表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

そんなの、放っておけないに決まっている!

 軍馬が怯えて、先に進むのを嫌がる。


 気が張っていない者は卒倒してしまうだろう。

 大抵はそうに違いない。


 血の匂いと、ゴブリン特有の腐った卵のような体臭が混じり合う。匂いのせいで、この場に来た三人には、透明な空気が、濁った黄色に見えていた。


 その上……。


「これを、全部、あの娘が……」

 馬が首を嫌々するものだから、跨っているセレナの栗毛が振動で乱れている。


 馬上から見下ろす光景は凄惨極まりない……。


 どれもこれも、一撃で絶命したと見てとれる、酷い死体の数々。それらは、その犯人が、達人ではなく、とても不器用で、しかも常識外れの怪力の持ち主だと無言で語っていた。


 どんな戦場でも駆け抜ける軍馬が、怯えて先に進むのを嫌がった。死と隣り合わせの戦場を、主人と駆け抜けてきた軍馬が……、騎手に逆らう。


 少女を召喚したライデン、彼と同じ師の元で学んだセレナ、そして、二人と幼なじみだが少し歳上、小太りで人の良さそうに見えるラクスの三人は、馬で進むのを諦め、そろって下馬をする。


 小太りのラクスが、ゴブリンの肉塊を踏んでしまう。

 ビチャという、耳障りな音。


「おい、ライデン、お前は、一体、何を召喚したんだ」


 ライデンは、無言。


 彼は、ずっと先を、見ていた。


 少女の方へと、ゴブリンは群がるようにして襲いかかる。

 彼女の姿は、ゴブリンに埋もれてしまって隠れいた。


 それでも、そこで戦っていると知ることができる。

 誰が見ても、そのことは、明らかだ。


 その辺りから、舞い上がるゴブリンの体液、そして、頭や腕、時には胴体といった、彼らの様々な部位が、少女がそこで戦っていると示唆する。


「ラクス兄い、妙だと思わないか?」

 ふと、ライデンが言うものたがら、当のラクスは、返答に困ってしまう。彼にとって、それは「何を召喚したんだ」という問いを、言葉をかえて、オウム返しされたように聞こえたからだった。


 ラクスは、セレナを見る。この栗毛の女の子は、昔から言葉足らずのライデンの意図を、察するのに長けていた。


「数を優先するゴブリンが、あたしたち、三人を無視して、あの娘、一人に群がるのは、確かに妙ね……」

「そうだな、確かに妙だ」


 ラクスは、腕組みをし、首をたてに振る。小太りの彼の、その呑気な仕草は、ライデン、セレナの二人は好きだった。実際、彼は、いつも落ち着いている、剣や体術といった技量は、三人の中で、抜きん出ている。


 いつもは、心を落ち着かせる年長者ラクスの仕草も、この時ばかりは、ライデンを苛立たせた。


 ゴブリンの群れの中から、少女が、飛び跳ねるようして出てくる。およそ、人の跳躍とは、思えない高さ。


 三人にとって、それは、光景としてでなく、たまらず、飛び跳ねたという彼女の心情の訴えに見えてしまった。


 聞こえないはずの声が彼らを急かす。

 彼らが思うような言葉を、少女が発することはない。


 そんなことは、彼ら、ライデン、ラクス、セレナの三人は知らないし、想像も、出来るはずもない。


「とにかく、急ごう」

 三人は口々に言うと、そこを目指す。


 軍団レギオンクラスのゴブリン召喚は、戦場で先陣をきる戦法として流行した時代もあった。それも、かつての話。今では、嫌がらせ程度の召喚術になっている。


 ゴブリンは、獰猛で恐れを知らない。同族以外を殺すことにしか興味がない。知能など無いに等しい。だからこそ、自らを召喚した、味方の召喚士ですら襲いかかる。


 たがら、ゴブリンの気を引きそうな、大人数が密集した場所のそば、少人数で召喚するのがセオリーだ。


 使い勝手が悪い上、ゴブリンの性質を敵に利用されてしまう敗戦が、戦史に刻まれた。こうして、軍団レギオンクラスのゴブリン召喚を、大規模な戦争で、使うものがいなくなった。


 だが、ライデンたちが相対している帝国は、それを成す。

 それを成す術を、帝国は持っているからだ。


 跳躍した少女は、自由落下てゴブリンの群れへと、落ちていく。


 見上げるゴブリンたちには、恐怖の色はない。恐怖を感じることができるほどの知能を持っていないからだ。


 この化け物たちには、殺すことの喜びだけが本能に刻まれている。命を奪うことで得られる高揚、それは、より沢山を奪えば奪うほど、高くなると、本能が彼らの頭の中で、叫んでいる。


 少女は、自由落下で、ゴブリンの群れへと、落ちていく。


 その様子を、ゴブリンたちは、嬉々として見つめる。


 その姿は、まるで腹を空かせた雛鳥が、巣に舞い降りる親鳥に餌をねだり、クチバシを広げながら、ピーピーて泣いているようだ。しかし、その雛鳥に可愛さの欠片などなく、醜さしかない、不快の塊だと違いもある。


 それらが、嬉々として、少女を待ちわびる。


 美しい銀髪、整った可憐な容姿、無骨なローブでも隠しきれない女性らしいしなやかな身体、そして時折のぞかせる、美しい白い肌。


 そこに、同族の数匹は、傷をつけ、赤い血を流せた。


 その至福を、化け物たちは知ってしまった。


 同時に、少女の立ち回りは尋常ではないとも知ってもいる。


 どんなに血まみれになっても、彼女の動きは衰えない。


 冷めた表情のまま、同族たちの身体を、圧倒的な力で、胴体から真っ二つに、時には、頭を剣圧で潰し、さらには、細い足を蹴り上げ、同族を木っ端微塵にしたりする。


 圧倒的な強さ。


 傷ついても衰えを知らぬ身体能力は、無限の命を、化け物たちに連想させ、狂喜させてしまう。


 さらに、彼女が、血まみれになればなる程、ゴブリンたちの本能が、その命を奪えば、極上の至福を得られると教えていた。


 ゴブリンたちは、嬉々として彼女を待つ。


 自由落下。

 少女は、着地する時、襲い掛かってくる、全ての攻撃を無視した。


 防御の必要はない。


 柔肌が隠す合金の装甲より硬い物質は、地上には存在しない。


 足元にいたゴブリンは、文字通り踏み潰した。正確には、踏み裂いたと表現すべきか……。とはいえ、綺麗に裂けたわけではない。ぐしゃりという肉塊に変じた結果は、一瞬で起きた過程を、どうこうと表現してみても同じだ。


 その周りに密集していたゴブリンたちも、同様の有様。勢いよく硬いものが落ちてきた。だから、触れた場所からミンチになったという具合。


 彼女は両手に握る剣を振る。構える動作なく、無造作に振るのだ。それは、彼女にとって技術のいらない、単純作業だった。


 剣を振る。そして斬るではなく、勢いで裂いていく。


 元々、ゴブリンから奪った剣は、錆びついており切れ味が悪い。それをずっと振っているのだから、斬るという機能は、そのやいばからは、失われていた。


 突然の炎が、少女のそばのゴブリンを焼き払う。


 その炎が続く、ゴブリンの密集がまばらになる。

 未知の炎の解析に、少女は数秒を要した。


 ライデン、ラクス、セレナの三人が、少女に追いついたのだ。


 少女と三人は、ゴブリンに取り囲まれる形。


 セレナが呪文を唱えると、炎の壁が、彼らを三人とゴブリンたちを隔てるように燃え広がっていった。


 ゴブリンたちは恐れを知らない。


 当然のように炎に突っ込んで、抜けようとするが、凄まじい火力で蒸発していった。そうこうするうちに、自殺行為に等しいそれは、収まり、苛立ったようにして奇声を上げている。


「よく頑張ったな」

 ライデンは、顔を歪ませたなから、

「とにかく……、すまない、手当てをしてやらなくて」

 と少女に声を掛けた。


 セレナは、炎の壁の維持に必死の様子。


 小太りのラクスの背中に、いつもの呑気さは無く、剣を抜いて、次に備えている。


 少女は一回だけ、首を傾げた。

「傷は平気です。殲滅の続行に問題は、ありません」


 ライデンは、肩を震わせて怒鳴った。

「平気だとう! 痛くないのか!」


「性能の維持の為、人と同じように、痛みを感じます」

 少女の表情は、変わらない。


 ライデンは、持っていた杖に体重を預けるようにして、自らの顔を両手で覆う。


 彼は声を震わせながら、ゆっくりと静かに、そして声量を一杯に込めて、絞り出すようにして言った。

「痛いなら、痛いと言えよ! そんなに、大怪我をしてるじゃないか!」


「理解不能です。怪我も血も偽装です」

 少女の指先から流れ出た赤い液体が、地面にポタリと落ちた。


 傷だらけの少女。

 戦いの中、ゴブリンの肉片と体液を浴びた彼女は、ひどく汚れている。


 それでも、お人形のような、可憐な姿を容易に想像出来てしまう。


 ライデンは、彼女の瞳をジッと見る。


「この容姿も、敵に攻撃を躊躇させるためです。わたしの行動の邪魔はしないで、放っておくのが合理的です」


 召喚して直ぐの時より、少女の言葉は流暢になっていた。

 抑揚のない、棒読みには変化はない。


「もう一度聞く、痛みはあるのか」

「性能の維持の為、人と同じように痛みを感じます」


 ライデンは、黙ったまま。


 少女は、ライデンに背を向けた。


「マスターの言動は、敵の殲滅を妨げています。わたしは人間ではありません。怪我は偽装と理解をして下さい」


「おい」

 ライデンは、両手に握り拳を作る。支えを失った杖が地面に倒れた。


「殲滅を継続します。わたしは、人間ではありません。容姿も敵を油断させ、躊躇させる為です。わたしを、放っておくのが、一番、合理的です」


 ライデンは、怒りを爆発をさせた。


「人間とか、容姿とか……、関係無いんだよ!」

「理解できません」


「大怪我をしてる人がいる。その人は、痛みを……。いや、感じるとか、感じないとか、容姿とか、人間とか、そんなの関係無いんだ!」


 ラクスとセレナが、横目でライデンを見た。

 その時の彼は、天を向かって慟哭どつこくをしてかのようだった。


「大怪我をしている人がいる……、そんなの、放っておけないに決まってるだろ!」


 ライデンは、少女に向かって目一杯に叫んだ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ