第8話 今引いてはダメだと思った。
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「今までありがとう」
小百合の家まで着いたとき、急に彼女は俯いて言った。
もう、終わりなのか?
でも小百合が言うのなら無理強いはよくない。
もしかして、好きな人とやらと一緒に帰るかも知れない。
「わかった。じゃあ、明日からは別々だな」
「うん。一人で帰れる……よ」
小百合らしいといえば、そうなのだけど、どうも様子がおかしい。
こういうとき……俺はどうすればいいのか。
小百合の顔を見れば分かるだろうか?
何か変化があるなら……きっと、表情をよく見れば本心が分かるかも知れない。
眉を下げ、目を合わせず下を向いている。
長い髪の毛が風に揺れていた。
俺は小百合の何か思い詰めた表情に気付く。
今このタイミングを逃すとマズい。俺の中で警笛が鳴り響く。
ダメだ。引いてはダメだ。絶対に。
多分、好きな人というのは——。
間違っているかも知れない。
小百合に嫌われるかも知れない。
でも、確かめたい。
本当に、俺と帰ることをやめたいのかを。
俺と一緒が、嫌なのかを。
「明日も一緒に帰ろう。ずっと、これからも」
「私のことは……もういいよ。大丈夫だから……」
小百合の声が震えている。絞り出すように「大丈夫だから」と、切なげな声で言わても、俺は同意できなかった。
今までの俺だったら、小百合が望むのなら受け入れただろう。
でも俺は……。
小百合は涙声になっている。
相変わらず俯いていて、目を合わせてくれない。
制服のスカートの裾を、その小さな手でぎゅっと握っている。
相当な覚悟で彼女は言葉を紡いでいるのかもしれない。
だったら、俺もここで引き下がってはいけない。
「小百合、俺と一緒はイヤなの?」
「ううん。そんなことあるわけ……ない。ずっと一緒に帰りたい……!」
いってから、あっ、しまったという顔をする小百合。
良かった……。
きっと、何かを我慢しようとしていたのだ。
俺から離れ、気持ちを殺して、一人で過ごそうとでも考えていたのかもしれない。
俺はいてもたってもいられなくて、小百合の背中に腕を回し抱き締めた。
小百合の家の前にも、道行く人はいる。
でも、そんなことは構わない。
「じゃあ決まり。また明日、教室まで迎えに行くから」
「でも……でもっ!」
「行くからさ。待ってて。小百合が無視しても、俺は一緒に帰る。
ずっと、これからも」
俺は腕の力を緩めて、小百合の顔を見る。
しばらくしてから、ようやく小百合は俺の顔を見上げた。
やっと目を合わせてくれた。
「……もう。光君ってこんなに押し強かったっけ? 私じゃなかったら、ストーカーって思っちゃうよ」
小百合の瞳が潤んでいる。
何か思い詰めているようだけど、俺にだって譲れないことはある。
「小百合だから、だよ。小百合のためなら、強く……なりたい」
「私のため……? 光君……変わったね」
「そう?」
「うん。ちゃんと思ったことを言ってくれて……ちょっと強引だったけど……。
……私も見習わないとね」
「そ、そうだな。強引だったな」
「あのね、私で……いいの? その、ダメな最低な私で」
「ダメ? 小百合が? 最低?
俺は一度もそんなこと思ったことないけど?」
俺が言うと、小百合はふう、と溜息をついた。
そして観念したように顔を上げて俺を見つめる。
小百合の口元がふにゃふにゃっとなっていて、嬉しさと、何か別の感情が見える。
それでも、随分嬉しいという気持ちが大きいようだ。
「じゃあ……これからも、私と一緒に……帰ってくだ、さい」
小百合の声は震えているものの、少し明るくなっている。笑顔もこぼれた。
それは嬉しいと言うよりは、安心したというか、心の奥底でそう望んでいたような……。
きっとこれでいいんだよな。
「うん。じゃあ、また明日も迎えにいくよ」
「うん……わかった。待ってる。ずっと……」
正解は小百合の笑顔が示している。
彼女の潤む瞳が教えてくれる。
小百合は何か、ずっと思い詰めていた感情がありそうだった。
最低だなんて言葉を使うくらいだ。
その思いを彼女はいつか話してくれるだろうか?