊る。このぷよぷよした存在、できることなら調べつくしたい。
だがもしかしたら、この道中での行動によって天国へ行けるか地獄へ落とされるかが決ま⋯⋯
天国や地獄があるなら俺はどっちみち地獄行きか。
まずは10m程離れた場所から拾った小石を投げてみる。
「とりゃ」
ぽよよん
小石は勢い良く弾み、地面に落ちた。生物にもこれといった変化は見られない。
「弾力性があるのか」
次は木の棒あたりでつついてみたいが、生憎近くにはそれらしきものは無い。左手方向に森は見えるが結構な距離がある。往復で30分はかかるだろうか。
それに近づきすぎたらクリオネみたいにパクっといかれる可能性もある。生態が未知な以上まだ早計だろう。
「となると⋯」
次は大きめの石を2つ用意し、石同士をぶつける。
ガコン!
角度を調整しながら割れた石をもう片方の石でさらに割る。
あとは細かい調整をしながら少しずつ削っていけば、投げナイフの完成だ。
そして出来たてナイフを同じ距離から意気揚々と投げつける。次は弾かれないように思いっきり!!
「ふん!」
投げたナイフは弾かれることなくゼリーに刺さる。
刺さり具合から触感はグミに近そうだな、等と考えていたそのとき、
ゼリーがこっちを向いた気がした。
「怒らせたか」
緑だったその身体はまるで怒りを表現するかの如く真っ赤に染まり、進行方向もこちらに変わる。心なしか怒る前より速度も上がっているか?
逃げた方がいいことは間違い無いが、怒ったこいつがどんな行動をするか見てみたい自分もいる。
幸いまだゼリーの進みも遅い。ならもう少し悠長に構えても⋯などと考えていると、
ぷっ、とゼリーが身体の一部?を飛ばしてきた。
これは受け止めない方がいいだろう、避けたそれは液体だったようで地面に落ちるとペシャっと弾ける。ジュウウウウという音と共に草原のその部分だけ土色となり、そこからは胃酸に似た嫌な臭いがした。
そしてそれを確認した俺は、
「逃げるか」
一目散にダッシュした。
それから4時間程が経ち日が傾きはじめた頃、ようやく前方に人工物らしきものが見える。あれは塀か?
進む方向逆だったか?と不安になり始めた頃だったので素直に嬉しい。歓迎されるかはまた別の話だが、なにも無いよりよっぽどマシだ。
「随分歩いたな」
最初の頃の草原はどこへやら、今は左右どちらを向いても森が広がっている。おそらく森を開拓して作った道なのだろう。
森に挟まれた状況で夜になってしまうことも半分覚悟していたので、ほっと胸を撫で下ろす。
とはいえこの3時間で度々遭遇したあのゼリーを思えば平原だろうが寝れはしなかっただろうが⋯⋯。
「さすがに喉が乾いた」
思えばあれから何も口にしていない。にしても身体の動かし方から疲れ方、喉の乾き方まで生きていた頃と何も変わらないな、と思うと少し可笑しくなる。(勿論身体そのものは驚く程変わったが)
まぁそのあたりもひっくるめてあの塀に着いたら何もかも解るのだろう。そんな予感を胸に抱きながら歩いていたそのとき。
『グルルルル⋯⋯』
背後からの唸り声。はっ!と振り向くとそこには角の生えた狼がいた。
突かれれば人間の身体など容易に貫通できるであろう鋭利な角、薄汚れた白銀の毛にチラと見える獰猛な牙。そして何より、明確な殺意を持ってこちらを睨む凶暴な目。
気配や物音もしただろうに、こんな存在に唸り声をあげられるまで気づかなかったとは。単純な疲れもあるがそれ以上に気持ちの問題だな。平静を取り戻したと思っていたが未だパニック状態だったのだろう。
「さて、どうするか⋯⋯」
ジャリ、ジャリと、ジリ、ジリと。
ゆっくりと、だが確実に狼は間合いを詰めてくる。その目に殺意の波動を込めて。
一説によれば人は日本刀を持った状態でやっと野犬と同等らしい。となると角の生えた狼には二刀流で同等か?⋯⋯⋯パニック状態から覚めてない思考をしている額を一度コツン、と叩き、
構える。
あの目からして逃してくれる気配は無い。となるとチャンスは一度、飛び掛かってくる奴の鼻先に回し蹴りでカウンターを合わせる!
『グルルル⋯⋯⋯、、、、』
覚悟を決めて構える俺を警戒しているのか、その目に殺意は宿したまま狼の動きが止まり、膠着状態が生まれる。
ジリ、ジリ、ジリ、ジリ、
1秒が1分にも感じられる緊張。
消耗しきった身体と心に消耗戦は堪える。ここは一つ俺の方からきっかけを作るか。
スーっと長めの息を吸い、叫ぶ。
「来いや獣がぁ!!!!!」
『ガアッ!!!!!』
俺の叫びに呼応して狼が飛び掛かってきたその瞬間!!
「危ないっ!!!」
左側の森から飛び出してきた女が、
長く、鮮やかな赤い髪をなびかせ、
その手に持った剣で、
狼の首を跳ね飛ばした。
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