前世を反省し、今世は着ぐるみおじさんになって処刑を回避します!
頭を空にしてお読みください。
基本的に主人公はおバカさんです。
「……ざまぁみろ」
そういって、血の繋がりのない美しく成長した姪は、酷く冷たい目で俺を見下ろしていた。
***
ていうのが、前世?らしい俺の最後の記憶だ。
不思議な事に歴史は繰り返すのか、今世の俺も前世と同じような境遇で生きていた。
あ、自己紹介が遅れたが、俺の名はモンド。しがない農夫で、生まれも育ちもど田舎だ。顔だって別に美形でもなんでもねえ。
まさか前世の記憶を覚えてる上に処刑されたなんて酒の話にもなりゃしねし、頭のおかしい奴と見られるのがオチだから誰にも言ってねえ。
パッと俺の前世を語ると、ホント「お前アホだろ?」の一言に尽きる。マジでこれしか言えねえわ。
そもそも農家に生まれただけの男がいくら前世の姉の再婚相手が貴族で、しかも子供一人残して二人揃って死んだからってマジ貴族になれるわけねえだろ。他に頼れる親族いなかったんかよ。いねえから俺にお鉢回ってきたんだった。ちくしょう。
なのに前世の俺は、まあ分かりやすく有頂天になった。
だって、何もしてないのに死んだ姉の縁だけでデカい金と立派な家と使用人が手に入るんだぜ?もう延々と畑仕事しなくても飯が食えるんだぜ?最高かよって
ということで前世の俺は残された姪を絶賛放置し、家の財産を遠慮なく美味い飯や見栄え重視なのかヘンテコな芸術品、そして何より美女を侍らせるという、やりたい放題の悪者おじさんと化してしまった。
前世の俺がそんなんだから屋敷には甘い汁を吸いたい悪賢い奴しか残らず、家への忠誠心ある真面目な使用人は忠言の時点でクビ。そんなもんだから、どんどん屋敷内は荒れ果てていき、当然、子供でしかない姪も余波をめっちゃ受けた。まあ姪と言っても前妻の子だから血の繋がりなんて一切ない他人ってのも大きかったな。
そんな有頂天人生から転がり落ちるのは、何とか成長した姪が成人した年だ。横領、賄賂、散財、そして借金と次々明るみになる不祥事オンパレードをここぞとばかりに明かされて追い詰められ、どうにもならなくなった前世の俺は足りない脳ミソで必死に考えた結果、姪を他国の娼館に高値で売り飛ばす計画を立てた。マジでなんでそうなるの俺?って自分でも思うけど、でもって結果はお察しの通り失敗に終わる。
で、文句なく処刑が決まり、断頭台に立たされた前世の俺に向けた姪の最初の言葉が冒頭だ。ざっと説明したが、それで前世の俺は短い生を終えた。尚、有頂天時代に結婚した妻は早々に俺を切り捨てて逃げた。その後は知らん。
物語を読んでいるような断片的な記憶が浮かんだのは子供の頃だ。きっかけらしいきっかけは分からん。ただ、ふと夢で見て「あ、成程」って思い出した。それだけ。
最後の記憶にある侮蔑と憎悪の視線にゾワッとして目覚めた朝は今思い出してもヒヤッとする。股の息子もキュンっだぜ。
しかし、マジでひでえな前世の俺。そりゃ姪もざまあみろ言いたくなるわ。いや言ったな。むしろ貴族とはいえ荒廃極めた劣悪環境の中で必死に生きたんだから、そりゃ逞しくなるし、信頼できる男たちも作れるわ。
だから、前世を思い出した俺は決意した。今世の俺は、きちんと自分の身分と力を弁え、平凡に仕事に励み、優しい奥さんお迎えして、静かに、真っ当に老後を迎えようと。最悪、奥さんなしで一生独り身もまあいいかと思ってるけど。前世の記憶の影響か、以前より女怖えって思うようになったし。
そもそも学があるわけでも権力とか貴族の義務とか何かもよく分からん平民が、いきなり大金扱える立場に上げられること自体おかしい。
ま、こんな田舎で、わざわざ貴族相手に再婚なんて身内はいないから問題ねえな。
例え、惚れた男をゲットしに出奔し、そのまま行方知れずとなった姉ちゃんがいたとしても、だ。
元気でやっててほしいけど、頼むから弟に迷惑かけんなよ?
***
と、思っていたのに。まさかの姉が貴族の再婚相手に収まって、バリバリ貴族夫人してたとは、マジで前世と同じ運命をなぞっているとしか思えなかった。
分かるか?ボロい我が家の前に突然立派な馬車が止まった時の俺の気持ちが。代理人だったか弁護士なんちゃらと名乗る男たちは、姉の親族の一員として俺を迎えに来たという。え?処刑台に?
そして姉は旦那と一緒に馬車の事故で死亡した事実も明らかになったが、正直日々の畑や狩り仕事でそこまで可愛がられた記憶が殆どねえからぶっちゃけ寂しさはねえな。むしろ勝気な姉の奴隷だったような・・・うっ、思い出すと寒気が!
むしろ男が淡々、それでいて情緒たっぷりに語る内容は、前世の俺が道を踏み外した時のよう類似した展開だ。
「結構です」と、もはやこの一択しかねえ俺は必至で断った。いや断るだろう。どうしてそこで驚くんだ?弁護士さんよ。むしろ姉の訃報を伝えるだけで全然いいんだぜ?
自分の足りない頭なりに何とか説得を試みたが、相手は弁護士。つまり、俺よりずっと話術に長けた相手!襤褸切れ農夫がクワ持って、剣と槍に加えバッチリ鎧の重装備で馬に跨った騎士に喧嘩挑むようなもん!ということで結果は惨敗!ちくしょー!
つきましては顔合わせを行いますのでうんたらかんたらの後半の説明はもう殆ど流していた。俺の頭は、どうやってこれ回避すればいいの??それしかない。
これは、もはや一人残った当の姪っ子に嫌われるしかない!!
・・・いや駄目だ!嫌われて下手したら再処刑コースは免れん!無害で、全く歯牙にもかけないというアピールが必須になる!
・・・
・・・
あるじゃないか!!
子供に嫌われず、かつ周囲の大人にも俺は無害だとアピールできる方法が!!!
そうして、俺は名案を思いついた。
明日迎えに来ますので準備してくださいねと弁護士が去った後、俺はちまちま集めていた大量の毛皮を持って知り合いのお針子の店に突撃した。
畑のない日に森で狩りをして小まめに集めてたんだが、毛皮は何かと重宝するからな。全部使うのは勿体ないが、俺の命には代えられない!!
「突然どうしたの?」と昔馴染みのお針子へ、俺は毛皮を全て差し出した。
***
翌日、俺は臨戦態勢で弁護士を待った。
朝から俺の新たな格好を見て、二度見三度見する近所の連中に心配そうに声をかけられるが、安心してくれ。風邪も引いてなければ頭も痛くない!これこそが俺の最終兵器だから!!
案の定、迎えに来た弁護士も現れ、絶句している。
「あの、その格好はどうされました?」
「ふっふっふ……【クマのポリーと、ミツバチさん】に出てくる熊の『ポリー』だ!!」
今の俺は、頭から足先まで全身毛皮で覆われている。頭部分は熊のそれだが、ちょこんとワンポイントの帽子を被っており、肩から腹にかけてチョッキを着こんだお洒落な熊だ。
時間がないにも限らず俺の申し出を快く受けてくれたお針子は、針を通す度にどうやら創作意欲が刺激されたらしく、どうせならと使わない古びた布切れで色々と作ってくれたのだ。神だ、神がいる。お前なんでこんな田舎でお針子やってたんだよ。都行けば絶対儲かるだろ。
もはやお針子には感謝しかない。お土産は絶対に買って帰ろう。
そうーー全身きぐるみ状態なら子供受けは絶対悪くない!そして、顔合わせとはいえ大事な場にこんな恰好して現れるなんてヤバイ奴だと思われ、自然と周囲から「あれはねえぜ!かーえーれー!かーえーれー!」となるだろ!?
完璧だ!もうお断り一直線で悠々と帰宅する未来しか見えねえわ!
あ、帰る前にお針子には絶対お土産買って帰んねえとな!!
***
・・・ヤバい。しくじった。毛皮だから当然、暑い。そして獣臭え。でも我慢しねえと。折角かっこいいクマの頭から不細工おじさんこんにちはー!したら速攻で嫌われからの処刑エンドがやってくる!!
ガラガラと馬車で揺れる中、暑さを誤魔化す為にも俺は必至で考えた。どうせならポリーになり切って声も裏声にする?地声低すぎるわけでもないが高いわけでもない。うん、まあやってみるのも悪くないな。てかお針子が塗ってる間に久々に本読んだけど、あれって子供向けなわりに大人も楽しめるという結構深いんだよなぁ。そういえば姉ちゃんもよく読み聞かせしてたわ~~~なんて考えてると、あっという間に屋敷に到着した。
・・・わぁい、おっきぃおうち~~~しか出ねえよ。
前世の俺は人生初めて見る豪邸に目ん玉飛び出る程びっくりしたんだよな。それが今日からこの豪邸があなたのだなんていわれてみろよ。そりゃ有頂天にもなるわな。残念ながら今の俺は恐怖しかねえけど!!
広い玄関を開けると、女の子を中心に使用人がずらり並んで俺を威圧してやがる!くそっ、やはり罠だったか!?俺を処刑しようったってそうはいかないからな!!
すると、女の子がぽかんと目を丸めてこっちを見てる。成程あの子が姪っ子か。前世の姪っ子も美少女だったけど、今世の姪っ子も将来美人さんになりそうな顔立ちだ。ほんと血が全く繋がらないってのを実感させるぜ。とはいえ、いずれ俺を追い詰める死亡フラグ筆頭人物には違いねえ!!
とりあえず、先ずはあの子に挨拶だな。そういやなんて挨拶すりゃいいんだ?「初めまして」でいいのか?貴族様はどんな挨拶してたっけ?知らんがな!「こんにちは!会いたかった?」いや、死ぬまで会いたくなかったわ!弁護士もそこまで教えてくれなかったし!!
そうーー敢えて言うなら……そうだ!
「あ……アンジェリーナ!」
名前で全てをまるっと誤魔化す!それしかねえ!!
覚えててよかった!一瞬、暑さで忘れかけたけど、今世の俺を処刑へ導く死神の名前はしっかり刻まれたぜ!すぐに忘れたいけどな!!
そして、大きく腕を広げて何の武器も持ってませんよアピールも欠かせねえ!お針子は時間があればもっと可愛く仕上げたかったらしいが、頭部はぶっちゃけ野生の熊そのものだからな!ハットやチョッキあるとはいえ怖いよな!?でも大丈夫!!おじさん無害だから!!爪も牙もちゃんと危なくないよう研いでるから!!
「っ……う、うぅ…………」
あれ?名前を呼ばれた女の子アンジェリーナが何故か泣き顔?え?え?なんで?どうして?俺、既に何かやっちゃった?泣かしたから処刑?処刑ですか!?まだ可愛い嫁さんすらゲット出来てないから、するとしてももっともっと先!処刑ギロチンの刃も見えない程の寝たきり耄碌で天国のカウントダウンが近いジジイになってからで切実にお願いします!!
「うぁわあああああんっ!!」
「!?」
突然、泣きながらアンジェリーナが俺に向かって勢いよく走りだした。え?え?泣く程許せなかった?怖かった?まさか直接殴ってしまいたい程の不細工とか!?いや、不細工なのは俺であって、リアル熊はかっこいいだろ!?と、困惑する俺の腹へと抱き着いた。やはり子供か、衝撃が少なくてそのまま後ろに倒れるとかまではなかったけど、最近腹回りがヤバくてな。お針子も、お腹はそこまで詰め物いらずで助かるだなんて失礼な!そんな贅肉と毛皮の弾力に顔を埋め、全力で泣き出すアンジェリーナ!
離す?んな事したら周りが黙っちゃいねえだろ!?とりあえず落ち着け?はい、ヒッヒッフー!背中もトントンして、ヒッヒッフーーって、やっぱ怖いよぉ!誰か助けてー!止めてー!
おじさん処刑は嫌あぁぁぁぁーー!!!
***
私は、アンジェリーナ・ハルカスと申します。今年で、五才になりますわ。ヘンキョーを治める、お父様の娘です。
私を産んだお母様は元々お体が弱く、私を産んですぐに亡くなってしまわれました。だから、お家にある写真でしか、お母様を知りません。
お父様はお優しいですが、とっても忙しい方なので、乳母や使用人の皆と過ごすことが多いです。お父様が再婚されないので、将来、私か、私の旦那様がヘンキョー伯になります。
だから、どっちにもなれるよう、お勉強を頑張ります。
ある日、お父様が、知らない女性をお連れしました。領民の方で、お父様の再婚相手だそうです。貴族でもない平民ですが、とても元気で、明るい方です。声も大きく、はきはきしています。
使用人たちは、死んだお母様を知っているので、新しく来た女性・・・オクサマ、に対して、すこし、苦手な様子です。
でも、オクサマは、とても優しいです。私に、いろんなお話を聞かせてくれます。平民のこどもたちが読むものだそうです。
乳母は、そんな平民の話より、もっと勉強に役立つものをと言いましたが、オクサマのお話は、とても楽しいです。
その中でも【クマのポリーと、ミツバチさん】というお話が、とっても好きになりました。
森に住むクマのポリーが、ミツバチさんたちが集めたハチミツが欲しくて、ミツバチさんのお願い事を叶えるお話です。
ミツバチさんの為に綺麗なお花を取ってきたり、巣に襲い掛かる敵を倒したり、攫われたミツバチ女王を助けにいったりと、クマのポリーは頑張ります。
そんなポリーに、ミツバチさんもハチミツ以外にも喜んでもらえるよう、ハチミツを使ったお菓子をたくさん作ってあげたり、彼が怪我したら手当てをしたり、どちらもとっても仲良しになる、そんな素敵なお話です。
私もポリーに会いたいなと言ったら、オクサマは笑って言いました。
「それじゃーーアンジェリーナの誕生日も近いし、ポリーを何としても捕まえて、連れて帰ってみせるわね!!」
頑張ってプレゼントするから!と、オクサマは自信満々に言いました。
***
そうして、お父様と、オクサマが、お仕事でお出かけになりました。
私は、家でお留守番です。帰ってきたら、オクサマがポリーを連れて帰って来てくれるかもとワクワクしてました。
実は、今まで、オクサマの事を、お名前でしか呼んだ事はなく、「お母様」と呼んだことはありません。
無理して「お母様」と呼ばなくても良いと、言われたのです。
でも、本当は私、「オクサマ」ではなく「お母様」と、お呼びしたいのです。
だから、決めました。
お母様がポリーを連れて帰ったら「ありがとう。お母様」と、そうお伝えしようと。
喜んでくれるかは分かりませんが、それでも、ポリーがいるなら、きっと喜んでもらえると思います。
だから、お勉強もですけれど、こっそり、こっそり「お母様」と呼べる練習をして、お帰りになるのを待っていました。
でも、二人は、帰ってくることはありませんでした。
大きな箱に入れられて、「領主様と奥様です」と言われても、よく、分かりません。
中を見たら、二人とも眠っています。とても、冷たいです。
ひどい事故とききました。みんなが、キレイにしてくれたようです。
いつもお父様が帰ってきたら「ただいまアンジェリーナ」と言って、私を抱き上げてくれます。お父様は背が高いので、よく周りが見えます。お父様くらい大きくなりますと、私はいつも言ってました。
お父様。どうして帰って来たのに、私を呼んで、抱き上げてくれないのですか?
お母様が、ポリーを連れて帰ると、私の誕生日プレゼントだと約束してくれました。いつも明るくて、元気いっぱいの、お母様。今は、とっても、静かで・・・冷たい、です。
お母様。私、我儘いいません。ポリーがいなくても、「お母様」とお呼びします。その為に、たくさん、練習したんです。
だから、どうか、「ただいま」と言ってください。
笑って、ください。
大人の皆さんが、たくさんお話しています。何を話しているのか、今の私はよく分かりません。
ただ、お父様のご親戚は、とっても遠い人がほとんどで、近い人が、お母様の弟様しかいないとのことで、その方に、来ていただくことになったそうです。
だから、どうだというのでしょうか。弟様が来られても、お母様は天国に先に旅出されてしまいました。
それに私は、お母様に、弟様がいらしたことを、初めて知りました。
だから、お出迎えの時は、怖かったです。
でもーー
「あ……アンジェリーナ!」
家の玄関から入ってきたのは、ポリーでした。
お父様みたいに大きく腕を広げ、そして、お母様みたいに元気よく、私の名前を呼んでくれました。
使用人の皆も驚いています。そうですよね。
だって、ポリーのことは、私とお母様しか知らないのですから。
ポリーは、どこか困ったように私を見ているようです。
その時、私は気付いたのです。
ーーポリーを何としても捕まえて、連れて帰ってみせるわね!!ーー
きっと、天国のお母様が、頑張ってポリーを捕まえて、ここまで連れてきてくれたのですね。
間違いありません。
だって、私の名前を呼んで、抱きしめるよう腕を広げるのは、お父様と、お母様なのですから。
「うぁわあああああんっ!!」
涙が、止まりません。
泣きながら、私はポリーへ抱き着きます。ちょっと変な臭いがするけど、とっても温かくて、柔らかいです。背中に回された腕も温かいです。毛並みがちょっとカサカサするのは、きっと今まで森の中にいたからでしょう。
ありがとう、お父様。お母様。
そして、ありがとう、ポリー。
私が、あなたの大好きなハチミツをたくさん用意するミツバチになります。
あなたが私を守ってくれるなら、私もーーー
あなたを、大事にします。
お読みいただきましてありがとうございます。
前世の妻が出たり、お針子をもっと出番増やしたりと、この話で書いてみたいネタは色々ありますが、収拾付かなくなりそうなのでこれにて失礼します。