第36話 山のスローライフpart5
「山が、燃えてる! 真っ赤ね!」
山に来て二カ月ほどが過ぎた。
季節は秋。
紅葉の季節だ。
「前は、あんなに緑だったのに、今は赤!
こんなに、眺めが変わるものなのね」
アシェリーはここのところ、毎日夕方は広場に出ていくようになった。
赤く色づいた山々を眺めている。
「夕日を受けて、燃えてるみたい。
山って飽きないわね。色んな表情を見せてくれる」
確かに、燃えているように見える。
見た目の綺麗な、安全な山火事だ……という形容は風情も何もないか。
アシェリーが寝ぼけて火炎魔法を周囲にぶっ放したら、文字通りの山火事になるだろうなあ。
などとは言わないでおく。
魔王の朝対策は、つねに最大限注意を払ってある。主にエリサさんが苦労しているが。
「ここに引っ越して良かったよ。楽しんでもらえてるようで」
「勇者ちゃんも、楽しんでる?」
手を腰の後ろに回したアシェリーが、くるっと回ってこちらを見上げてくる。
仕草が、かわいい……
「も、もちろん。そうでなきゃ、勇者業休んでる意味もないしな」
「良かった!」
にこっと笑うアシェリー。
俺の精神も、もうほとんど復調したと言って良いと思う。
毎日ぐっすり、悪夢も見ずに眠れるし、食欲も旺盛。
妖精さんも、出番がなくなってほんと久しい。
「じゃ、今日のキノコをチェックしにいきましょ!」
「毎日ここに出てくるのは、それが楽しみってのもあるな?」
魔王がぺろっと舌をだし、
「バレた?」
ログハウス裏には、一本の松の木が立っている。
これもノームにお土産にもらった、『毎日キノコが生える松』だ。
俺たちのスキルを使わずとも、苗木を植えたその日からグングンと生長し、あっという間に成木になった。
何が生えてくるかはランダムなので、毎日の楽しみになってたりする。
「本日のキノコは……マツタケ!」
「超レアなやつ!」
マツタケは、東洋ではかなり貴重なものとして扱われるらしい。
確かにこの山でも、いまだに普通に生えてるのを見た事のないやつだ。
「じゃ、マツタケ雑炊を作りましょうかね」
「やったー!」
ノームから土鍋の作り方も学んだので、さっそく作ってみれば、この季節から活躍の場が増えてきた。
ノームたちには、あれから山中でたまーに会う事がある。
山菜を採ってたり、イノシシを狩ってたりすると、ときどき声をかけて来てくれるのだ。
イノシシの肉を分けてあげたりすると、
「にく! にくだー!」
「ありがとー! これ、お礼!」
などと、彼らが集めていた珍しいキノコや木の実を分けてくれる。
そして、
「なべ、作るといいよー!」
「山の料理には、必須ー!」
と、作り方を教えてくれたのだ。
「鍋は、冬になると、さらに生きてくるらしい」
「楽しみね! 冬って『寒い』んでしょう? 寒いのってどんなのかしら?」
地下の魔界には、四季もなく、ほぼ年中同じような温度らしい。
というかマグマの川があるので、どっちかというと常夏系。
なので魔王は冬の寒さは、初体験となる。
「いまは夏に比べて涼しい、だろ。もっと、涼しくなるんだ。
厚着しなきゃ、震えるくらいに」
「へえ、面白そう!」
「とか言えるのは、今のうちだと思うよ……」
そんな会話を後ろで聞いていたエリサさんが、
「では、その冬用のお召し物を用意したほうが良さそうですね。
といっても、どう作れば良いのか……」
などと言う。
「確かに常夏の魔界なら、冬の装いとか不要だったんだろうな」
なので、俺のアイテムボックスから冬用の装備、衣服を取り出して預けてみた。
エリサさんなら独自に解析し、良い感じの服を作ってくれるだろう。
「お任せください。なんとかしてみましょう」
こういう時はほんと頼もしい。
「そうでしょうそうでしょう」
エリサさんがドヤ顔をする。
また、人の心を読んだような……ほんとに察しのいい人だ。
そういや、少し前に山で羊の群れを見かけたので、確保して羊毛を刈り取るのも良いかもな……
って、時期が悪いかな? 羊毛は暑くなる前に刈るらしいので、タイミングが今は悪いか。
羊を置くためのログハウス拡張と一緒にするなら、来年の話になりそうだ。
「マツタケ雑炊、できたぞー」
「待ってましたー!」
「ましたー」
まずは山菜を細かく切り分ける。
そしてマツタケの石づきをそぎ落とし、細かく裂いていく。
鍋で水を沸騰させ、ごはんとマツタケを入れて軽くひと煮立ち。
ちょい塩やショーユなどを入れて味を調えるのもよし。
溶き卵を全体に回しながら流しこみ、蓋を閉めて火が通ったら出来上がり。
「良い香りね! 美味しい!」
「独特ですね。世の中にはまだまだ知らないものがあります」
アシェリーとエリサさんが、ハフハフ言いながら雑炊に舌鼓をうつ。
「寒いと、さらにこの温かさが体にしみるんだ。温泉もね」
「寒いの楽しみ!」
「いやー……対策ありで寒いのはいいけど……
なしだと命に係わることがあるから……」
「え、寒いの怖っ! どういうことなの!?」
魔王が目を白黒させている。
特にここは山の中だし、寒さにはある程度、警戒心を持ってもらわないとね……
「あー。そういえば。
海で、人魚のテレースさんに、高級海産物入り宝箱を届けてもらってたよね」
「覚えてるわ」
「あれ、氷が敷き詰められてたじゃない。
あの中に、自分が詰め込まれるところを想像してみて」
「……なるほど。氷魔法で、氷漬けにされるようなものなの」
それが一番わかりやすい例えだったか。
「じゃ、試してみて! 勇者ちゃん、氷魔法使えるでしょ?」
「ええー……使えるけど……」
「命に係わるなら、ちゃんとそれは知っておかなきゃね!」
確かに、そうだけど。
あえて氷魔法を食らって、寒さ体験って。
乱暴すぎるが、まあ相手は魔王だしな……
「ごちそうさま! さ、やりましょ!」
せっかく、雑炊であったまったのに。
まあ、本人が希望するなら、氷魔法の一つ『氷結棺』で氷塊に閉じ込めてみるか……
閉じ込められた生き物は、大体死ぬけど、魔王なら致命にはならんだろ。
……数分後、慌てて温泉に向かう魔王の姿が、そこにあった。
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