第16話 予想外の出来事
俺は授業が終わり、小百合を迎えに行く。
目的の教室に着くと、ぱたぱたと小動物のように愛嬌を振りまきながらやってくる小百合。なんか雰囲気が変わったような気がする。
「あのね、今日なんだけどね——」
あ、そうか。
この教室に来るのが日課というかクセになっていた。
そういえば、山本が告白する今日だったな。
「わかった。先に帰る」
「うん。また明日ね」
俺はそう言って、小百合を残したまま学校を出た。
なんとなく、山本とは話しづらくて、同じ教室にいるのは分かっていたが声をかけなかった。
何を言ったらいいのか分からないから。
校舎の廊下を歩いていて気付く。
一人で帰るというのは、こんなに寂しいものなのか。
普段、やたらと喋る小百合がいるのが当たり前になっていた。
もし仮に、小百合が山本の告白を受けたら、俺はまたこうして、一人で帰ることになるのだろう。
そんなことはないと思いつつも、想像すると背筋がゾクッとした。
絵里が噂を聞きつけてやって来るかも知れない。
でも、戻る気はさらさら無いのだ。
そういえば、アイツらはどうなったのだろう。
一人でいると、ろくなことを考えないものだ。
そう思ったとき、校門を過ぎるところで声をかけられた。
「あの、細川先輩……」
☆☆☆☆☆☆
声をかけてきたのは、一年生の女子バスケ部の後輩、確か吉川さんだった。
彼女はバスケをするにしては少し長めの髪が特徴。
目鼻立ちは整っている、バスケ部の中ではなかなか人気の生徒だった。
「久しぶりだな、どうした?」
「その……ちょっとお時間良いですか?」
「あ、ああ」
俺は小百合に、吉川さんと話をするとメッセージアプリで伝える。
彼女からは「はーい」というシンプルな返事と意味不明なマスコットキャラのスタンプが返ってきた。
まあ、意味不明なスタンプはいつものことだ。
俺はなんとなく二人きりになりたくなかったので、ひとけがある体育館の近くに行った。
ボールが跳ねる音や、シューズのキュッ、キュッ、という音が聞こえる。
周りに誰かが近くにいる様子はない。
結局二人きりに近いが、すぐ近くの体育館から聞こえる音が、人がいることを示していた。
後者から俺たちを見ている人もいるかも知れない。
「今日は部活は?」
「話が終わったら行きます」
「そっか。それで、話って?」
俺が聞くと、吉川さんは少しもじもじし始めた。
制服のスカートの端をキュッと握っている。
「……あの、先輩、今彼女さんとかいないんですよね?」
「うん、まあ」
ようやく出た言葉。
俺の話は色々噂となって出回っているようだが、吉川さんはどんな噂を聞いているのだろう。
「じゃあ、あの……もしよかったら、私と付き合って下さい。
先輩のこと、ずっと好きでした」
このタイミングでなのか。
俺は、そう思った。
大きな出来事があって、人の心が動いて色んな事が重なって、また別の出来事が起きる。
これは余波みたいな事なのだろう。
さっき、一人で帰ることで抱いた寂しさを思い出す。
背筋がゾクッとしたことも。
もし、小百合が山本の告白を受け、二人が付き合ったら俺は一人になる。
それは嫌だと思いつつ、吉川さんを見つめた。
吉川さんを夕日が照らし、彼女の頬がやけに赤く見える。
俺をじっと見つめて、何を言うのか聞き逃さないようにしている。
吉川さんの印象は悪くない。
頑張り屋さんで、部活も一生懸命にし、上級生に命じられる雑用も嫌な顔をせずこなしているのを見てきた。
性格も明るく、ハキハキとしている。
内面が良い上に、アイドル並みのルックスを持っていて、笑顔が可愛らしいと評判だ。
ポニーテールがよく似合い、快活な印象と可愛らしさを備えている。
引き締まったスタイルも魅力的と男どもの人気が高い。
そりゃ人気が出るはずだ。時折見せる笑顔に、くらっと行ってしまう男は多い。
吉川さんと付き合ったら、それはそれで楽しいのだろう。
でも、それでも。
俺の答えは変わらない。
小百合の気持ちがどうであろうと。
今の俺に選択肢なんて、最初から無いんだ。
だから……。
「知っているか分からないけど……俺には今好きな人がいる。
だから、吉川さんと付き合うことはできない。ごめん」
「……!」
はっとした表情で俺を見る吉川さん。
瞳に涙を溜めて……でも、ちょっと嬉しそうに言った。
「そうですよね!
同じ三年の……千石先輩ですよね!」
「知っているのか」
「はい……全校で噂です……よ!
やっぱり……先輩は……先輩なんだな……先輩を好きで……よかった」
吉川さんの声は途切れ途切れで弱々しく震えている。
言葉の途中途中で、歯を食いしばり、涙をこらえている。
「うん? どういう意味?」
「……いいえっ。その、お時間取らせてごめんなさい。でも、もし千石先輩と上手く行かない時は……」
そこまで言って、言葉がつっかえる吉川さん。
「ん? どうした?」
「……大丈夫で……す。その、ありがとうございました! 私、部活があるので行きますね!」
少し震える声で言って、吉川さんは俺に背を向け体育館に向かって走り出した。
走って行く彼女が、涙を拭うような動きをしたように見えた。
誰かが吉川さんの涙を癒やしてくれるといいけど。
俺は踵を返し、校門に向かって歩き始めた。
重い足取りでとぼとぼと歩きながら思う。
はあ。こうする以外ないと思っているし、罪悪感など抱いたら小百合にも、吉川さんに失礼だ。
とはいえ、頭では分かるけど……結構キッツいな。
良い子だから、なおさら……。
☆☆☆☆☆☆
『あのね、家に帰ったよ』
『そっか。おかえり』
『うん。明日から、また一緒に帰ろうね』
スマホの画面に表示されるメッセージから、どういう結果になったのか察する。
山本からもダメ押しの連絡が来た。
『細川、千石さんを泣かせたら絶対許さないからな』
そして、小百合からもメッセージが……。
『会いたい』
俺はいてもたってもいられずに、『今行く』と返事をして、小百合の家に向けて走り出した。
小百合もきっと、キツい思いをしている。
俺も今すぐ会いたくなった。
顔を見たかった。
家に着くと、小百合は外で待っていたようで俺に抱きついてきた。
「光君!」
既に空には星がまたたいていた。夜の冷たい空気が俺たちを近づける。
互いの体温を感じる。すると、途端に小百合が泣き出してしまった。
「あのね……なんでかな……涙が……止まらないの」
「うん。うん」
星が煌めく夜空を見上げながら。
俺は小百合を抱き締め、ずっと頭を撫でていた。
【作者からのお願い】
この小説を読んで
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