第21話 不能(2) ——角田視点
「絵里、お前……会いに来てくれたのか?」
俺のモノになった女の一人。
久しぶりにコイツを抱くのも悪くない。
俺はこの鬱憤をぶつける相手が欲しかったし、それが叶って嬉しい。
久しぶりに会う絵里は、俺が振るった暴力の跡も消え顔色も良かった。
少し目が赤く腫れているが、少し潤んだ瞳には色気があった。
キリッと結ばれた唇は、相変わらず男を誘うようになまめかしい。
しかし。なぜだ?
俺の頭はその気になっているのに下半身がピクリともしない。
「何かあったらご両親にすぐに助けを呼ぶから」
反抗的な表情と共に冷たく感じる言葉。
絵里の様子がおかしい。
「あ、ああ……。今日はゆっくり——」
「ううん。少し話をするだけ。十分経って部屋から出て来なかったら角田君のご両親が入ってくることになってる」
肩を抱こうと手を伸ばすが、すっと避けられた。
ムカついた俺が拳を握りしめると、絵里は反抗的な目を俺に向けてくる。
「え? お前……? 俺が欲しいから会いに来てくれたんじゃないのか?」
「はぁ……言いたいことは色々あるけど私はお別れを言いに来たの」
「は? 嘘だろ?」
「あと何人かから言伝てを預かってるけど、みんな同じ。あなたと縁を切りたいそうよ」
「……皆が?」
俺が近づくと、絵里は手で制した。
あくまでも俺に触れられたくないようだ。
「みんな、あなたともう会わないって」
「どうして?」
「そりゃ、犯罪者と会いたいなんて人はいないわ。それに……あなたにもう男は感じない。不思議だけど」
「……! そういえば……。俺はいったいどうしたんだ……?」
下半身をそれとなく触ってみるが感覚が薄い。
今の絵里を目にしたら、以前なら間違い無く反応していただろうに。
「あなたの同期も謹慎中だけど、色々噂が立ってる。『アイツは大切なところを潰されてしまった』とか? まあ噂だけど……本当なのかしらね?」
そういえば……。
さすがに何日も家に閉じこもり、何もすることがない状況だったのに、溜まったものを発散しようという気持ちに全くならなかった。
無意識にその事実から避けていたのか?
病院に行ったときは痛みも引いていたし、外傷もなく、異常も見つからなかった。
だから、細川にやられたことは他人には言いたくなかった。
「私ね、診断書取っていたの」
「は? 何の診断書? まさか……妊娠でもしたのか?」
「ッ…………あ、あなたの暴力について」
「え……?」
「これ、コピーだけど渡しておく。打撲とかたんこぶとか、裂傷とか」
「何をするつもりだ?」
「何も? でも、もし私に近づくことがあったら、これ暴力の証拠として警察に被害届出すから」
絵里は、小脇に抱えていた鞄から数枚の紙を俺の目の前に突き出した。
確かに医師が記した診断書だ。
「そんな意味の無いこと……」
「意味があるかどうかは警察が決める。もしダメでも、あなたのご両親とか進学先や就職先とか……出すところはいくつでもあるかもね。もちろん、高校も」
う……コイツ……。
サユリという女は被害届を出すことに慎重だったはずだ。
暴行されたと届けを出せばどんな噂が流れるのか、容易に想像できる。
いや、既にそういう噂が流れているのかもしれないが、それを裏付けることになる。
だから、被害届けは出されないかも知れない、そう聞いていた。
俺は一縷の期待をそこに抱いていた。
しかし……コイツが被害届を出すとなるとまた話が変わってくる。
「お、お前だっていい思いを——」
「はあ? 今は全部後悔しているわ。もっと人を見る目があったらよかった。あなたと付き合っていたせいで、私も独りぼっちよ。もう誰も声をかけてくれない。多分、この寂しさはずっと背負っていくのだと思う」
「なにいい子ぶってるんだ。このビッチめ」
「そうやってずっと言ってればいいわ。じゃあ、そろそろ時間だから」
絵里は、そういって部屋を出て行った。
振り返りもせずに。
何だアイツは……。
俺をからかうためだけに来たのか?
ドン!
壁を殴る。
しかし、痛むのは俺の拳だけだった……。
******
そして……。
数日後、警察が連絡もなしに自宅にやってきて、俺は逮捕された。
容疑は、山本に対する暴行、そして千石に対する未成年略取など。
家裁に送られ、最終的に俺には保護観察処分が下された。
監視というわけではないが、常に人の目を感じて生活することになる。
さらに、俺は絵里の言動がよほど堪えたのか、女性を見ると何も感じないどころか怖く感じるようになってしまった。
結局その後、一度も登校できないまま高校を退学。
通信制に通うものの、こんな俺が進学できるはずもなく、斡旋された就職先での勤めはとてつもなくキツい。
さらに、俺よりマシな処分だったはずの同期たちにつきまとわれ……俺は地獄の日々を送ることになる。
「やあ、角田君。元気? 俺たち、バスケ部のOBなんだけど、ちょっと面貸してくんない?」
さらには、先輩方々が直々にやってきて俺に精神的な苦痛を与えてくる。
誰か……助けてくれ……。
あの一件がなければ、俺は今頃大学生になっていて……女と一緒に楽しく過ごせただろう。
それなりにいい女も抱けたかもしれない。
そんな妄想も虚しく、後悔する日々を過ごすことになった。
不能になったのが原因なのか、他の精神的なことが理由なのか。
俺の体力も力も衰え……復讐しようとも無理だし、そもそも、人の目やその後のことを考えると手が震え始める。
あんなことをしなければ。
俺は後悔をしたまま、一生を過ごすことになった——。
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