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少女は、全身に血を浴びる。

 最前線は、整然と隊列を組んでいた。

 彼らの頭上を、号令と共に放たれた、大量の矢が通過していく。


 眼前には、ゴブリンの大群。

 ここは、草原というのに、それらの歩みで生まれた砂煙でかすんで見える。


 戦場だ。


 皆が命を懸けている。慣れている者、そうでない者、皆が、激突の瞬間を想像し、生き残る算段と、あわよくば手柄を、などと真剣な面持ちでいた。


 隣の同僚の汗の匂いも、この時ばかりは、気にしていない。


「いてっ、誰だ! 俺の頭を踏みやがった!」

 声が聞こえる。


「あのローブ、魔道士か?」

「なんだ、あれ、馬よりも早いぞ」

 前線にざわつきが広がる。

 隊列が乱れはじめた。


 弓の第二射が放たれ、少女の突撃を唖然と見送った三人だが、立直りは早い。


 三人は見つめ合い「放っておけない」と無言だが行動の前提は一致させた。


「それに、敵の本隊を叩くなら、正面突破の方が良さそうだ」

 小太りのザクスは前線に声をかけ始めた。


 恋ヶ窪研究所。

 停電は回復し、街は平穏を取り戻しつつある。


 研究所も外から見れば無機質なコンクリートの建物。そこに表情などなく、嵐であろうと無かろうと、いつもと変わらない平穏があるように見えた。


 そこの一室、白衣をきた博士は、デスクに腰を降ろす。そこに、女性の助手がコーヒーを持ってきた。


「オリジナルの最高速度を知っているか?」

「設計上は、時速百キロメートルですけど」


「あれは、動かなかったから計測してないが、コピーの方は、それぐらいだったから、まあ確実だな」

「残念ですが、扉が開いた形跡は、ありません。それと、廊下で時速百キロメートルは無理です」


 異世界の戦争は、前哨戦が始まったばかり。


 指揮官の一人が前線のざわつきを察した。

 直ぐに、そこから飛び出した、ローブを着た小柄な何かに気づく。


 勢いよく真っ直ぐに進む、それははやい。

「なんだ、あれは……」


 矢の着弾する寸前、ライデンに召喚された少女は、ゴブリンの群れに突入した。


 一匹目は、何も理解出来ないまま、彼女の拳で、頭が消し飛んだ。


「素手で殴るだけだと……」

 単眼鏡で、その様子を見てしまった指揮官は絶句した。


 恋ヶ窪研究所では、博士と助手の会話が続く。


「扉ぐらい、あれが本気を出せば簡単だ。素手でも、二百ミリの厚さがある戦車の装甲も、撃ちぬける計算だからな」

「そんな野蛮な機能は要りません。人型なんだから、武器を持たせれば……、それと、扉は無傷です」


 ゴブリンは、三、四と立て続けに、仲間を殴殺おうさつされると、一瞬の出来事、全て一撃だったとはいえ、流石に、少女の存在を認識する。


 彼の残忍な瞳には、それでも、少女の姿は、うまそうな生贄程度の認識だった。


 博士は頭を抱える。

「あれが街に出て、暴走したら……」

「さあ? 無駄に頑丈ですからね。皮膚組織の下、装甲の硬度が幾つでしたっけ? 確か、奇跡の産物とか、博士が自慢してた……」

「あれも、本当に奇跡の産物だ。人肌を再現して皮膚組織。その下の装甲の硬度は、ダイヤモンドを遥かに凌ぎ、地球上で最も硬い好物のカルビンですら及ばない。彼女より硬いのは、中性子星の中心部に存在する核パスタぐらいだ」

「破壊は無理と」

 女性助手は、バインダーにチェックを入れていく。


 少女にゴブリンが四方から同時に襲いかかる。

 遠くから馬に跨って駆けてくるライデンたちは、目を背けた。


 少女は、正面のゴブリンを仕留める。残った三匹は、各々の得物を、柔らかそうに見える少女の身体に命中させた。


 両側面を攻めた二匹が振り下ろした錆びついた剣は、柔肌に深く刺さる。切れたローブの隙間から、血のような赤い液体が流れるのを見て、化け物特有の卑猥な笑みを浮かべた。


 背面から攻めた一匹の棍棒は、強烈な一撃を後頭部に決めた瞬間、木っ端微塵に砕け散る。


 耳障りな悲鳴!


 少女は、両腕を交差させるようにした、両脇のゴブリンが振るう剣崎をつかむ。彼女の手のひらから流れた、赤い液体が、刃を伝って流れる。


 化け物の卑猥な笑みは止まらない。


 背面のゴブリンが、嬉々として、彼女に素手で掴み掛かろうとした。


 両脇のゴブリンたちも、自らの剣を、彼女の手のひらから抜こうとするも……、びくともしない。


 そして……。


 少女は、何の障害も無いかのように、持ち手のゴブリンごと、両手にそれぞれ掴んだ刃、二本を後ろに振る。


 グシャリという肉が潰れる音。微かに乾いた音がそこに混じる。それは、きっと、ゴブリンの頭蓋が砕けた音に違いなかった。


 目を背けた三人が顔を上げた時。

 血に塗れ、ゴブリンの体液を全身に浴びながら、二本の剣で懸命に戦う少女の姿を、彼らは見た。


 恋ヶ窪研究所の方では、オリジナルの失踪を隠す方針で決まった。極秘プロジェクトなので、その存在を知る者も限られていたからだ。


「で? 博士、来週の視察はどうされるおつもりですか?」

 女性は、バインダーを両手で胸に押しあてるようにして持っている。


「タバコは業務時間外に吸ってください」

 博士の不審な挙動に、女性は口を尖らせた。


 博士は、トントンと指でデスクを叩く。一度、何か言い掛け、彼女にギロリと睨まれて、それはやめた。


 カップの受け皿に置かれた角砂糖を三つ入れる。それを混ぜないままカップを待ち、コーヒーを一口だけ飲む。天井を見つめ、深呼吸をする。


「視察は、模造品のプリンセスローズに任せるさ」

 博士は息を吐くと、そこから吐き出される白い煙を想像した。


「あの融通の利かない優等生ですね。それと……」

「ああ、オリジナルは、消えたことは内密にしとけよ」

「もちろんです。GPSでも特定不能ですからね……」

「まあ、プリンセスローズは、ローズマリーの劣化版だが、動くぶん、見た目にはマシだ」

「そうですね……、じゃなくて、前々から、言ってますけど、そのネーミング、なんとかなりませんか?」

「行政もスポンサーなんだよ」

「もう!」

 助手の頬はリスのようだ。

「そこは、問題じゃないだろ」

 博士は、ノートパソコンを開くと、キーボードを叩き始めた。



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