第44話 魔界浮上part3
元、魔王城上空。
俺は魔王の移動魔法によって、城を見下ろす空中に居た。
「これが、魔界……か」
黒々とした岩で作られた、楕円形で底の浅いお椀のような構造物。
遠くから見たときには、上半分が壊れた卵のように見えた。
その中に、見た事のない城、城下町が広がっている。
それら建造物も同じような黒色をしていた。
「そう、あたしたちが住んでいた、場所……」
アシェリーが複雑な面持ちでつぶやく。
長い間、地下深くに封じられていた故郷。
魔族は、ああいうところで……太陽の届かないところで、暮らしていたのか。
話にはいろいろ聞いてはいるが、それでも想像するのが難しい。
「……あの城に強い力を感じるわ。行ってみましょう」
以前、王としての居城だった城をアシェリーが指さした。
「魔界に残っていた者の仕業という線は?」
魔軍三傑の仕業ではないなら、その可能性もあると思ったが。
しかし、魔王を越える魔力の持ち主がそうそう居るなんて……
ここに来て、大魔王とかいう概念が出てくるとか、ないよな。
「いえ、あたしたちが地上への進出を開始した時、誰も残るものはいなかった」
だとしたら一体、何者が……
「分からない……でも、確かめないと。降りるわ」
ふわりと、俺たちは城のバルコニーに降り立った。
見た感じは、アレクシス王の居た城とそう変わりのない作りだ。
魔王城と聞くと、禍々しいシルエット、攻撃的な造りをつい想起してしまう。
しかし、魔族も人間。作るものには、大して差は生じないのだろう。
「こっちに、玉座の間への直通の廊下が」
「ああ、行こう」
アシェリーの案内で城の中を進んでいく……向かう先の玉座の間とやらの方向に、何者かがいる。
今まで感じた事のない力がビリビリと伝わってくる。
廊下の先に、大きな両開きの扉が見えてきた。
「ここね」
「よし」
俺は両手で扉を開き……その先で、全く想定外の人物と対面することになったのだった。
▽
「おやおやあ? アシェリーちゃあん」
玉座に肘をついて座っていたのは、魔軍三傑の一角……
「そしてぇ? 勇者どの。お前らだったか。不躾な訪問者は」
「カールティック……これは、あなたの仕業なの?」
アシェリーはきっとにらみつける。
しかし俺の目は、その隣にかしずくように控えている、人間の女性に向けられていた。
「リ、リネット……!?」
「……」
聖女は目を伏せ、両手でなにか杯を胸のあたりに掲げている。
そしてその杯から、とめどない魔力の流れを感じた。
三色に輝くクリスタルの嵌まった、黄金の杯……
……まさか。
「それは、聖杯か? 太陽の、聖杯……?」
「その通りさ」
リネットの代わりに答え、ニヤリと口をゆがめるカールティック。
「太陽の聖杯? うそでしょ……あの魔族の伝承にある、あの……?」
魔族にも聖杯の話は伝わっていたのか。
というか、あの聖杯なら、王都の教会に展示されていたはず。
どうやってカールティックは手に入れたんだ?
そもそも、あの聖杯には力は残ってなかったはずだが……
「そうさあ。俺がこいつに起動させた」
聖女を親指で指し、カールティックは満足げに答え、
「そして、無限の魔力を得た……!」
くくく、と静かに笑った。
「それを使って、魔界を浮上させたってことか」
「お前が引き継いで言うんじゃねえよ。俺の手柄だぞ、アホ勇者。殺すぞ」
言ってる内容とは裏腹に、カールティックは笑っている。
「まあいいさ。許そう、許そう。人間は、お前とこいつ以外はどうせ絶滅するんだ。
未来のない劣等種族の言うことなど、蚊のなく声にも劣る」
「なんだと? 人間を、絶滅……?」
そして、俺とリネット以外?
いったい、どういうことなんだ。
何故かここに居るリネット、力を発動させている聖杯……
くそ、情報が混雑していてなかなか頭が回らない。
「俺が、魔界を地上に浮上させただけで終わるとでも思ったか?
これからだよ、全ては!
俺はこの地上を魔界化して、そのすべてを治める……世界の魔王になるんだ!」
カールティックは両手を広げ、高らかに宣言して見せた。
「そのための聖杯……! こいつには感謝、してるぜえ?」
聖女に手を伸ばし、その顎を指でなでる。
リネットは微動だにしない。
「リネット! おい!」
「……」
「正気なのか! こいつに魔力を供給するなんて、いったい何を考えている!?」
聖女に呼びかけてみる、が。
「……これは、すべて勇者様のため。そしてわたしのため。二人の、愛のため」
ゆっくりと目を開き、にこりといつもの笑顔で答えた。
「何も心配ありません。
この世界に、2人きりで、いつまでも生きていきましょう……? 勇者様……!」
「な、なにを言ってるんだ!?
やはり、そいつに洗脳でもされたのか、リネット!?」
熱くなり、前のめりになってしまう。
しかし、アシュリーが俺の肩に手を置いた。
それで多少落ち着くことが出来た。
「いえ、あれはあれで正気なんだわ……本心を言ってるだけよ」
「なんだって……」
「あなたへの気持ちが暴走しすぎて、もう、他の何も考えられなくなってる」
くそ、もう何が何やら。
しかし一つだけ確実なのは……!
背後の空間から愛剣を取り出し、抜き放った。
「カールティック、お前を止めなければならないということだ」
「くくく」
剣を向けられ、カールティックは喉を鳴らす。
「出来るかなあ? 俺は、以前の俺じゃねえぞ」
「……勇者ちゃん」
アシュリーが傍へ寄ってくる。
「分かってる。あいつの強さは……以前とは、大違いだ。
だが止めなければ……俺たちのスローライフが、台無しになってしまう」
「あら? 人類のために、とか言うかと思っちゃった」
「それは二の次、三の次。俺たちの健康、第一!」
「そうね!」
顔を見合わせ、笑い合う。
その様子を見て、聖女がピクリと反応した。
「カールティック様……早く……魔王を!」
「わかってら。そして、元、な。今の魔王は、俺だ!」
カールティックが玉座を立ち、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。
「二人まとめて、かかってこい。俺は、以前の俺じゃねえぞ!」
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