第35話 合否通知
二月に入った。
高校はもう完全に自由登校になっている。
年間で一番雪が降る季節だ。
この地域は年に数回雪が地面に積もるだけだけど。
でも、雪が積もってしまうと途端に移動がおっくうになる。
雨や雪の時は俺が小百合の家にいくことにしている。
「私が光君の家に行くよ。雨でも雪でも。
というか私が行きたいだけだし……」
俺は小百合が寒い外に出るのが心配になった。
だから、彼女の家に行くと告げたのだけど。
小百合は意外と頑固で、言い返してきたのだ。
子供の頃、小百合が遊びに来るのは常に俺の家だった。
当時は気が回らなくて、そんな心配をしなかったのだけど。
今は違う。
今日は天気も良くて、小百合がうちに来ていた。
土曜日でうちには両親がいる。
小百合の家は誰もいないらしく、俺的にはそっちのほうが良いのだけど。
賑やかな方が良いと小百合は言い張りやってきた。
「今日はちょっと暖かったよ」
「それは昨日に比べて、でしょ。
もう二月なんだし、いつ雪が降ってもおかしくないよ
俺は小百合の体調が崩れでもしたらって思うと……心配で」
「ふふっ」
小百合はそう言って、俺の近くにやってくる。
カーペットの上に座る俺の横に。
そしてちょこんと座り、俺に縋ってくる。
俺の胸に小百合の後頭部が触れて、シャンプーの香りがした。
「ありがとう……優しいよね」
「別に、優しいとは思わないけど、そう思うだけ」
「うん……。でもね、光君に頑張ってもらいたくて……私のワガママなんだよ」
俺たちは大学入学共通テストを終えて、それ以外の個別選抜試験のために、いまだに勉強をしていた。
とはいえ……自己採点した限り、お互い同じ大学に行けそうな点数を取れていた。
よっぽどのことがない限り、大丈夫だとは思っている。
でも、不安は不安だ。
そんな俺を見透かすように、小百合は起き上がり、俺の頭を撫でた。
今度は俺の背中に縋って。
背中越しに、彼女の温もりと柔らかさを、髪の毛越しに彼女のしっとりとした指先を感じる。
「光君をどうやったら元気づけられるかな?」
独り言のように、小百合が言った。
「俺は、そうやって小百合が近くにいるだけで……元気になる」
振り向き、そっと小百合の唇に俺の唇を重ねた。
その時家の外から、原付の音が聞こえる。
ドルルルルル……。
俺たちは無視して、そのままの態勢でキスを続けていた。
トトトトト。
今度は廊下から足音が聞こえ、俺たちはパッと離れた。
誰かがやってくる。
だから、誰もいない小百合の家の方がいいのになぁ。
時間をおかずに、俺の部屋のドアが開いて入ってきたのは父さんだった。
ってかノックくらいしろよな……。
「小百合ちゃんいらっしゃい。
光、来たぞ」
父さんはそう言って、一通の封筒を渡してきた。
差出人は俺たちの目標の、本命の大学だ。
多分、合否通知が入っているのだろう。
来週になると思っていただけに、ちょっと驚く。
「あっ……結果が……」
俺は震える手で封を解く。
中からの複数枚の用紙と……通知書が入っていた。
ごくり……。
俺は唾を飲み込む。
今まで、小百合と頑張ってきた結果が記されている。
心臓が高鳴る中、通知書を読んでいく。
その結果は……。
「ウッ……ううっ」
俺は涙を流し始めた。
俺の様子を見て、父さんはたしなめるように静かに口を開いた。
「そうか……。光、期待通りの結果は得られなくても、この経験はきっと将来に役に立つ——」
「合格」
「え?」
「だから……合格だって!」
「……なんだと……?」
小百合が勢いよく俺に抱きついてきた。
「おめでとう!! 光君!」
父さんの目の前だというのにキスをしてきて、俺はむぐむぐと声にならない声を上げた。
「さ、小百合……ありがとう」
「うん……うんっ! 私も……通知が来たみたい」
「えっ?」
「私も合格だって連絡が……!」
小百合の所にも通知が届いていたようだ。
家にいないと言っていたはずの小百合のご両親が受け取り、スマホで連絡してくれていた様子だ。
俺とほぼ同時に結果を知ったようだ。
小百合が持つスマホに、彼女の合格通知が写っている。
「やったあ!!」
「うん! これからも一緒だね、光君!」
ふと、視線を感じて見上げると、父さんが耳まで顔を赤く染めて俺たちを見ていた。
「ご、合格だったのか……俺かなり恥ずかしいこと言ったような気がするわ」
どうやら、俺が落ちたと勘違いして、なにかカッコいいことを言ったことに照れたようだ。
おめでとう光、と言い残して父さんは部屋を出て行った。
俺たちは、そのままカーペットの上で横になっていた。
小百合に腕枕をして、天井を見つめて放心状態になっていた。
一気に気が抜けて、心地よい脱力感に包まれている。
ふと視線を感じると、小百合が俺の顔を嬉しそうに見つめていた。
たまらず小百合を抱き寄せて、キスをした。
「んっ……よかったね、光君」
「小百合のおかげだよ」
「……ううん。光君が頑張ったから。さすがだね。
光君が本気になると私なんか全然敵わないよ」
「その本気になる力をくれたのは、小百合なんだよなぁ。
だから、やっぱり、この結果は小百合のおかげ」
「そっか……うん」
小百合は今は謙遜せず、俺の言葉を受け取ってくれた。
見ると、小百合も気が抜けてしまったのか、まぶたが半分閉じそうになっている。
うつらうつらとしているように見えた。
時間はまだ昼過ぎだけど。
俺たちはベッドに移動した。
別に、どうこうしようとは思わない。
ただ、二人ともお互いの体温で眠気に誘われている。
ファンヒーターは切ったけど、部屋の中が暖まりすぎているのだろうか。
「服、シワになりそう……」
そう言って、小百合は上着を脱いでタンクトップだけになった。
あのさ……子供の時と違うんだからという言葉は俺からもう出ない。
部屋の中はまだ明るく、小百合の顔がよく見える。
お互いの穏やかな顔を見ながら、何かを言うでもなく眠りに落ちていった。
互いに抱き合ったまま、俺たちは眠ってしまったのだった。
案外、こういうことが幸せなのかもしれないな。
小百合といるだけで全て癒される。
——そうぼんやりと思いながら。
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