さあ、皆殺しのはじまりです。
砂煙が晴れる。
閃光で奪われた視覚も徐々に戻ってきた。
全兵士が注目する魔方陣の中心に人がいる。
真っ裸の少女だ。
要所を隠す素振りもない。
堂々と胸を……、胸を張って仁王立ちだ。
かよわく、そして可憐というのが、皆の第一印象。
「まじか……」
誰かのつぶやき。戦場に似合わない、ゴクリと生唾を飲み込む音も聞こえる。
「けしからん!」
これが、サティス将軍の第一声。
「大一番で失敗するのが奴らしい」
というのは、小太りの副官の評だ。
一番戸惑っているのは、召喚をした当の本人、今となっては、天才魔道士という地位も危うい青年。ライデン本人だった。
注目をされていただけあって、彼への視線は厳しいものがある。
召喚を手伝った同僚の魔道士には、一般の兵士と違って女性も多い。
「ヘンタイ」
という蔑み、これは、ライデンも許容した。
そこに、
「ロリコン」
という蔑称も混じる。
かつての天才魔道士は、「ロリコン」の二つ名を得ようとしていた。それが、成されれば、歴史上、初の偉業となるやも知れぬ。
なにせ、召喚は術師の思念の実現。この状況は、ライデン自身が、少女の裸を切に願い。天がそれを叶えたと言っていい。
魔道士は、もちろん、周りを囲む兵士は、本能的にそれを察知した。
どこからどう見ても、戦闘力皆無の少女だが、それを否定しなければ、「ロリコンのライデン」という烙印は免れない。
ライデンは、叫ぶ!
「みんな、落ち着いてくれ! あれは、エイシェントドラゴンだ!」
「どう見ても違う!」
それが、この場にいる全員の総意だった。
見かねた女性魔道士が、召喚陣の中心に立つ、少女に駆け寄る。
自らの身を包むローブを脱ぐと、彼女の裸を隠すように肩から掛けてやった。「綺麗な娘」と彼女は思う。召喚されて直ぐの魔物が、皮膚から放電して、バチバチとなる現象が、目の前の少女にもあった。
「もう、ライデンにも困ったものね」
少女の銀髪が、本物の銀糸のように、女性魔道士には見えてしまう。戦場というのに、そして、同僚が苦境に立たされる失敗をしたかもしれないのに、女性魔道士は、自分の栗毛を隠したいという衝動に駆られた。
彼女は、少女の頭を優しく撫でる。
そして少し年下に見える少女の耳元でささやいた。
「ねぇ、あなたドラゴンなの?」
このライデンと同期で同じ師の元で学んだ女性魔道士は、少しだけライデンを信じてみようと思っていた。
首を縦に、または、横に振る。それが、彼女の想像した、目の前の少女の挙動だった。
「どちらでも、この場を収めるよう手助けをしよう」
それが彼女の決意。
それも、もう手遅れ。
目の前の可憐な少女は、その姿に似合わない大声で、皆に聞こえるようハッキリと言った。
「わたしは、どらごん? ではありません」
えらく棒読みで抑揚のない言葉。
それを、少女が女性魔道士に言わされたと思った、ライデンは、もう一度、全力で問う。
「いいや、君は、エイシェント……」
と言い掛け、途中でひらめいた。「いや、あの容姿だ。天使降臨ではないのか?」それは、それで偉業。
「そう、君は、天使! 天使なんだ!」
ライデンは言い切った。
「らいでんがいうなら、わたしはてんし? です」
少女は「マスター」に対応する、この世界の言語をまだ習得していなかった。未知の世界との接続は断片的で、よく知るインターネットのように上手にできない。
兵士たちが「おいおい」と言いながら動きだす。
サティス将軍の「弓兵! 隊列を整えろ!」という号令を待つまでもない。
「奴の処分は、後だ」
将軍は、苦笑いしている小太りの副官を見る。
「お前とあいつは、見知った仲だろ。魔道士たちをまとめるよう指示してこい。なんなら、そのまま、お前が率いてもいい」
「はっ!」
小太りは「おいおい、かばいきれんかも知れんぞ」と思いながら、ライデンの方へ駆け寄っていった。
「あなたの天使を連れて来たわよ」
女性魔道士の頬は膨れていた。
ライデンは「やれやれ」と思い「いったい何処の誰を召喚したのか?」とも思う。
「申し訳ない」
「謝らないでよ」
女性魔道士がそっぽを向く。
「セレナもすまなかったな」
「で? どうするの?」
二人のやり取りに、小太りの副官が割って入る。
「とにかく戦果が必要だ。なんでもいい、派手な魔法をぶっ放してやれ」
「ラクス兄い、悪い、俺の魔力は、もう限界なんだ」
「バカね。なんとか、するわよ。でも、頑張ってる振りぐらいしなさい」
「そうだぜ、将軍はカンカンだからな。下手したら」
小太りで、将軍の副官ラクスは、首を手刀ではねるゼスチャーをして舌を出し笑う。
「まあ、それは、俺が阻止してやるがな」
「とにかく、この娘を、安全な場所へ連れて行きなさいっ!あなたの天使さまなんでしょっ」
セレナも笑う。
矢が「放て!」という号令と共に空高く撃ち出され、地面へと放物線を描く。何千とも、何万とも、見えるそれは、圧巻の光景だった。
「ぜいじゃくなかりょく。いきおいはとまらない。べつどうたいもほんたいにはとどかない」
少女がつぶやく。
ライデン、セレナ、ラクスの幼なじみ三人は目を合わせる。
少女のつぶやきは的を得ていた。矢は、ゴブリンたちの勢い弱めるのが狙い。馬に乗った騎兵は、横に回るよう動き出し、ゴブリンたちの横を喰らう。さらに、別働隊が、背後にいる帝国軍の本隊を狙うのは定石といっていい。
兵士なら想像がつく。
戦争と無縁の少女には、無理だ。
「らいでん、こうどうをかいしします」
「おい、何のことを言っている」
ライデンは、少女を引き留めようとした。
少女は、笑顔になった。
「ライデン、さあ、皆殺しの時間のはじまりです」
流暢な言葉遣い。
容姿とは不似合いなセリフ。
ライデンは、引き留める力を緩めてしまう。
三人は、唖然と彼女を見送ってしまった。
第二射の矢が放たれた。
前と同様、放物線を描きながら、幾千、幾万の矢が、有象無象の化け物へと向かっていく。
地上を走る少女は、そのどれよりも、早く、そこへ向かっていた。