9話 初仕事
こうして立っていると昨日の、あの瞬間を思い出す。
燦々と照りつける健康的な太陽、一面に広がる青々とした緑。その広大な緑が生む青い空気を涼しい風が爽やかに運んでくれる。
昨日はそれをまともに感じれる余裕も無かったが、こうして改めて身を任せてみると⋯⋯うん、なんとも浸りたくなる心地良さだ。
「こっちだ」
クリスが先を歩く。どうやら奥に見えるキャンプに移動するようだ。見れば同乗していた3人も同じ方向へ進んでいる、やはり皆ガーゼ草目当てか?まぁ言ってしまえばただの平原だしな、採取くらいしかやる事も無さそうだ。
「そうでもないぞ、スライム相手に特訓する奴やピクニックに来る奴もいる」
「スライム?」
「⋯⋯ほら、あれだよ」
クリスが指差した先には昨日さんざん見たゼリーがいた。なるほどスライムという名前だったのか。
「別名最弱のモンスター。ちょっかいでもかけて怒らせない限りは無害だし、怒っても弱いし最悪逃げれる。つっても油断してると怪我することもあるから一応気を付けとけ。怒ると赤色に変わる」
「スライムって名前だったのか、あれはどうやって倒すんだ?」
「魔法が使えれば楽だな、火魔法で燃やしてもいいし氷魔法で凍らせてもいい。魔法が使えないなら弓でチクチク刺しまくるのがおすすめだ」
「剣で切ることは?」
「出来るぜ、俺ならな。だがジンじゃ無理だと思うぜ、ある程度剣の腕が無いとまず弾かれる。あいつら弾力はあるからな。んで切るのに失敗したときは怒って毒液を飛ばしてくる、それを避けるのも含めて新人の特訓にはもってこいって訳だ」
「毒液に触れると?」
「火傷する。けどその程度のもんだ」
なるほど、それならその内俺も世話になるかもな。だが最弱の魔物なら倒しても金にはならなさそうだ。
「そうでもないぜ、剣で倒すなら少なくともガーゼ草の採取よかはよっぽど効率いい」
「剣で倒すなら?」
「あぁ。スライムの中心には核があってな、これが主に薬の材料として需要があるんだが、火魔法だと熱が入るし氷魔法だと凍っちまう。弓ならコアを傷つけなくちゃ倒せねぇから採取するには剣でコア以外を削るしかない」
「そうなると誰にでも出来ることじゃなくなるな、お値段は?」
「1つ300ゼニだ」
それでも300ゼニか、ガーゼ草の採取は中々骨が折れるらしい。
「着いたぞ、ここがキャンプだ。有料だが水も飲めるから休憩するならここだな。今は挨拶だけしてそのままガーゼ草の採取に向かうぞ」
「ああ」
キャンプに入るとそこには犬の獣人がいた。
「お!クリスじゃねーか!こんなとこ来るなんて珍しいな!新人のお守りか?」
「まぁそんなとこだ。こいつは新人のジン、今日が初仕事だ」
「ジン・スミキだ。よろしく」
「おうよろしく!俺はここの管理人のガジだ!今日が初仕事ってんなら金もねーだろ、今日は特別にタダで水飲ませてやるよ!ただし3杯までな!」
ガジはそう言ってガハハと笑う。いい人だ。
「挨拶も済んだし行くぞジン」
「頑張れよ新人!」
「ああ!」
キャンプからまた少し歩くと、つくしを渦巻き状に巻いたような、なにやら変わった草が混じりはじめる。これがガーゼ草だろうか?いや、それにしては数が多すぎる。
「もう先客がちらほらいるな」
目線の先には4人が、場所こそ離れているものの皆同じように屈んで草をいじっている。
「じゃあ俺らも始めるか。ジン、ちょっとここで待ってろ」
クリスはそう言うと他の4人と同じように屈み、草と格闘し始めた。
⋯5分
⋯⋯10分
⋯⋯⋯15分
20分経ち、クリスが戻ってきた。先程見た、変わった形状の草が左右の手に1本ずつ握られている。⋯右と左で少し違うな。
「待たせたな、2つの草の違いわかるか?」
「右の草は中心に茶色い斑点がある」
「即答かよ!よくわかったな!」
「たまたま目に入っただけだよ」
「まぁ正解だ、これはサンプルとしてジンにやるよ。斑点がある方がガーゼ草、無いのはガーナ草って雑草だな。このガーナ草に混じってたま〜にガーゼ草が生えてるから見つけたら採取、それで100ゼニだ。⋯⋯単純作業だが結構辛い、根気よくな」
四葉のクローバー探しみたいなものか。
「それと採取するときの注意点だが、根は残したまま茎だけ採取な。根を残しておけばまた生えてくる」
根を残して採取とは中々珍しいな。
「了解、他に注意点は?」
「目が回ってきたら1回休め」
「はは、わかった」
「それじゃ俺は向こうでスライム狩るから、そうだな⋯⋯夕方になったらキャンプで落ち合おう。頑張れよ」
「クリスは採取しないのか?」
「言ったろ、狩れるようになればスライム狩る方がよっぽど効率いいんだよ。それに⋯⋯俺は採取系のちまちました作業は苦手でな」
確かに20分に1本ペースならスライムを狩りたくもなるか。クリスに礼を言い、去っていくのを見送った俺はその場に座る。
ガーゼ草とガーナ草の違いを目に焼き付ける為、先ずは観察しなければ。
「⋯⋯よし、採取開始だ」
10分程観察し、ガーゼ草とガーナ草の大きな違い、即ち微妙な質感の違いを目に焼き付けた俺は立ち上がり、足元に意識を集中させ、ゆっくりと歩く。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
ふと、足元に違和感を覚える。屈み、辺りを調べると、そこには茶色い斑点がしっかり入った、ガーゼ草が生えていた。
「先ずは1本目」
茎の根元をもぎり、リュックに入れる。立ち上がり、また同じようにゆっくりと歩く。
足元に違和感を覚える。屈み、辺りを隈なく調べるが今回は外れか。ガーナ草しか見つけられなかった。
また立ち上がり、ゆっくりと歩く。違和感を覚え辺りを調べる。今回は当たりのようだ、ガーゼ草を発見した。
直感とは、誰しもが持っている能力である。
目に映る全てに対し、瞬時に理解し、思考する。残念ながらそんな能力は人間には無い。だが、脳は目に映った情報の処理自体はしている。また、人は意識の表層とは別に深層、つまり無意識下でも思考し、判断している。
そして自分でも気付かぬ脳の奥深くで何かを発見した場合、脳はそれを『直感』として、表層意識に訴えかけてくれるのだ。
もちろんその全てが正しいとは限らない、しかし特定の分野や能力に関する直感は、経験を重ねることにより精度を上げることが可能である。
そして俺は職業柄、植物に携わった経験は多い。若い頃は仕入れの為、香草から薬草、果ては表に出せない草まで様々な植物をこの手で採取し、また業者との取引ではその真贋をこの目で見極めてきた。その結果、採取くらいならこうして直感に従うだけである程度はこなせる技術を身につけるに至った、というわけだ。
⋯⋯とはいえ約25年ぶりの採取。初めて見る植物ということもあり、まだまだ精度は甘いが。
「⋯⋯15本目」
時間が経つに連れ徐々に勘を取り戻し、ペースが上がる。しかしまだまだ昔には程遠い。
少し悔しくなった俺は、昼休憩と水休憩を一度ずつ挟んだものの、残りの時間を全て採取に費やした。
空が赤くなりはじめたのでキャンプに戻る。クリスはもう終わっていたらしく、くつろいで他の冒険者と談笑していた。
「おうジン!初めての採取は大変だったろ!」
「まぁ結構疲れたね。クリスは?」
「それがもう大漁よ!!見ろよこれ!」
クリスがリュックからビンを取り出す。中にはゴムボールのようなものが大量に入っていた。これがスライムコアか。
「なんとスライム15匹!!いや〜欲かいて3匹同時に相手したときは流石の俺も焦ったけどよ、なんとかなるもんだな!!⋯⋯まぁコアは2つしか取れなかったけどしゃあねーや!」
「3匹同時!凄いじゃん」
「だろ!?俺もそろそろブロンズ級が見えてきたかな?なんてな!!んでジンは何本採れた?20本いけてたら褒めてやるよ!」
⋯⋯黙っててもどうせ素材買取所でバレるか。
「80本くらいかな」
「⋯⋯⋯⋯は??」
「途中から数えてないけど」
「なぁジン、なんでそんなすぐバレる嘘つくんだ?」
「嘘じゃないよ、ガーゼ草とは相性がいいみたいだ」
リュックを開け、逆さにする。山のように積まれたガーゼ草を見たクリス、いやその場にいた全員が目を丸くし、
「「「「「なんじゃそりゃあ!?!?!?」」」」」
一斉に驚愕の声をあげた。
作品を読んで下さり、ありがとうございます!!
もしよろしければ、↓↓↓部分から作品の評価をして頂けるとすっごく、すっごく嬉しいです!!
また、これから先も読んでやってもいいぜ、と思われた方はブックマーク登録もして頂けると!!