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あなたをジッと見ていたい。

 少女の姿をしたローズマリーは、兵器として開発されたローズ【LAWS】とも呼ばれる殺人ロボット。偶然に人の脳を再現することに成功した擬似脳には、高性能の人工知能が搭載されている。


 そこでは、数字の羅列といった二次元ではなく、シナプスに類似した手法で情報を蓄積していく。


 その上、ひらめきや思いつきといった、過程を省略し、正解を導く、高度な思考すらも、再現してみせる。


 それでも、彼女には、理解不能だった。


 彼女は、主人マスターであるライデンの矛盾むじゅんだらけの言動に合理性を認めることが出来い。


 ローズマリーは思考する。


 戦争は、殺し合い。ローズマリーの主人マスターであるライデンも、それを承知で参加しているはず。


 その彼が「怪我人は、放っておけない」と言う。


 人を傷つけ殺すことを生業なりわいとする者が、その職場で、怪我人を放っておけないと、彼女に豪語したのだ。


 彼女にとって、それが、矛盾むじゅんだらけで理解不能だった。


 彼女は、ジッと彼の背中を見つめる。


「弱くない」と言い張り「一気にいくぞ!」と息巻く、ライデンの背中を見つめていた。


 彼女には、それすら、やいばが汚れただけの、切れ味鋭い剣を鞘に収め。自分の拳が、その剣より強いと証明する愚者の行いに見えてしまう。


 ライデンがセレナの肩へ手を置く。炎の壁は、安定を失い崩壊しそうだ。


「未熟……」

 ローズマリーは、失望という意味を体感したと確信する。


 この世界は、彼女の生誕地より、根源との境界が曖昧になっている。


 そのことを、彼女は、既に知っている。だからこそ、彼らの言語を習得するのが早かった。


 インターネットと同様に、彼女は世界の根源との接続に成功した。そして、そこから情報を引き出すことに、部分的だが、成功している。当然、それは、ある意味、ライデンたちより、世界の根源との接続が深いともいえた。


 そして、ローズマリーは、魔法というものの分析も開始している。


 それゆえに「未熟」と彼女は、断定をし、修正誤差として予測していた「もしかしたら?」という可能性を捨てた。


 その時、思考に入った不快なノイズ。それが「不快」ではないかと確信をした。言語として知っていた感情を表す言葉を初めて彼女は、体感をした。


 炎の壁が安定を失い揺らめいでいる。


 火力の弱い部分を、めざとく狙って、ゴブリンが内側へ侵入してくる。


 ローズマリーは、あり得ない体幹の傾きを感知し、ピクっと身体を動かし修正をした。


 剣を抜いて構えていたラクスが、侵入してきたゴブリン達を迎え撃つ。小太りの体型から想像し難い、流れるような鮮やかで綺麗な剣筋。身のこなしも軽く、数匹を一瞬で切り捨てていく。


 ローズマリーは、ジッと見ている。


 彼女にとって、彼らの行動全ては、強力な武器があるのに、「汚れている」という理由で、それを活用しない、愚かな行為にしか見えなかった。


 セレナとライデンの方は、もたついている。説明し難いノイズが彼女の思考に走っていた。


「急になにっ!」

 とセレナは、ライデンを見る。彼女の杖を持つ手、そこにかざす手の両方は、あわあわと動く。


「後ろから、急にすまない」

 ライデンの右手はセレナの細い肩の上、左手には、セレナの持つ指揮棒のような杖とは違い、長くて大きな立派な杖に添えられていた。


 北の大賢者が、ライデンに授けた目を見張る宝珠が杖頭にはめられた杖。

 杖そのものの素材も素晴らしい。それは、一目で銘木とわかる渋い光沢を醸し出しているからだ。


 名前をスキエンティアテインといい、神器の一つとして数えられる大宝珠の杖。神話の時代、神が世界のことわりを書き換える際、振りかざしたという伝説すらある逸品、神代の杖だ。


 杖の先を地面に置いて、ライデンの左手は、大宝珠の杖に添えられている。


「もうっ、息を吹きかけないで」

 セレナは、左肩を上げて、自分の耳をかばおうとした。


「ばか! んなわけ無いだろう!」

 ライデンの反論も虚しい。彼の背丈は、セレナより頭一つほど高い。しかし、口元から、彼女の耳までは、彼の息が届くかもしれないという微妙な距離だった。


 ライデンの背後に、数匹のゴブリンの影。

 ラクスは、セレナを守ることで必死の様子。


 ゴブリンの瞳には、炎の壁が取り囲む空間、その魔力の中心にいる栗毛のセレナが、とても美味そうに映っていた。


 今のゴブリン達には、棒立ちのローズマリーに生命は感じられない。彼女は、ただの汚れた人形で景色の一部という認識。一方、ライデンはといえば、メインに添えられた副菜程度の価値はあった。


 ローズマリーの身体が動く。

 彼女は、自らの意思で迎撃の予備動作に入った。


 待機命令は継続中。

 彼女にとって命令は絶対。

 それ以上に、主人マスターの身の安全が絶対。


 命令違反は、自らが廃棄されると、彼女の根幹に焼き付けられている。だが、それ以上に、主人マスターが大切なのだ。


 ローズマリーにとって、主人マスターの愚かな命令と行動が招いた状況であっても、主人マスターを最優先することは、絶対に揺るがないし、そこに、疑問を持つこともない。


 彼女は、全ての並行作業を停止した。そして、主人マスターのライデンへ襲いかかるゴブリン全てを注視する。


 人を遥かに凌ぐ早さの思考が、その一点を注視した。


 時が減速をする。

 音は間延びし、物体の運動がコマ送りになった。


 ライデンの呪文詠唱!


 ローズマリーは、それを解析しない。

 彼女は、自らの予測結果を修正しない。先ほどの失望から、ライデンには期待をしていなかった。


 コマ送りの世界が動く。


 彼女にとって命令は絶対。

 だから、手遅れになる境界を待っている。


 そこで、彼女は、主人マスターを守ると決めていた。


 ライデンの呪文詠唱が先に完成をした。

 彼は唱えた。


「大地よ!」

 たった一言。


 あまりにも言葉が足りてない呪文は、それが現出することで、残りの全てを補完した。


 ライデンの足元から、幾本もの槍状の大地が、後方から迫るゴブリン全てに、襲いかかった。それらは、寸分違わずに命中して、標的達の全てを絶命させる。


 ライデンがセレナの耳元で何かを囁いた。彼女は、肩を大きく揺らして「もう限界」と告げた後、小首を小さく一回だけ揺らしてうなずいた。


 ローズマリーは、予測を外した。

 不快なノイズを彼女は感じてはいない。


 彼女の理解不能が増える。


 杖が世界の根源との媒介になっていることは理解している。

 あの一瞬で、彼女より、根源との情報伝達速度が遅い主人マスターが、あのようなことを成し得るはずは無かった。


 ライデンが、情報伝達速度を何で補ったかを、彼女は、理解出来なかった。その仮説すら、考えつかない。


 予測と違う結果。


 しかし、彼女は、ノイズを感じない。


 主人マスターの観察に意識が集中をする。


 ローズマリーに、ゴブリンが遅いかかる。

 ゴブリン程度の攻撃力では、皮膚が傷つく程度。性能に支障をきたすことのない攻撃より、待機命令が優先をする。


 ローズマリーは、動かない。

 彼女は、彼をジッと見る。


「大地よ」

 ライデンが、静かに唱える。


 槍に変容した大地は、ローズマリーを上手に避けて、ゴブリンを撃退していく。


 彼女は、ジッとしている。


 先ほどまでとは変わらない彼女の姿。しかし、ゴブリン達には、美味そうに見えていた。


 ライデンが左手を添える大宝珠の杖、その立派な宝珠が、輝いた。セレナの杖と、そこにかざす手の間が、強い輝きを放ち始める。


 ライデンとセレナの二人が唱えた。

 二人が声を揃えて唱え始めた。


「時に生をつなぎ、時にそれを奪う。変容を強制し、いく先を照らし、道を示す。四大元素の一つにして、文明の象徴。偉大なる炎よ! ロキに貸し与えし力を、この場に示せ!」


 炎の壁は、青白くなり、天高く立ち上がる。

 すぐそばの外側で群がっていたゴブリン達が、跡形もなく蒸発した。


 それでも、ゴブリンの大半は無傷。安全地帯が外側まで少しだけ広がった程度。


 ローズマリーは、まばたきを忘れていた。瞳の機能保全の為、自動で行われる、それが、未実行になっていた。


 その違和感を感じても尚、彼女は、彼らを見ている。


 ローズマリーは、彼女の知らない何かが、世界の根源で、主人マスターたちの訴えに応じたのを感じた。そこは、彼女には、届かない深さ、深淵の場所。


 予測不能の次を、彼女は期待せずにはいられない。


「ヘルバースト!!」

 ライデンとセレナの声が揃う。


 炎の壁が、彼らの言葉通り、外側へ弾けて広がる。


 炎の温度は一万度。

 太陽の表面温度より高い、その炎は、猛威を振るいながら広がっていく。


 ゴブリン達は、何かを感じる間も無く蒸発をした。


 全てを焼き尽くし、荒れた大地が現れる。


 軍団レギオンクラスのゴブリンは、数を少しだけ残して消滅をした。


「驚きです」

 ローズマリーは、言葉を発した。彼女が、初めて無意識にしてしまった行動を自覚した瞬間でもあった。


「同感だよ」

 ライデンは、まだ遠くにある敵陣の方を見ている。


「ええ、そうね」

 セレナは、汗をかいているのに気づくと「暑いから離れて」とライデンを押しやった。


「おいおい」

 と言うのはラクス。彼も汗でびっしょりなのだが、振り返ってライデン達に見せる笑顔は、小太りには似合わないさわやかさがあった。


「ラクス兄いは、緊張をしてくれ。小国を二つ滅ぼした帝国自慢の召喚獣が、こっちに向かってるんだから」


 そのライデンの姿を見て、ローズマリーは言った。

主人マスターも気を引き締めてください」


 お人形のようなローズマリーの言葉に、もはや、説得力は無かった。

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