第47話 勇者、帰還する
「あいつ、死ぬ間際に悪あがきしやがって……」
「だ、大丈夫!?」
「あ、ああ。猛毒があるようだが、致命傷、ってほどじゃ。
回復に、手間と魔力が、かかるけど」
解毒と回復、二つの魔法を同時展開して治療を開始した。
勇者は基本万能とはいえ、魔族の毒を治すにはやや魔力が多く必要のようだった。
「あたしが回復を使えれば……」
「アシェリーも、復活した魔力を全て、炎の魔法剣に使ってくれたろ。
おかげで、今回復できる分の魔力が俺に残されてる。ありがとう」
えへへ、とアシェリーが笑顔になった。
疲れたが、これでカールティックは阻止できた。
帰って、ゆっくりと温泉につかりたい。
「あ、聖杯。回収しなくちゃ……」
とアシェリーが振り向いた。
その顔が固まった。
直後。
「危ない!」
とアシェリーが俺の体に覆いかぶさった。
ドドドッ、という音がしたと思ったら、俺の目の前のアシェリーの胸から……
カールティックの爪が生えている。
「なっ!?」
真っ二つになったはずのカールティックの腕が起き上がり、こちらに爪を飛ばしてきたのだ。
「ち……勇者をやる、つもりだったが……
せ、聖女とやらの、望みを、かなえちまった。
利用するだけ、利用して……さ、最後の最後に……
裏切ってやるつもり、だったがよ……しくじっち、まった、ぜ……」
そう息も絶え絶えに、つぶやいたカールティック。
ばたりと腕を床に落とし、今度こそ息絶えた。
「あ、アシェリー!?」
俺にゆっくりと倒れこんだまま、動かないアシェリーに声をかける。
「おい!? だ、いじょうぶか……!?」
「ゆ、勇者ちゃん……」
か細い声が答えた。
心臓を、爪が貫いている……
「か、回復魔法を……!」
アシェリーにも毒が回っている。
だが、俺の魔力も、アシェリーの魔力も、既に枯渇していた。
解毒も、回復も出来ない……!
「だ、だれか……! り、リネット……」
俺はかすれ声でリネットを呼んだ。
リネットはいつの間にかすぐ近くに来ていた。
「た、頼む。アシェリーを、回復、してやってくれ……」
だが。リネットは元々、アシェリーを目の敵にしている。
人類の敵、魔王だと考えている……
それでも、頼みの綱は……
「リネット……」
「勇者様は、わたくしのもの。わたくしが守るべき、大切なお方。
誰も頼れるもののない、孤独で、孤高のお方。
だから、わたくしが、守り、愛すべきお方……」
……だめか。
リネットは聖杯を手に、そうぶつぶつとつぶやいていた。
「……でも。この魔王は……勇者様を、命がけで助けた。
そんな方が、勇者様には、居たんですね。わたくしだけでは、なかったのですね」
顔を上げたリネットの目は、以前のように濁った印象ではなく……
むしろ人間らしい光があった。
「勇者様の事を理解し、守り、愛する方が。しかも、命まで投げ出し。
わたくしに、同じことが出来るでしょうか……自信がありません。
いえ……たぶん、出来ない気がします。
同じ場面であれば、わたくしは足がすくんでしまう」
そしてリネットはアシェリーを見た。
「この方……魔王はためらいなく、身を呈して勇者様の盾となった。
……負けました。わたくしは、負けました。
勇者様を思う気持ちで、負けたのです。
今では、この方を……尊敬しています」
そう言って、リネットはアシェリーに回復魔法をかけてくれた。
アシェリーの体から爪が少しずつ抜けていき……カランと床に落ちる。
毒で青ざめた顔も、元に戻って行った。
「……勇者ちゃん?」
「大丈夫か!? アシェリー!」
「ええ……すっかり、元通りよ!」
ぐったりしていたアシェリーが起き上がり、俺の手を掴んで立たせてもくれた。
「……あ、ありがとう! リネット!」
「礼を言うわ。本当に、助かった」
二人で、リネットに頭を下げる。
「……良いのです。勇者様が、もう孤独でないのなら。愛するお方が居るのなら。
わたくしは、それで、十分です……」
そう言って笑ったリネットの目には、涙が光っていた。
▽
「勇者シルダーさまが、戻られました!!」
「なにぃ?」
突然の報告に、国王は立ち上がった。
「身勝手に姿を消して数か月、今頃どの面を下げて戻ってきたというのだ」
怒りもあらわに、国王は吐き捨てる。
「そ、それが……
魔王を倒してきた、その首級を手土産に持参した、と……」
「……なんと!?」
勇者はもともと魔王を倒すことを目的に、国教会が時間をかけて育成した、いわば最終兵器だ。
その目的が、ついに達成されたと言うのか!?
「よかろう。玉座の間に、通すがよい」
「はっ」
▽
「おお、おお! よくそ戻った!
そして魔王を倒したというのだな!でかしたぞ」
今俺は、玉座の間にて跪き、ひげ面に喜色満面を載せた王からねぎらいの言葉をかけられている。
まったく、現金なものだ。
かつて魔王軍との戦いに明け暮れていた時は、完全に塩対応だったくせに。
ひたすらに激励という名の圧力ばかりかけてきたくせに。
休みも無く、重労働の割にはしみったれた報酬。
魔王軍との小競り合いが起きる度に呼び出され、こちらの了承もなしに立てられる作戦。
そんなものにひたすら便利に使われる日々……
ヒゲ面を見てたら嫌な記憶が戻ってきてしまった。軽く頭を振って切り替える。
「……時に、そなたの横に居るものは何者か?」
「魔王を倒す時に共に戦った、最も信頼できるパートナーにございます」
俺の隣には、フードを深く下ろした魔法使い風のローブの女性が自分と同じように跪いている。
フードからこぼれ出ている金髪が、玉座の間に居る面々の目を引いていた。
「そうかそうか。魔王を倒すのに、軍隊はいらずか。
まったく、勇者とはとんでもないものよのう!」
ご機嫌に笑う国王。
「これが魔王の首級です」
手に持っていた箱を王の前に差し出した。
側近の近衛兵が箱をあらためる……
中には塩漬けにされた、二本角の魔族の頭部が入っていた。
頭部は真ん中から切り分けられ、半分ずつが並んでいる。当然、カールティックのものだ。
「ふむ、これが魔王か」
「そして残った魔族たちは、この大陸から『追い出し』ました。
魔族が支配していた土地は開拓し放題。
アーレンス大陸はもう、全てが人類の地になったのです」
「そうか、そうか! いやよくやった!
これでワシは初めてアーレンス大陸を統一した、最初の国王になるのだな!」
持っていた錫杖を振り回さんばかりに喜ぶ国王。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
大臣や近衛兵が祝いの言葉を述べる。
「素晴らしい功績だ! 勇者よ、お主には望むままの報酬を与えよう!
金か? 土地か? 女か? なんでも言ってみるがいい!!」
言ったな?その言葉。
「では一つだけ」
「なんと謙虚な! では何を望む? 勇者、シルダーよ!」
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