17話 不穏
ここはギルド地下1階酒場。
『ウォーター』
唱えたアンナの指先から水が流れ落ち、トクトクと俺のジョッキに注がれる。俺は3杯目となるその水を口に含み、3度目となる台詞を言った。
「うん。美味い」
「ほんと?良かった〜!無くなったら言ってね、いくらでも注いであげる」
水魔法が使えるようになったことが余程嬉しいのだろう。ニマニマとした笑顔でアンナが言う。本音を言えばそろそろビーレが飲みたいのだが、今日はアンナに付き合おう。
「そういえばアンナ、初めて出会ったときのこと、覚えてるか?」
「もちろん覚えてるよ!」
「もしかしてホーンウルフの首を跳ね飛ばしたあのときって強化魔法とか使ってたのか?」
「そだよー。足を強化して駆けつけたのと、あと剣にも強化魔法かけてた」
「へ〜」
やはりか。
どうやればアンナの細腕で獣の首を跳ね飛ばすことが出来るのか、ずっと疑問に思っていた。が、魔法で強化していたというなら納得だ。
そしてその事から推察できるのは、魔法は戦闘においても、他においても、この世界で最も重要な事柄の一つだということだ。⋯⋯正直魔法を舐めていた。まさかここまでのものだとは。
「強化魔法はどうやって使うんだ?」
「属性魔法と同じかんじだよ。強化したい場所に魔力を集中させて、あとはイメージだね。ただ強化魔法は基本近接戦闘でしか使わないから、属性魔法と違って詠唱できないのが難点かな〜」
「あ〜確かに。詠唱出来ないのか」
それに関しては全く問題無いが。問題があるとすれば、強化魔法と属性魔法は別物ということか。言の賢者の恩恵、全属性魔法適性大アップは強化魔法には適用されないと思っていた方がいいだろう。
「ちなみにアンナは強化魔法と属性魔法、どっちが得意?」
「あたしは断然強化魔法かな!強化魔法はあんま深く考えなくても感覚がなんとなく掴めるんだよね〜」
「なるほどな〜」
強化魔法は運動神経とも関係あるのかもしれないな。
しかしまあ、どちらにしろ先生の言う通り、全ての基礎は魔力操作にありそうだ。魔力操作、それ自体では殆ど魔力を消費しないことだし、隙あらば常に魔力操作の練習はすべきだろう。
「それにしても⋯⋯今日はクリスは来ないのか?」
店内を見ればクリスだけではない、客自体が普段の半分もいない。
「あーそれね、ゴブリンのせいだよ」
「ゴブリンの?」
「この町の南側が比較的安全な地域なんだけど、その入り口と言ってもいいシアン平原にゴブリンが出ちゃったからね。あいつら頭いいから普通に罠張って馬車襲ったりすることもあって、ゴブリンが討伐されるまでは念の為、南行きの馬車は封鎖されちゃってるんだ」
「つまり安全な仕事が無くなったってこと?」
「そういうことだね。年に2~3回こういうことがあるんだけど、大体1週間もあれば討伐されるから、無理して危険な仕事するよりその間は家でゆっくりしてた方が賢い選択だよね。命あってのだし」
「けど収入が無いから贅沢もしづらいと」
「そういう事」
「それならしょうがないか。⋯⋯早くゴブリン退治されるといいな」
「だね〜。ジン君はしばらく先生のとこで特訓?」
「そうだな。とりあえずしばらくは」
先生の前だと火魔法か強化魔法しか使えない、その2つに関してもハメを外せないのが少し痛いところではあるが、今日の帰り際、先生に、「明日も来なさい」と言われてしまったしな。
「それじゃあ、あたしもしばらくは特訓しよっかなー」
「よし!明日からも一緒に頑張るか!」
「だね!じゃあ改めて!」
「「乾杯!!」」
そこから3日間は何事もなく、順調に特訓が進んだ。
イレギュラーが起こったのは特訓4日目の夜、拳骨亭に帰ってきたときのことだ。
「ジンか、お帰り。さっきギルドの人間が来てな、お前に伝言を残してったぞ」
「伝言?」
「ああ。『試験は明日に変更。明日の10時、依頼受付前まで来い』だとよ」
急な変更だな。ゴブリン関係で何かあったか?しかし、何も問題は無い。
「了解。ありがとうモフレズさん」
「何の試験か知らねえが、頑張れよ」
「ああ!」
この4日間で準備は完璧に整った。エマが明日どんな顔を見せてくれるか、楽しみだ。
―――――時は少し遡る。
同日午後3時、ギルド5階会議室。
重い、重い空気がその部屋には立ち込めていた。その部屋にいる誰もが、一言も発せず、部屋の片隅にある時計をただただじっと見つめている。ある種異様な光景だ。
しかし、何人で見ようが、見ている人物がどれだけ偉かろうが、その針は止まらない。
とうとう時計がその時を指した。エマ・メインズが、苦虫を噛み潰したような顔で、沈黙を破る。
「⋯⋯たった今、依頼から丸3日が過ぎました。ゲイル一行は任務中に命を落としたと判断します」
「しかし、考えられんな。シルバー級3名にブロンズ級2名だぞ?この手の依頼も初めてじゃない。それがどうしてゴブリンの偵察ごときで命を落とすことになるんだ⋯⋯」
「⋯⋯少なくとも、ただのゴブリン集団では無い事は明白ね」
「まさか⋯⋯ゴブリンキング!?」
「⋯⋯その可能性も考えなくてはならんな」
「ええ。どちらにせよ⋯⋯」
「⋯⋯想定外の事が起きたことは確かだ」
「⋯⋯⋯⋯面倒な事になったわね」
停滞した空気にエマが一つ大きなため息をつき、窓の外を見やる。
この場には似つかわしく無い、呑気な青空が広がっていた。
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