第43話 魔界浮上part2
カールティックはそこまで言うと、リネットの方を振り向いた。
そしてニヤリと笑う。
「てめえは、勇者さえ自分の元に来てくれりゃ良いんだったな?
どこか小さな島でもくれてやるから、てめえらはそこで生きていけ。
最後の、人間の楽園だ」
「ら、楽園……私と、勇者様の、二人だけの、楽園……」
楽園と言う言葉に、リネットがうっとりとした表情を見せる。
そこへ一羽の鳥が飛んできて、カールティックの腕に止まった。
「ふん。上のやつら、ほとんど退避してねえな?
同胞が居なくちゃ、地上を魔界化して魔王になったところでな……
治める民がいなけりゃ意味ねえぜ」
ちっ、とカールティックが舌打ちする。
「お飾りとは言え、現魔王からでないと動きも鈍るか……
俺は、ちょっと上に行って来る。てめえはしばし魔界の風景に慣れておけ。
いずれこの風景が日常になる」
と言いのこし、カールティックは地上へと通じる穴へと飛び去って行った。
「……」
それをただ、聖杯を胸に抱いて黙って見送る、リネットだった。
▽
「現魔王に避難勧告をやらせてきた。ようやく動き出したぜ」
ばさばさと羽ばたきの音をさせながら、カールティックが聖女の元に戻ってきた。
「3日後、俺たちも行動開始だ。
てめえには住みづらい所かもしれんが、適当な住居を選んで寝ておけ。
どうせ今は誰もいねえ」
「は、はい」
……そして3日後。
二人はふたたび、カールティックの親の墓のある、丘に立っていた。
「いよいよだ。見せてやるぜ、親父。地上の太陽ってやつを……
さあ、聖杯を起動しろ! 魔力を、俺によこせ……!」
聖女が聖杯を掲げ、祈るように目を閉じた。
すると聖杯が光り輝き、その内側から魔力があふれ出てくる。
それを【魔力吸収】のスキルで吸い上げながら、カールティックは笑う。
「いいぞ……体中にあふれてくる、魔力!
無限の魔力! 俺はもう、何も怖くねえ!」
▽
地上。
魔王城とその城下町。
魔族も、亜人も、完全にその姿を消した地。
不自然なほど静まり返っている。
と、森から鳥が何羽も飛び立っていった。
ゴゴゴ……
遠くから何か鳴動するような、地鳴りのような音が聞こえてきた。
音は徐々に大きくなっていき……大規模な地震のような揺れまでが加わった。
ついには地面が割れ、魔王城も城下町の建物も次々と崩壊し、瓦礫の山が出来上がっていく。
それらをかき分け、地の底からとてつもなく巨大な黒い岩の塊がせりあがってきた。
その上から半分が内部から吹き飛び、周囲に黒々とした岩の雨を降らせる。
魔王城のあった場所に、魔界が現出した……
▽
――同時刻。
ログハウスの、温泉施設にて。
「うわー! ま、まるみえ!」
「え? あっ、きゃーっ!」
俺の叫びに、慌てて体を隠しながらしゃがみ込む魔王。
顔は真っ赤で、こちらを涙目で「もー!」と睨んでくる。
さすがに今のは俺のせいじゃないです!
しかし、めちゃめちゃ綺麗な身体だった……って、いや、そんな事より。
魔界、って言ったな?まさかこの気配が?
いったい、どういう事なんだ?
魔王城の方向が見える位置まで、湯船の中を移動する。
アシェリーも後ろからついてきた。
「……なんだあれ?」
この山の高さからでも、魔王城は地平線の際に見えるか見えないか、というところだったが……
その魔王城のあった場所には、いま、なにか見た事のない黒い塊のようなものがあった。
とてつもなくデカい。
この大陸の、5分の1くらいの規模はあるんじゃないか!?
「黒い卵? ……あ、卵の上の方が破裂した」
黒い塊の上半分が、どういうわけか吹っ飛んだのだ。
何が起こっているのか……
「……魔王様」
エリサが、温泉施設に入って来た。
かなり、真剣な表情をしている。
「ええ、エリサ」
魔王が、眉をひそめながらつぶやいた。
「あれは……魔界だわ」
なんですと?
いま、魔界って言った!?
「まかい?って、あの魔界? 地下深くにあるという、アシェリーたちの」
「……そう。あたしたちの故郷」
どうやら、冗談でもなんでもないらしい。
魔界が、地上に浮上してきたとでも言うのか!?
「マジか……一体何が……」
「誰かが、あたしたちの故郷周辺を卵型に切り取って。
それを、地上まで浮かび上がらせたんだわ……
故郷を取り囲む黒翔石は、魔力を込めると、浮力が発生する性質があるの」
なるほど。
魔界には地上にはない性質の石があるんだな……
「しかし誰かって……あいつらか? 魔軍三傑」
カールティック、ボウマン、トリシュ。
そういえば、森以降、いっさいこちらに関わる事はなかったな。
普通に結界が機能していると思ってたが、全く別のことで動いていたというのか。
「いえ、彼らにはそんなことが出来るほどの魔力を持った者はいないわ。
そもそもあたしにだって無理だもの。
魔界を浮上させるほどの力を、黒翔石に込めるなんて……」
「そ、そんなに?」
魔王でも無理なレベルの魔力って……
「少なくとも、あたしが生涯生み出すことのできる魔力を3人分。
一気につぎ込まなきゃ、無理だわ」
そりゃとんでもない量だ……
しかし、魔軍三傑のあいつらでないなら、一体誰がそんなこと出来るってんだ?
「これはただ事ではないわ。今すぐ行って、確かめなきゃ」
とりあえず、俺たちは温泉を後にして早急に装備を整えるのだった。
「エリサは残って。
魔界を浮上させるほどの力を持った何者かがいるなら、危険すぎる」
「……承知いたしました」
さすがに尋常じゃない事態に、エリサも何も言わず魔王に従う。
俺は一歩踏み出して言った。
「俺はついてって良いよな?」
「もちろんよ。頼もしいわ」
アシェリーはにっこりほほえむ。
「しかし、俺は魔王城へはまだ行ったことがないから……」
「また、あたしの移動魔法しかないわね! 掴まって」
とか言っておきながら、魔王は俺をぎゅっと抱きしめてきた。
「……掴まってるのはむしろアシェリーじゃん」
「だって落ち着くもん」
しょうがないやつだ。
手を伸ばし、頭を撫でてやる。
「……えへへ。勇者ちゃん成分充填は完了、行きましょ!」
移動魔法が発動、俺たちは魔王城へ向けて飛翔を開始した。
「……ご無事で」
残されたエリサが、いつになく真面目な口調でつぶやく。
「あら……?」
そして、リルルの姿がどこにも見えないのに気づき、不思議な顔をした。
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