第23話 思い出をつくって
「ね、光君。今日ね、両親遅くにならないと戻って来ないから、私の部屋に来ない?」
小百合は瞳を潤ませて、思い詰めたような表情をして言った。
それがどういう意味か、俺は分かっているつもりだ。
でも……。
☆☆☆☆☆☆
「いらっしゃい。光君」
「おじゃまします」
俺は久しぶりに小百合の部屋まで上がった。
部屋は、女の子の部屋らしくきちんと整頓されている。
色使いも淡いピンク色をベースに、ぬいぐるみなどが少し目につくくらいで、あとは至って普通の女の子の部屋だと思った。
ポスターなどはない。
親戚の女子の部屋にはアイドルグループのポスターが、どーんと貼ってあったりしたものだけど。
なんか良い匂いがする。
少し甘い香りと……。
小百合の匂いだと思うと、ドキドキしてきた。
「ね、ここに座って?」
「うん」
小百合はベッドに座って、ぽんぽんと隣を叩いた。
俺は言われるまま座る。
背の低いテーブルがあって、クッションもあってそこに座るかと思ったんだけど。
これは、やっぱり……。
「ひ、光君……緊張するね」
「う、うん」
俺がしばらく黙っていると小百合はブレザーを脱ぎ、ブラウスだけになった。
すると、小百合の胸の大きさが途端にはっきり分かる。
俺は小百合が子供じゃなく、大人になりつつある女性だと意識してしまう。
「やっぱり……前と同じようで……ちがうね」
「うん」
小百合が何を言っているのか分かる。
子供の頃は、こうやって隣に座っても男と女を意識することは無かった。
少なくとも俺はそうだ。
小百合が泣きそうになったり泣いたときは、普通に側によって、彼女の頭を撫でたりしていた。
そこに照れというのはなくて純粋に、元気になって欲しいという「願い」が俺を動かしていたのだと思う。
今は、それと少し違うけど、俺のすることは変わらないのかも。
「あ……」
「前、よくこうしていたな」
「……うん」
結局、頭でどうこう考えたところで子供の頃からの習慣が勝った。
それが当たり前というように、俺は小百合の頭を撫でていた。
小百合は遠慮しがちに身体を寄せてくる。
彼女の頭が、俺の肩に触れた。
「光君……」
小百合は遠慮がちに俺の手を取ると、ぐいっと引っ張り、俺の手のひらを彼女の胸に押しつける。
ブラウス越しにとても柔らかい膨らみを感じた。温もりが布を伝わって手のひらに伝わってくる。
「小百合?」
俺は驚いて小百合を見る。
彼女は頬を染めながらも、目を逸らさず真っ直ぐに見つめてきた。
小百合は俺を引っ張り、そのまま後ろ向きに倒れる。
俺はちょうど、押し倒すような体勢になる。小百合の顔はとても近いところにあった。
綺麗な黒髪からはシャンプーの良い匂いがした。
俺はごくりと唾を飲み込む。
小百合は潤んだ瞳でじっと俺を見上げていたが、やがて目を閉じた。
「……光君の好きに……」
その言葉に従うべきだろうか?
俺は少し余裕を取り戻していた。
多分、経験が無かったら、童貞だったら、小百合の言葉に単純に従ったように思う。
だいたい、俺の身体は反応しまくっている。
というか、反応しないわけがない。
大好きな女の子が、目の前に横になっているのだ。
胸の膨らみも感じて、小百合の香りも全て……。
俺は、小百合の背中の方にごろんと横になった。
彼女を後ろから抱き締める。
「光君?」
ちょうど俺の唇が、小百合の首筋にあたった。
途端にぴくっと小百合の身体が震え、甘い声が漏れる。
「あっ……ん……」
といっても、それは俺の意図した事ではなく……。
でも、その反応の可愛らしさに、ぎゅっと強く抱き締めてしまった。
「ごっ、ごめん。
小百合さあ、俺にその……くれるって言うか……抱かれて……別れるつもりだった?」
「えっ……?」
小百合が振り返る。
俺はじっと、彼女の瞳を見つめた。
すると、小百合はまた前を向いて後ろ姿を見せる。
「うん……どうして分かるの?」
「分かるよ」
俺が告白して、彼女も好きだって言ってくれて。
でも、付き合うって言ってくれなかった。
そして……覚悟をして俺を誘って……。
したことも無いだろうに俺の手を胸に当てて……。
「私ね、やっぱり、光くんが好き」
「やっぱりって……うん」
小百合の声が震えている。
半分、泣きそうな声だ。
恐らく、強い意思で言っているのだろう。
小百合って意外と頑固なところがある。
「私ね……遠距離恋愛は無理」
「えっ。いや、大丈夫だよきっと」
「そうかな? 自信ないよ」
「……そ、そうなのか?」
「想像するの。二人別々のところに住んで……時々会う、そんなことを……でもね、どう頑張っても私が寂しくて……光くんに会いたいって言ってしまうの。きっとそうなる」
「そしたら、いつでも会いに行く」
当たり前のことだと俺は思っていたけど、小百合はどうやら違うらしい。
「うん。きっと光くんは会いに来てくれる。どれだけ距離があっても。無理しても……でも、そうやって光くんに迷惑をかけたくない」
「迷惑なんて思わない」
「うん……うん……。でもね……それじゃダメなの」
不安。
俺も感じていたこと。
小百合は、俺よりも何倍も大きな不安に苛まれていたのか。
俺のことを大切に考えて遠慮するところも変わらない。
一人で悩んで……。
それを打ち明けられずに自分を追い詰めてきた。
俺もいいかげん気付けよって話ではある。
少しもそういう素振りを見せてくれなかったが、そんなことは言い訳に過ぎない。
俺はゾクッと背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
小百合を失うという恐怖が目の前にある。
もし付き合うのなら、こういうことはもうないようにしないとな。
俺は今すべきことが、ようやく分かったような気がした。
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