パズルゴッド降臨とその御利益
思い立って妻と3000ピースのジグソーパズルにチャレンジすることとなった。妻とパズルの専門ショップを訪れ、選んだのは「ウユニ塩湖」である。ほとんどが空と湖であり、難度は星五つ「最高難度」となっていた。
「甘く見ていた」と俺は早くも弱音を吐いた。どのピースがどの辺なのか、まったくといっていいほど判別できない。妻もため息をついた。
「真っ白とか真っ黒なんていう悪夢のようなパズルもあるそうだから、それに較べればマシなんでしょうけどね」
「それにしたって、見当がつかないね。さっきからまったく進まない」
妻も俺も仕事のある身であるから、二人で決めたのは一日2時間、午後9時から11時まででそれ以上は作業しないということだ。初日から3日間は端っこのピースをより分けた。さらにピースごとおおまかに色分けすることで3日間使った。
結果的に途中自律神経をやられながらも、あと一息で完成というところまで2ヶ月間かかった。
「いやあ、大変だった。もう当分ジグソーはやりたくない。なんなら糸鋸も見たくない」
妻も眼頭を抑えた。感動ではなく疲れ目だ。
「小説だと10行ちょいくらいで『いろいろあったが、ようやくここまでたどり着いた』とかなんだろうけど、実際はホントに長かったわ。最初の10日間はパズル始めるとゲロが出そうだったわよ」
女性から「ゲロ」などという言葉が出るのは残念だが、俺の妻はそういう人なのだから仕方が無い。
「あと2ピース」
妻がその最後から2番目のピースをはめ込んだ瞬間、残った最後のピースが金色に輝いた。
「?」
金色に輝いたピースからは七色の煙が立ち上り、それはやがて人の形となった。
「ウムム。こんなファンタジーな展開が待っているとは」
俺が呟くと、妻がまだ眼を見開いたまま言う。
「不審者…。不審者だわ。顔も浅黒いし、服も何だか変だし、ターバン巻いてるし、宙に浮いてるし。あなた、あなた!」
「隣にいるのだから、そんなに声を張り上げなくても聞こえているよ」
俺が耳を抑えながら答えると、妻の声量はさらに上がった。
「落ち着いてる場合じゃないでしょ。すぐ110番、110番して!」
妻の言うように、その人型は…まあ、つまり、よく言う魔法使い、あのランプから出てくる感じの魔神みたいな?…だからたぶん警察呼んでも仕方が無いような気もする。そんな俺の気持ちとシンクロするかのように魔神が落ち着いた声で妻を諭す。
「警察を呼ぶのは待ちなさい。私はパズル神、よく頑張ったお前達のために出てきたのだ」
妻が疑わしそうな眼でパズル神を見る。
「何で私たちのところへ?」
パズル神が頷く。
「多くの者は知らないことだが、3000ピース以上のパズルを完成させると漏れなく私は出現する」
それは思いがけない世界の秘密だ。
「そんな話は聞いたことないわ」
パズル神がまた大きく頷いて妻を見た。
「3000ピース以上のパズルを完成させる人間はごくまれだ。そして私がパズル王の称号を授けつつ、このことは秘密にするよう指示している。世の中に私が存在することを知っている者の数はつまり3000ピース以上を完成させた者の数、ということだ」
俺が首をひねった。
「じゃあ、過去のそのパ、パズル王たちは神のことを知っていて黙ってるわけですか」
「うむ。知らなかっただろう」
「世の中知らないことばかりです」
「さもありなん」
俺とパズル神が微笑み合うと、そこに妻が割って入る。
「のどかに笑い合ってんじゃないわよ。それで、そーれーでっ!神様は私たち夫婦に何をくれるの?」
パズル神は意表をつかれた顔で眼を瞬かせた。
「うん?それはなんと言ってもよく頑張ったねというねぎらいの言葉とか」
妻がブンブンと音が出るくらいに首を振る。
「そういうのじゃなくて!何か光り輝くものとか誰も持ってない能力とか不老不死とか新しい旦那とか」
「最後のは何だよ。おかしいだろ」
俺の抗議は一切無視して、妻はさらに言い募る。
「つまり、金目のものとか、ないの?神なんでしょ」
パズル神はモジモジしながら、小さな声を出す。
「いや、これは名誉職でだね。パズル王という神聖な称号を得ること自体がその…」
「何言ってんのよ。2ヶ月苦労してパズル完成させて、そこで神様とか出てきたら普通は何か願い事を三つ叶えてやろうとか、カエルが王子様に戻るとか、金と銀の斧のどっちだいやお前は正直者だぜんぶやろうとか、旦那の生命保険の掛け金は変わらないけど受け取りは倍額になって意外とその時はすぐだとか、そういうことがあってこその神様じゃないの!」
「だから常に最後に余計なものが入ってるだろう」
当然俺の抗議は無視され、妻はパズル神に食ってかかる。
「わかったわよ。とにかくガッカリの神様だってことは。でも仮にも神様なんでしょ。パズル王の称号とかいらないから何か他にかわりの賞品はないの?」
パズル神はすっかりしょげている。
「えっと、そうですね。あの、ちょっと風邪を引きにくくなるとか、そういうので」
「がっかりだわ!ホントにあなたにはガッカリだ!」
「すみません。たいがいのパズラーが、私が出現して『君がパズル王だ』とか言えば大喜びだったもので」
ハアと妻が大げさにため息をつき、パズルの最後の一片を手に取る。
「もういいわ。なかったことにするから」
パズル神がまだ何か言おうとしているのをスルーして、パズルの最後の穴にそのピースをはめこむ。
「あっ、逆です。金色の方が裏で…あああ。罰が当たるぞお!」
ピースをはめ込んだ瞬間にパズル神は消えた。
「あれ?逆だったわ」
パズル神が指摘したとおり、そのピースは裏向きでうまく入らず妻はひっくり返して、もう一度はめ込む。今度はぴったり合って、見事パズルは完成した。俺は妻に話しかける。
「…あのさ、パズル神消えちゃったね」
「いいんじゃないの。何の御利益もない神様なんて用はないわ」
「君は清々しいほど罰当たりだけど、あんなふうにして本当に罰が当たらないものなのかな。心配だよ」
「大丈夫よ。御利益と罰の大きさは比例するものよ」
「…なるほど」
あれから半年経つ。さすがにジグソーパズルは当分やりたくない気分であった。次の趣味として、俺は小説の投稿サイトでできの悪いショートショートを創作する毎日だ。今のところ罰は当たっていない。しいていえば、ほんの少しだけ風邪を引きやすくなったような気もする。
ホントに3000ピースのウユニ塩湖に取り組んでおります。想像を絶する頭痛と眼精疲労を伴う作業です。人はなぜ進んでこんなことをやろうとするのか。そういう哲学的考察を込めた作品…と受け取ってください。