第42話 魔界浮上part1
「げ、げほっ! げほげほっ!!」
グレーナがひとしきりせき込み、体を起こした。
「リ、リネット……」
グレーナが、リネットたちが飛び去っていった方向をしばし見やる。
そして慌てて、
「ナルバエス!」
と神官戦士の体を抱えあげた。
「うう……」
「よかった、蘇生したんだな」
「そせい……? な、なにが?」
弱弱しく呻き、ナルバエスも体を起こす。
「良く分かんないけど。
アタシたちはカールティックとやらと戦いでもしたのか……
死にかけていたんだ。それをリネットが、助けてくれたみたい」
「し、しに……!?」
ナルバエスが青ざめた。
「ああ。アタシは虫の息だったけど……
目の端でリネットがアタシに回復魔法、オマエに蘇生魔法をかける様子が見えた」
「そ、蘇生魔法!? リネット、そんなの使えたかね?」
驚きの声をあげるナルバエス。
蘇生魔法は、そもそもとんでもない魔力が必要とされる、ほとんど伝説の魔法である。
「ああ、確かにリネットが使った。それもどうやら聖杯の力を借りて、ね」
「聖杯!? どういうことかね!?」
グレーナは【威圧】を受け、正気を取り戻したが半死半生の状態になってからのことを、手短にナルバエスに語って聞かせた。
「聖杯が、起動した……そしてリネットが、さらわれた……だと」
呆然とナルバエスがつぶやく。
「飛び去る直前に、回復魔法をアタシたちにかけてくれたんだ。
あいつは正気を失っちゃいるが、完全におかしくなったわけじゃない」
「ど、どうだろうね……
聖杯の力を使って、魔王を倒してくれるなら、願ったりではあるがね……」
まだそんな事を言うのか、とグレーナは苦い顔をした。
そして空を見上げ、
「シルダー……なんとか、彼女を止めてやってくれ……」
▽
「こ、ここは?」
聖女がカールティックに抱えられたまま、飛んできたのは魔王城上空だった。
眼下には、城下町を行きかう魔族たちや、田畑で働くゴブリンたちが小さく見える。
それらを見おろし、カールティックは羽ばたきながら大音声で宣言した。
「魔族の民、その配下の亜人どもに告げる!
俺は魔軍三傑の長、カールティック・ウィックスだ。
緊急事態だ。今より3日後、俺は地下深くの魔界を地上に浮上させる!」
突然のことに、ゴブリンたちはいっせいにざわめきだす。
「この城と城下町は魔界の真上にあるため、崩壊は免れない。
よって、直ちに避難するよう命令する!!
従わなかった場合、その者の命は保証しない……以上だ!!」
言い切るなり、カールティックは魔王城の傍にある魔界へと通じる穴へと姿を消した。
当然、城下町でも魔族たちがざわついていた。
「な、何事だ?」
「魔界が、浮上……?どういうことだ?」
「声は確かに、カールティック様のものだった」
お互いに顔を見合わせる。
誰もが混乱し、迷っていた。
「では、何がしかの方針が魔軍三傑で決定された……ということなのか?」
「いやしかし……現魔王様は一言も」
「だが本当なら……?」
「魔軍三傑の方の命令を、無視するわけには……」
魔族たちは困惑しながらも、少しずつ動き出すものが出だした。
持ち出せるものをまとめて遠くへ逃げ出す準備をする者。
現魔王にどういうことか直接聞きに行こうとする者。ただただ宣言の意味を考える者。
それぞれがバラバラに行動しだし、城下町はいまだ混乱の極みにあった。
▽
「ここが……魔界……」
聖女が動揺を隠せない面持ちで周囲を見渡した。
ただただ黒い岩に囲まれた、異様な空間。
天井には光る花のようなものが咲き、地上のところどころにマグマの赤い川が流れている。
その間をぬって見た事も無い植物がほうぼうに生えていた。
遠くには黒々とした、天井すれすれまで伸びた城のような建物が見える。
その周囲には、同じく黒い四角い住居らしきものが、所狭しと並んでいた。
空間自体はかなりの広さがあるが、どこまで行っても変化のなさそうな、殺伐とした世界であった。
「どうだ。せまっ苦しくて、代わり映えのしない、陰気な場所だろう」
カールティックがリネットに語り掛ける。
そして、少し歩くのでついてくるように聖女にうながした。
そして、たどり着いたのは……墓場だった。
いくつもの石碑のようなものが立ち並び、その中をカールティックとリネットが静かに歩く。
「ここに、俺の親父が眠っている」
歩みを止め、一つの墓石に手を乗せて、カールティックはつぶやいた。
「親父は地上の太陽を見たがっていた……
だが、今見ているこの風景こそが、俺の故郷の風景だ。
俺はここで育ったんだ。このどこまで行っても黒い世界を見ながらな」
「……」
リネットは言葉を失ったように、黙って魔界を眺めている。
「元魔王アシェリーはこの風景を忌避していた。
確かに土地はやせ、実りの少ない場所だ。
広さには限界があり、うかつに種族を増やせない……限りのある世界だ」
カールティックはやや遠い目をした。
そして、拳を握りしめ、
「だが、俺はここを捨て去るのには納得が出来ない。
確かに地上はもともと俺たちのものだったし、豊かな自然と広々とした土地がある。
……だが!
緑あふれる自然、青く透き通る川。俺にはそれこそが不自然な風景だ!」
語気荒く叫び、カールティックは両腕を広げた。
「だが、親父には、太陽だけは見せてやりたい……!
だから俺は、この魔界を地上に浮上させる。
そして、地上をここと同じ風景にしてやるのさ」
「なんですって……」
リネットが息をのんだ。
「地上の豊かな自然を、太陽の元に、この魔界の風景に同化させてやる。
それこそが、親父が見たがっていた風景のはずだ!
そして地上全ての土地を魔界化し、俺はそこに君臨する、真の魔王となる……!」
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