16話 会得
おそらく俺に詠唱は必要ない。
職業柄、様々な商品を開発してきた。商品開発に必要なのは、妄想を形にする現実的なイメージ力だ。それを半世紀近く続けてきた俺にとっては、むしろ言葉の方がノイズになる。
とは言えアンナの手前、今回は詠唱するが。
「それじゃあジン君、やってみよう」
先生モードに戻ったアンナが促してきた。よし、やってみるか!
まずは魔石に魔力を注入。ビビビ、と魔石の魔力が高鳴るのを感じる。次はイメージだ。
的はアンナが燃やした隣の案山子、その2m手前の地面でいいだろう。軌道は山なり、速度は遅め。そこにアンナが放ったものより一回り小さい、ソフトボール大の火球を撃ち込むイメージ⋯⋯こんな感じか。
「炎よ小さき球となりて、先の目標に向かって飛べ!『ファイアボール』!!」
詠唱を合図に魔力を撃ち出す。放った魔力は火球となり、ヒョロヒョロと放物線を描き、案山子の4m手前に落ちた。⋯⋯大分イメージとズレがあるな。
ふとアンナを見ると、口をポカーンと開けている。
「⋯⋯なんで一発で成功してるの??」
「あんなヒョロヒョロ魔法で成功って言えるのか?」
「言えるよ!!魔力を打ち出すなんてめっっちゃくちゃ難しいのに!!」
「それは多分あれだな、火属性魔法適性のおかげだよ」
「ずっるー!!!」
「はは⋯⋯」
そう、スキルによる魔法適性の後ろ盾もあったのに。
イメージは完璧だった。魔力操作のコツも掴んだ。なのに打ち出した魔法はズレていたのだ。
自信を持った上での失敗。表には出さないが、内心割とショックである。
「俺もまだまだだな⋯⋯」
誰にも聞かれぬよう、ぼそっと呟き、自惚れた心を諌める。
今からは改めて、魔法と真摯に向き合おう。
「アンナ、改めてイメージと魔力操作のコツを教えてくれるか?」
「え、やだ。1日でジン君に抜かされたら立ち直れない」
軽口を返そうとしたが、アンナの目からは微かに怯えの色が見える。⋯⋯どうやら冗談で言っている訳では無さそうだ。
返す言葉に少し困っていると、フレディ先生が助け舟を出してくれた。
「アンナ、ジンは魔法の使い方を思い出してるだけだ。決して1からという訳じゃない」
「それでも〜!」
ぶーたれるアンナに先生が同情の声音で続ける。
「まあ気持ちはわかるよ。そうだね、アンナは水魔法の習得に戻りなさい。ただし、今度はジンの近くでね」
「え!?ジン君の近く!?」
「そっちの方がアンナもやる気出せそうだからね」
「⋯⋯先生ひどい」
悪戯っぽく言う先生にアンナがべそをかきながらも、午後の特訓は再開された。
再開されたのだが⋯⋯⋯⋯、
「自然のもたらす恵みの水よ、どうか我にその恩恵の一雫を。『ウォーターボール』!!」
⋯⋯⋯。
「自然のもたらす恵みの水よ、どうか我にその恩恵の一雫を。『ウォーターボール』!!」
⋯⋯⋯⋯⋯。
「自然のもたらす恵みの水よ、どうか我にその恩恵の一雫を。『ウォーターボール』!!」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「ジン、集中が途切れているよ。そんなにアンナが気になるかい?」
先生に気づかれた。
「心ここに有らずの状態でファイアボールの操作は危険だ。一旦中止しなさい。⋯⋯まさか2人を近づけるとジンの方が集中を乱すとはね。意外な結果だ」
「ごめん、アンナの詠唱が気になって」
「ほう?」
「え!ごめんあたしうるさかった?」
会話を聞いていたのだろう、アンナが少し申し訳無さそうに言う。まぁ確かに声は響いていたが、
「いやそうじゃなくて⋯⋯」
「どういう事だね?言ってみなさい」
言い淀む俺に先生が続きを促してくる。俺は少し申し訳無さそうにその続きを口にした。
「⋯⋯先生とアンナには申し訳無いんだけど、アンナが水魔法を習得出来ないのは詠唱に問題があるんじゃないかな?」
「えぇ!?」
「詠唱に?」
アンナは驚き、先生は興味深そうに聞いてきた。自分が教えた方法を若造に否定されたというのに、頭ごなしに怒らないのは人間が出来ている証拠か。
先生がその態度を取ってくれるのなら、こちらとしても話がしやすい。
「まずファイアボールのときと違って今のウォーターボールの詠唱は抽象的だと思う。具体的なイメージを固めるというより、なんて言うか⋯⋯祈ってる感じだ」
「⋯⋯全然水出ないんだもん。祈りたくもなるよ⋯⋯」
アンナ、凹んでるな。
精一杯努力をしても、それが成果として全く表れない辛さというのは俺もよく知っている。なにせ商人だったからな。
今ここに立っているのが俺とアンナの2人きりだったのならば、アンナを慰める為に少し時間を割くところだが、生憎ここにはフレディ先生もいる。先生の前で弟分に慰められるのはアンナも良しとはしないだろう。⋯⋯とは言え少しフォローは入れておくが。
「ごめんな、アンナの気持ちを考えてなかった」
「⋯⋯あたしもいじけちゃってごめん。どういう詠唱に直した方がいいかな?」
「それは次の、俺が感じたアンナが水魔法を習得できない原因にも繋がってくるんだけど⋯⋯そもそも詠唱をしないべきだと思う」
「えっ!?」
「詠唱無しでウォーターボールは流石に難しいんじゃないか?」
この発言には先生も疑問を呈してきた。ウォーターボールを習得するのに詠唱そのものは必須だろう。なにを言ってるんだ?と言いたげな顔だ。
確かにウォーターボールを習得するなら詠唱をした方がいいだろう。だが、今回の問題はウォーターボールそのものだ。
「火と水は違うと思うんだ」
「確かに火と水は違うね」
「具体的に言うと、火は軽く、水は重い。そして俺達が普段見ている水は上から下に流れ落ちるものだ。つまり⋯⋯」
「つまり?」
「ウォーターボールはファイアボールよりよっぽど難しいんだよ。重さのある水を、空中で支え続けなければいけないからね。それもどこかから水が流れ落ちないように気を配りながら」
俺の言葉に先生がはっとした。アンナは⋯⋯あまりわかってなさそうな顔をしている。
「でもジン君、あたしウォーターボールの詠唱中はそんなこと考えてなかったよ?」
「普通誰も重さなんて考えないよな。けどそれもウォーターボールの落とし穴になってるんだ。重さも無く、流れもせず、空中にふよふよ浮く水。果たしてそれはアンナの知ってる水かな?」
「あ!!」
ここでアンナも気づいたようだ。
「そう、水を具体的にイメージするとその制御は難しい。かと言って制御しなくてもいい水をイメージすれば、それは水じゃなくなるんだ」
「なるほどね。いや目から鱗だ」
先生は目を見開き、考え始めた。
おそらくこの世界ではウォーターボールが水魔法の基礎として教えられ続けていたのだろう。世の中の常識が実は間違っていたなんて、どの世界でもよくあることだ。
「え〜でもそれじゃあ水魔法覚えるにはどうすればいいの?」
アンナが少し困ったように言う。そして勿論、それに対する俺なりの答えもある。水魔法を覚えようとしなければ良いのだ。
「杖もいらないな。アンナ、杖ちょうだい」
「え、うん」
「手をぶらーんとさせて立ってみて。そうそう。次は右手を少しだけ前に。指は下向きね」
「こう?」
「うん、そう。そしたら指先から水が垂れる、そんなイメージで魔力を地面に垂らしてみて」
「う〜ん⋯⋯」
「イメージだ。お風呂に入ってる最中、ふと手を上げてみる。すると指先から水がポタポタっと滴り落ちた。そんなイメージをすればわかりやすいかな?」
「あ〜少しイメージわくかも」
「それなら良かった」
「ジン!!!!!」
「わっ!?」
「きゃっ!?」
耳元で先生に叫ばれた。びっくりした〜。
先生を見ればわなわなと震えている。
「なんだその教え方は!?いや素晴らしい!革命だ!!そうか!魔法を覚えるなら魔石を補助道具とするのは当たり前だと思っていたが、魔力を変換するだけならそもそも魔法である必要が無いのか!!とりあえずアンナ!今日はそのまま、その方法で続けなさい!!いや確かに!!言われて見れば確かにそうだ!何故今の今まで気が付かなかった!?私も頭が硬かったのか!?いやまて、その理屈で言えば氷魔法も⋯⋯」
⋯⋯先生が学究の徒モードに入ってしまった。仕方無い、先生が正気に戻るまで、俺達は俺達で勝手に特訓しよう。
そしてそれから数時間。太陽が地面とぶつかりそうになった頃、
「で、で、出たーーー!!!!水が!!!水が出たよぉーーーーっ!!!!!」
今度はアンナの驚声が、紅い空に響き渡った。
なんで魔法に3話も使ってるんだ⋯⋯
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