第38話 山のスローライフpart7
「幻術、じゃないよな」
俺はぺたぺたと壁を触ったりして、感触を確かめる。
「頬でもつねってみますか」
「エリサさん、なんで俺の頬をじっと見てるの……」
じりじりと近づいてくるエリサさんをかわしながら、周囲を見て回る。
「【鑑定】したけど、東洋の魔法が作用してるみたい。詳しくはわからないわ」
魔王が申し訳なさそうに報告した。
「東洋の魔法か……屋敷自体も東洋だし、ちょっと初体験のものだな。
結界みたいなものかな?」
いちおう悪意がありそうだし、魔王の火炎魔法で吹っ飛ばすのも、この際アリかもしれん。
「やっちゃう?」
意図を察して、また魔王が指先に火をともした。
「まあ、それは最後の手段にとっておこう。本体がいるかもしれないし……」
と言いかけたところで、ちょっとした案を閃いた。
「もしかしたら、本体を誘い出せるかも」
と小声でささやく。
「どういうこと?」
「ちょっとね、あることをして……いててて!」
エリサさんが頬をつねってきた。時間差か!
「ともかく、もう廊下はあきたし、とっとと脱出しようってこと!」
と俺は声を大きめにして二人に笑いかけたのだった。
▼
『それ』は東の果てからここへ流れ着いた。
まったくの異国だったが、自分の術は通じた。
その術を使って、家に入って来たものをひたすら迷わせたあげく、疲れたところを襲って食べる。
そうやって、『それ』は長年生き延びてきた。
この異国で襲って食料にした人間は、数知れない。
だがここしばらく、根城にしていた山に人間が来なくなった。
深刻な食糧不足だが発生した。
だから、久々にこの山に人間が来たのを発見したとき、『それ』は歓喜した。
「久しぶりにごちそうにありつけそうだ、3人もいる……」
術を使い、屋敷を展開する。
気づいた3人が入って来た。空間を歪め、玄関を消滅させる、
「これでおしまい。さあ、疲れ果てるまで、うろつけ人間ども」
しかし、今回は様子が違った。
男が突然、「とっとと脱出しよう!」などと言いだし、そして。
3人とも、廊下の空間に溶けるように消えてしまったのだ。
「こ、これは一体……!?」
▽
「に、人間ども、なにをした!? おいらのエサは、どこへ行った!?」
そう言って壁に擬態していたのを解き、俺たちが消えた場所までやってきたのは……
「バケダヌキ、なんて初めて聞く名前のモンスターだな」
「東洋の、ヨウカイと言われる、モンスターの一種らしいわ」
「見た目はただのデカいタヌキですね。可愛いと言えなくもなくもなく」
そう言ってアイテムボックス空間から、ぞろぞろと出ていく。
「なっ!? お、おまえら!?」
自分の後ろから突然出てきた俺たちに、バケダヌキとやらが慌てふためいている。
「東洋の結界術で家を作り、空間を歪めて閉じ込める……
初めての体験をさせてもらったわ」
「そして案の定、俺たちをエサにするつもりだったようだな」
うっ、と言ってバケダヌキが後ずさる。
そして逃げようと背を向けたとたん、魔王の火炎魔法がタヌキの背中を焼いた。
転がったタヌキは、廊下の床でジタバタしている。
「ぎゃああ! また、背中にやけどを!」
また?良く分からんことを言うタヌキだ。
「ともかく、狙ったのが俺たちだったのが、運のつきだな。
そういえば、山で行方不明者が続出しているという話を、以前聞いた事がある。
……おまえの仕業だな?」
確か、ギルドにもクエスト依頼が来ていた。
調査に向かった冒険者も、けっこうな人数が行方不明になってたはずだ。
「うるさい! 人間たちは皆おいらのエサなんだ、騙されるほうが悪い!」
そう言って、バケダヌキは体を変化させ、みるみるうちに天井まで届くほどになる。
角と牙が生え、手の爪も数倍に伸びてきた。
「そういう態度に出るなら、こちらも心置きなく、退治できるってものだ。
まあ、相当な人的被害が出てる時点で、もとより慈悲はないが」
「ガアアア!」
襲い掛かって来るバケダヌキの爪をかいくぐった俺は、腹に剣を突き立てた。
そして、下から弧を描くように斬り上げる。
「オガアアアアア!」
バケダヌキはタヌキらしからぬ断末魔を上げる(といってもタヌキの鳴き声なんて知らないが……)
そして、前のめりに倒れた。
廊下がタヌキの流した血で真っ赤に染まっていく。
そのうち、家の輪郭がぼやけてきて、徐々に元の空間に戻っていくのが分かった。
「もとの、渓流釣りをしていた川だわ!」
どうやら、帰ってこれたらしい。
……しかし、なんだか妙に寒い!?
「さささ寒いわ勇者ちゃん!
まだ、バケダヌキの攻撃は続いてるの!? これは氷結魔法!?」
魔王が体を抱き、ぶるぶると震えだした。
周囲には、白いものがちらついている。
「火山灰?」
いや、これは……
「雪だ」
雪が降ってる!?
いつの間にか、冬になってる!
もしかして、バケダヌキの結界の中は、通常とは違う速度で時間が流れているのか?
「森に迷い込んだ男が、森の中で不思議な宮殿に招かれ……
一日遊んで宮殿を後にする。
そして元の家に帰ったが、すでに数十年の時が流れていた。
っていう話、聞いた事ないかな」
俺がそんなおとぎ話をすると、アシェリーもエリサさんもうなずいた。
魔界にも、似たような話があるらしい。
「じゃあ、あたしたち、何十年も経った世界に来ちゃったってこと?」
だとしたら、世界はどうなっているんだ。
人間と魔族の戦争は……?
「おやー? ゆうしゃさんとまおうさん!」
振り向くと、ノームたちが近くで雪だるまを作っていた。
「ひさしぶりー! げんきだったー?」
その「久しぶり」が一体どのくらいなのか、ちょっと聞くのが怖いが。
「久しぶり……前、ノームの里に行った時から、どのくらい経ったかな?」
「どのくらいー?」
「えーと?」
一体、何年か、何十年か……
「ひゃく?」
百年!?
「そ、そんなに経ったの……?」
「……」
さすがにアシェリーもエリサさんも、ショックが隠しきれない。
「……いや、ちょっと待て。ノームってそんなに生きるんだっけ?」
「そういえば。寿命は50年程度のはずよ」
てことは……ひゃく、というのはノーム独自の時間単位なのでは?
「……季節は、あれから何巡したかな?」
「んー? まだいちども!
まえ会ったときから、今は初めての寒い寒いだよ!」
俺たち三人、いっせいにふーっとため息をついた。
なら、せいぜい一カ月程度ってことか。
「体感的にも、精神的にも、すごいゾッとしたわ……」
確かに……
とりあえず、早くログハウスに帰って温泉に入ろう。
タヌキを相手にしてた時より、疲れたぞ……
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