第40話 魔軍三傑の憂鬱part3
「……ちっ」
眼下に広がる城下町と田畑を見下ろし、カールティックは舌打ちした。
「どうした」
ボウマンが寄ってくる。
「見ろよ。あの有様を。ゴブリンども、嬉々として農作業に取り組んでやがる」
「……内乱の危機を、内政・農業に力を向けることで回避した結果だな。
ずいぶん落ち着いたものだ」
「兵士がよお、農民になってどうするってんだ」
カールティックは不満げに壁を殴った。
「なに、いずれ戦いになれば、皆また鍬の代わりに剣を取るだろうよ」
「どうだかな。あいつらすっかり、収穫の喜びに目覚めちまった。
あの陰キャ女のせいで」
トリシュはひたすら部屋にこもって魔法の研究に取り組んでいる。
その成果の一つが、【成長促進】魔法だ。
畑に植えた作物の収穫サイクルを数倍に早めてしまう魔法である。
これで魔王軍の食糧事情があっという間に解決し、亜人兵たちの不満もかなり緩和された。
もともとの配給が少なかったこと、そのうえ命を落とす可能性のある戦場に駆り出されること。
それらの不満を一気に解消し、
「……農業って良いゴブ!」
と額に汗して畑を耕すゴブリンたちの間には、笑顔すら戻っていったのだった。
「すっかり腑抜けだぜ。ありゃ使い物にならねえぞ」
「なに、俺はこの半年間ずっと鍛えに鍛えてたから安心しろ!」
ボウマンが筋肉を誇示するポーズを取ってみせる。
「暑苦しいもの見せんな」
「んー? お前は以前とほとんど変わりない感じだな。
元魔王に敗れたのが悔しくなかったのか?」
「うるせー。俺は俺で色々やる事があんだよ」
(……俺は肉体を鍛えることで、トリシュは魔法の研究を進めることで。
自身の戦力を増大させている。
また魔王と戦った場合、以前のように簡単にあしらわれる事はないはずだ。
自信もある)
ボウマンはひそかに考えた。
(だがカールティックは……
自身の戦力より、作戦とか罠とか、搦め手の研鑽に勤しんでいるのか。
まあこれで、こいつのスキルは俺たちに効かなくなったという、安心感はあるがな)
カールティックたちのスキルはお互い格下には通用しない、という共通点がある。
そのためボウマンたちが己の戦力をレベルアップさせることは、人類軍と戦うためというより
まず自らの安全の確保、という点が第一にあった。
(カールティックが何を考えているか知らないが……
聖杯とやらを確保した時に出し抜くことも容易になったというものだ)
だがボウマンはそのような考えをおくびにも出さず、
「そういや、聖杯の確保はどうなった。進捗は?」
「……良いタイミングだな。その報告が、どうやら届いたようだぜ」
飛んできた一匹の鳥がカールティックの手に止まった。
「使い魔か」
「……どうやらあいつら、無事確保できたようだ。」
カールティックがにやりと笑う。
「では!」
「ああ、行くぞ。陰キャ女も呼んで来い。ついに来たぜ、この時が!!」
▽
サラトックの丘。
人類領と魔族領の境目にあるこの地に、元勇者パーティの三人は並んで立っていた。
「……」
「……」
「……」
目は相変わらずどろりとして意思が感じられない。
そこへ、
「聖杯はどこだ」
と、トリシュの移動魔法で飛んできたカールティックが地面に降り立つなり、グレーナーたちに手を伸ばす。
リネットがのろのろと腰のポーチから聖杯を取り出し、カールティックに手渡した。
「よし……! 命令通りに、盗み出してきたか!
よし! いいぞ! ついに!」
「それが伝説の聖杯とやらなのか?」
「ず、ずいぶんと古びた……そ、それに何の力も感じられません」
疑いの目を向けるボウマンとトリシュ。
だがカールティックは自信満々に、
「あせんなって」
とトリシュに聖杯を放ってよこす。
「わわ」
トリシュが危うく取り落としそうになりわたわたする。
その間に、カールティックはまた元勇者パーティに向き直り、
「あと、クリスタルだ。
ドラゴンの遺体から、探し出せてきたか?」
今度はナルバエスがポケットを探り、赤く光るクリスタルをカールティックに手渡した。
「よし……!お前らは次の指令があるまで待機していろ」
「……」
グレーナーたちがゆっくりと頭を上下させる。
「後はこれをそいつにはめ込むだけだ。魔法使い、聖杯を掲げてろ」
「……」
トリシュは落とさないよう、聖杯の下の部分を両手で持ったまま掲げる。
そしてカールティックは三つのクリスタルを取り出した。
それぞれ、赤・緑・青に輝いている。
「赤がラーヴァドラゴンのもの。
青が俺たちが地上にはい出た時に遭遇した、スカイドラゴンのもの。
そして緑が勇者が森で倒したらしい、マザーネイチャドラゴンのもの」
「ほう、これがクリスタルね……」
ボウマンが顎に手をやりながらまじまじとクリスタルを見つめる。
「緑のやつは、たまたま見つけられて実にラッキーだった。
どうやら勇者が仕留めたようだが、クリスタルの存在は知らなかったようだ」
「魔王の家に行く前に、拾っていたな。
よほど光り物が好きな習性があるのだな……と思ったものだったが」
カールティックはボウマンにニヤリと笑いを返し、
「すべてはこの時のためだぜ」
聖杯の胴には三つの穴が開いている。そしてそれはクリスタルの形に一致していた。
「元々は聖杯の力を守るため……
ドラゴンどもに、クリスタルを守護する任務がかせられたという。
そして人間たちが聖杯の力を求めた時、試練として立ちはだかる。
その戦いで力を認められた者が、クリスタルをドラゴンから授かる……
そんな風に、神々は設定したようだが」
カールティックは魔族に伝わる伝承を思い出しながら、震える手でクリスタルをはめていく。
「膨大な年月が流れ、いまやドラゴンはすっかりその任務も忘れはてた。
そして、本能のまま暴走する災害魔獣になり果てちまった。
一体は俺たち三人でぶっ倒せたが、かなりの強敵だったよな。
残り二体を、勇者が既に倒してしまっていたのはちょっと驚いたが……」
ぱちりと三つのクリスタルをはめ終える。
「……」
「……何も起こらんじゃないか?」
「だまれ!」
カールティックがわめいた。
しばしの間……
何事も起こらないかのようだったが、聖杯は静かに鳴動しだした。
「ひえっ」
トリシュが慌てて底を握り直す。
ぼろぼろとかさぶたが剥がれるように、長年の埃と汚れが剥がれ落ちていく。
そして古びた聖杯は、黄金色の力強い輝きを放つ、伝説のアーティファクトへとその姿を変えた……!
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