第8話 森のスローライフpart4
「……簡単におっしゃられますが、ドラゴンは相当強いのでは?」
「以前は苦戦したけど、今ならね」
「魔軍三傑と同等程度なら、大したことはないわ」
アシェリーと俺は目を合わせ、お互いにやりと笑って見せた。
「エリサはお留守番お願いね」
「かしこまりました」
ぶしゅん。
その時、背後で妙な音がした。
見ると、切り払われたツタにあった妙な花が爆発したのか……
粉のようなものが放出されている。……うへえ。体に悪そう。
後でまとめて燃やした方がいいかも……
「くしゃあん!」
そんな事を考えていると、アシェリーが盛大にくしゃみをした。
「魔王様。寝間着のままでは。ドレスも繕っておきましたので、お着替えください」
「……そうね。勇者ちゃん、ちょっと待ってて」
「わかった」
ログハウスに戻っていく魔王の後姿を見ながら、何となく俺は悪い予感がするのだった。
▽
地面の足跡をたどり、森を奥へ。
「赤、青ときたら次は緑のドラゴンね。間違いないわ」
「だな。赤竜は炎を吐いてきたけど、青竜はどんなのだった?」
「雷ね。ごろごろーって。なかなかうるさいドラゴンだったわ」
ファイアーブレスにサンダーブレスというところか。
ドラゴンはそうそうブレスを吐かない。
相手を強敵と認めた時だけに使う、奥の手なのだ。
魔王による身振り手振りの、魔軍三傑がどう苦戦したかの説明を聞いてるうちに、目の前が開けた。
森の中にぽかりと空いた何もない空間に……全身緑色の、翼のない巨竜がうずくまっている。
「マザーネイチャドラゴン」
アシェリーがつぶやいた。
あ、そんな名前なんすか。
「あたしたちの家のかたき……!」
いや家、無くなったわけじゃないが。
竜の首が持ち上がり、頭部がこちらを向いた。
俺たちを認識したようだ。
「吹っ飛ばすわ!」
アシェリーが竜に向かって走り出す。
おいおい、一人で……ってまあ大丈夫か。
俺もアシェリーの後を追う。
緑竜がびくりと身を震わせた。こちらの戦力を見抜いたらしい。
つまり、いきなりブレスが来る!
緑竜は首をもたげ、口をくわっと開き……いやほとんど開かず、すぼめた形でふうっと息を吐き出した。
「うお?」
慌てて腕で顔などをかばう。アシェリーも同様の反応。
しかし、ブレス放出前のモーションが短い!もう少しタメが入ると思い込んでいた。
それに……なんだこれ?ただの強風だ。
だが次の瞬間。
俺とアシェリーの体や、周りの地面から植物のツタのようなものが急速に生えてきた。
「これが緑竜のブレスか!」
さしずめプラントブレスと言ったところ。
マザーネイチャドラゴンは息に乗せて、植物の種とか源のようなものを吐き出すのか。
ブレスを受けた場所からは怪しげな植物が生え、緑竜の意のままに動くようだ。
「ほとんど植物型のモンスターだな」
ツタはみるみるうちに成長し、俺の体をかなりの力で拘束してきた。
並の人間なら圧死させられる強さだ。
「昔ならやられてたな……だけども」
腕に力を籠め、思い切り広げる。
絡まったツタはあっさり引きちぎられ、地面に散らばった。
「ログハウスのツタも、このブレスによるものか」
夜、ログハウスの近くを通りがかった緑竜。
その家に妙な脅威を感じ、ブレスを吐きかける。
しかし何も反応が無かったので(寝てたし)、そのまま放置して去った。
……そんなところだろう。
なにせ勇者と魔王が同居しているのだ。モンスターにとっては脅威に感じても仕方がない。
「しかし珍妙なブレスだが大した事はないな。アシェリー、そっちは?」
「くしゃあん!!」
……くしゃみの返事が返ってきた。
見ると、ツタに巻き付かれ、吊り上げられたアシェリーが逆さになっている。
これは良い触手プレ……いやなんでもない。
「くしゃああん!! な、なにか、くしゃみが、涙が、止まらないのおお!」
……悪い予感はこれだったか。
ツタから生えている怪しい花が、続けざまに妙な粉を放出している。
そのたび、
「くしゃあん! くっしゃああん!」
アシェリーがくしゃみを連発。
つまり。
花粉症だこれ。
「目もかゆいー! くしゃあん! なんかだるいー! とてもつらい!」
いかん、魔王が戦力にならないぞ。
剣をかまえ、彼女に巻き付いているツタを切り払おうとした。
「あ」
しかしアシェリーは逆さになっている。
ドレスのスカートが頭側にまくれて、太ももと下着があらわに……
「ぎゃー! くしゃあん! 見ないで! 勇者ちゃんのえっくしゃあん!!」
なんて?
アシェリーはじたばた暴れるし、ツタは際限なく増えてくる。
先に緑竜を始末したほうがよさそうだ。
「ごめん、10秒待って!」
踵を返すと、俺は緑竜に向かって突進した。
やつの周囲には、巨大な食虫植物のような捕食器官を備えた植物が、何体も立ち上がっている。
口のような葉を開き、こちらに溶解液を飛ばしてきた。
「そんなのも作って操れるのか、器用なドラゴンだな」
ジグザグに走り、それらを避けながら緑竜の足元まで駆け抜ける。
竜の前足による攻撃をかわしざま、地面を蹴って跳躍。
剣を竜の首元、逆鱗に深く突き立てた。そしてそこから真下に斬り下ろす。
逆鱗部分から胸下まで切り裂かれた緑竜は、ずん、という音と共に横たわり、動かなくなった。
周囲の植物モンスターも、その瞬間ぴたりと動きを止め、しなしなと崩れていく。
「討伐完了。アシェリー、無事かー」
見ると、解放されたアシェリーが、涙や鼻水などをハンカチで拭っていた。
竜が死んだことで花粉の効果も無くなり、花粉症は収まったようだ。
「勇者ちゃんにかっこ悪いとこ、恥ずかしいとこ見られた!もー!」
緑竜の死骸を睨みつける。俺が花粉症持ちじゃなくて助かった。
などと考えていると、半開きになった竜の口から突然、白いものが飛び出してきた。
「……なんだ!?」
剣をかまえ警戒したが、その白いものは生き物だった。
それもふさふさモフモフの、子犬っぽい生き物。
「ひゃん!」
ひと鳴きすると、そいつは俺の足元にたたたっと走って来た。
かがんで頭を撫でてやると、すごい勢いでしっぽをふり、俺の顔をなめてきた。
「はは、お前、竜に食われてたのか?」
「ひゃん!」
助けてくれてありがとう、とか言ってるのかな。
体をわしわし撫でてやると、寝転んでお腹を見せてきた。かわいい。
食われて消化寸前だったにしては、モフモフ具合の手触りが良い……
ベタベタ汚れてたりしないのが謎だ。
「……この子、フェンリルだわ」
しばらく犬の様子を眺めていたアシェリーが言った。
「フェンリル? そんな犬種あったっけ。初めて聞くな」
このモフ犬、俺が歩くとすぐ後ろをとてとて付いてくる。
すっかり懐かれてしまったようだ。
た、たまらん。完全に心奪われてしまった俺である。
「……なあ、この犬、飼ってもいいかなあ?」
「え?」
なんか、子供が親にペットをねだる様な気分。
「アシェリーやエリサが犬苦手とかなら、あれだけど……」
「い、いえ。苦手ではないわ……良いと、思うけど」
「お、やった。今日からお前も一緒に暮らそうぜ!」
モフ犬を抱き上げると、ひゃん!と喜んだように吠える。
こうして、フェンリルとか言う犬がスローライフの一員に加わった。
名前は、リルルに決定した。
ちょっとアシェリーの様子が妙なのが気になるが。
花粉症引きずってるのかな?
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