第34話 試験前夜(1)
小百合の勉強責めに、すっかり頭内の煩悩がどこかに行ってしまい賢者モードが発動していた。
最悪互いに近くに住んで別々の大学に通うことだってできる……のかもしれない。
そのためにも大学入学共通テストを万全の体調で受けることは必須だ。
一週間前ともなると、さすがに小百合の責めも穏やかになり、体調の管理の方を重視するようになった。
「じゃあ、今日はこれで終わりね」
「おっ、おう……」
「ご飯しっかり食べて睡眠とってね。
もし風邪でも引いたら……」
小百合は笑顔を見せつつ、目は笑っていなかった。
小百合が怒ると本当に怖いので、できるだけ穏やかに過ごして貰えるようにがんばろうと思う。
といいつつも……。
俺は少しだけ小百合が心配になった。
「小百合、無理してない?」
「ううん。全然。むしろ元気になったくらいだよ」
「本当? いつも気を張っているように見えたけど」
「うん、大丈夫。光君と一緒にいると、それだけで温かくなる」
小百合が俺に顔を近づけてくる。
そして俺の額と自分のをくっつけた。
小百合の額は、少しひんやりしていた。俺の方が熱いわけだが、いつものことだ。
「俺の方が温かいと思うけど」
「そうだね。温かい」
真正面に座っていた小百合が、よいしょ、って言って立ち上がり、俺の隣に座る。
肩を寄せ、頭を傾けくっつく。
「やっぱり……温かい」
手を繋いで、絡めて……。互いの存在を確かめる。
小百合の柔らかさと髪の毛の香りにうっとりするが……俺は賢者モードが抜けていなかった。
「うん。そろそろ帰る? 明日、寝坊したらいけないし」
「えっ……。あ、う……ん」
小百合の微妙な反応を見て、俺は気付く。
そっか……。きっと小百合は……。
「小百合……もうちょっとゆっくりしていく? なんなら晩ご飯うちで食べるとか」
「いい……の?」
やっぱり、そうだったみたいだ。
いつも真剣な表情だったから、分かりにくかった。
俺と一緒にいたいって思ってくれている。
前日なのに?
前日だから……。
「まあ、俺の両親は問題無いでしょ——」
この後、俺は素で……本当に何気なく、下心も無く言ってしまう。
「泊まってもいいけど」
「えっ……いいの?」
小百合はキラキラした瞳を輝かせている。
彼女も同じ気持ちなんだな。別に下心とかそういうのがなくて、前みたいに一緒に過ごす。
「どうせ、明日は同じ試験会場に行くんだし、父さんが送ってくれるよ。
といってもそもそも泊まることにどう言われるか分かんないけど」
「大丈夫だと思う。私からちゃんと言うよ」
こうして小百合は家に電話をかけて、今日は帰らないことを告げていた。
少し驚かれたようだが、くれぐれも試験の本番前日であること、大丈夫だと思うが、と前置きされた上で無茶しないことを条件にされたのだった。
無茶って何だ? とは思ったけど……きっとエッチとかのことだよなきっと。
……多分。
という訳で、俺はお風呂に入った後、自室でベッドの上で天井を見つめぼーっとしている。
小百合は今お風呂に入っている。
今日はあれから小百合の着替えを取りに行って戻ってきた。
勉強もあまりしなかったので疲れはないけど。計画的には、なかなかできないものだ。
しばらくすると、パジャマ姿の小百合がやってくる。
可愛い。いたって普通の水玉模様のパジャマ。
初めて見る姿なので、ついじっと見てしまう。
見れば見るほど、不思議なものでいつもの小百合だと思えてきた。きっと、前もこういう風にパジャマ姿を見たことがあるからだろう。
俺の視線に気付いたのか、小百合が俺の隣にとててと腰掛けてくる。
髪の毛はしっとりとしている。水分は拭き取られていたけど、完全には乾いていないようだ。
「あれ? ドライヤー使わなかったの?」
「う、うん。タオルでいいかなって」
「うーん。風邪ひいてもいけないし……ちょっと待ってて」
俺は洗面所からドライヤーを持ってきて、小百合の隣に座り、彼女の髪の毛を乾かし始める。
どういうワケか分からないけど、子供の頃、こうやって乾かしてあげると、小百合がすごく嬉しそうにしているのを思い出す。
「光君……ありがとう」
俺は片手で小百合の髪の毛を撫でて、もう片手でドライヤーを持ち乾かしていく。
小百合は目を細め気持ちよさそうにしていた。
「はい、前は終わり。次は後ろね」
子供の頃より時間がかかっているような気がする。
結構大変だよな。時間もかかるし……。これを毎日しているのか。
そう思いつつも、手に触れる髪の毛はさらさらで、とても綺麗だと思った。
「ありがとう……嬉しい」
「そ、そんなに?」
「そうだよ。久しぶりだったけど、覚えていてくれたんだよね?」
「うん」
ほぼ乾かし終えたので、ドライヤーのスイッチを切り、テーブルに置く。
部屋には小百合のシャンプーの香りが漂っている。甘酸っぱい心地よい香りが。
「私ね、光君がこうしてくれるの好きだった」
「そうなの? 知らなかった」
「うん。指先からね、優しさが伝わってくる気がして」
そう言って、小百合は俺の手を取り絡ませた。
風呂上がりのためなのか、パジャマのためなのか、それとも乾かした髪の毛のためなのか。
小百合がとても可愛らしく見える。
ふう、と俺は息をつく。
妙な気分になる前に、寝てしまおうと思った。
全ては明日のために……。
「そろそろ寝ようか」
「うん。少し早いけど……そうだね」
俺たちは同じ布団で眠ることにした。
ベッドは正直それほど広くはない。
小百合に腕枕をして部屋の明かりを消した。
「温かい……」
実に嬉しそうに、小百合が俺に抱きついてきた。
小百合の香りや柔らかさに若干下半身が反応する。でも、幸い彼女に気付かれない程度には誤魔化すことができた。
不思議だ。今日は明日のことを考えてると少し緊張していたけど、今はものすごく落ち着いていた。
抱き合うだけで癒やされる。
小百合の傍にいるだけで。
俺も癒やせる存在になれているといいけど……。
「小百合、明日はがんばろうな」
「うん!」
小百合の額に唇で触れ、目を瞑る。
そうすると、今度は小百合の方から同じように額に触れてきた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
俺の腕に、頬をすりすりとこすりつけ、小百合は小声でささやく。
「光君……大好き」
俺は小百合の言葉と温もりに誘われ、あっというまに意識が沈み、眠ってしまったのだった。
【作者からのお願い】
この小説を読んで
「試験前夜なのに、こんなに甘くて大丈夫?」
「続きが気になる!」
「この先どうなるの!?」
と少しでも思ったら、ブックマークや、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!