最悪のファフニール
帝国の魔道士は、悠々と戦況を眺めていた。
ゴブリン達の進軍が止まる。
彼らは、強いものに目がない。その歩みを止め、一箇所へと集中しているような動き。
それは、ゴブリン達が目指していた王国軍の総力より強い、何かが、そこにあることを、示唆していた。
帝国の魔道士は、ある思いにいたる。
「おい、移動するぞ」
彼は馬にまたがろうとする。
それを従者がとがめた。
「いけません。ここで、迎え撃てとのご命令です」
魔道士は顔をしかめ、手のひらに炎を現出させた。
「何か、言ったか?」
従者は、怯えた顔で、ブルブルと首を振り、黙ってしまう。
「ふん、無能が、次はないぞ!」
魔道士は馬にまたがった。不釣り合いに大きな杖が、重そうに見えた。
彼の杖。
一流の職人に、最高級の材料で作らせた、高価で立派な杖。
杖は、魔道士の力の象徴でもあった。
彼は、殺して奪った、他人の金で、それを作らせていた。
ゴブリン軍団の後方近くで、馬を降り、彼ら二人が、歩きはじめた。
随分と近づくと、ゴブリンが当然のように、彼らを襲う。
魔道士は、睨むだけで、それを引き裂く。
その度に、右手にはめられた指輪が輝きを放っていた。
「北の大賢者が、認める王国の天才魔道士も、安い餌に食いついたものだ」
自らの尖ったあごを撫でながら、青白い肌の男は、細い目を、より一層に細めて笑う。
その天才魔道士が、ゴブリン達に引き裂かれる姿を想像すると、彼は性的な絶頂感を感じずにはいられない。
その現場は、直ぐ近くにある。
彼には、その確信があった。
「高慢な北の大賢者とかいう阿呆に、あれの首を送るのも一興」
傍らに控える彼の従者は、その表情を見て、顔をしかめた。それでも、ゴブリン軍団の中を闊歩しているので、彼のすぐ後ろを離れようとしない。
魔道士は、巨大な魔力を感知した。
彼は、無言で、眼前の空間に魔法陣を現出させる。
それは結界で、彼らにとっての盾だった。
ライデン達が放った炎が、直ぐに、彼らを襲う。
従者は、怖くて目を閉じた。
魔道士は、高らかに笑う。
「この程度か! やはり、阿呆の弟子も、阿呆ぞ!」
かつて、北の大賢者に、自らが披露してみせた「ヘルバースト」は、もっと広大な大地を荒地へと変貌させた。
「それなのに! それなのに! あの阿呆は! あの阿呆は、私を愚か者と断じたのだ!」
なんとか難を逃れた従者が泣きそうな顔で体を震わす。
直ぐに魔道士は準備に取りかかる。
そして、彼は、皇帝から授かった神器のレプリカを存分に使うと決めた。
指輪の力は絶大。
召喚に必要な複雑な魔方陣は必要なし。
詠唱や念を込める動作すらいらない。
ただ、指輪に向かって、強く想像をすれば良い。
彼は、自らが思い描く、最悪の最強を想像する。
巨大で強く、そして、慈悲などなく、とにかく残忍。
醜悪で最悪な巨大なドラゴンを思い描く。
それは、王国に肩入れをする、北の賢者を引き裂くために、思い続けた怪物。
人の死をもて遊ぶ存在として、超古代神話に登場する怪物。
それが、いとも簡単に、世界に姿をさらす。
最悪のドラゴン。
ファフニールが、忽然と、小山ほどある大きさの巨体を、ライデン達の目の前に現した。
「簡単に、死ねるとは思うな、ライデンの小僧!」
魔道士は、声を弾ませる。
彼は、二人の女の姿を見つけると、よだれをゴクリと飲み込み。
「女どもは、後で、私が、直に手を下してやる」
と言い放ち、一人、悦にいった表情を見せていた。