第3話 あなた疲れてるのよ
「おいおい、俺はきみを倒す、勇者、」
「あなたはそうしたいの?」
「え」
魔王は人類の敵。魔王討伐が、勇者の使命。
そう教えられ、今まで戦ってきたが。
俺には目の前の相手が……敵には見えない。
魔王の話が本当なら、この戦争は魔王の意思じゃない。
(彼女のことを信じられるか?)
妖精さんじゃない、俺自身の問いかけ。
答えは……
ああ。信じられる。と思う。
「だって、こんなポンコツで、方向音痴で、無防備なやつが……
人類殲滅に動いてるなんてとても、なあ」
「勇者ちゃん!? なんで突然あたしの悪口!?」
「いやすまん……ところで、その勇者ちゃんて、なんとかならない?」
「いいじゃない。年下が生意気だぞ」
なんか知らんけど、この魔王はお姉さんぶりたいらしい。
見た目だけなら、彼女が年下にしか思えんのだが?
「どう考えてもあたしが年上でしょ。あなた32あたし315。はるかにおねーさん」
数字の上ではね。
ん、いつ俺の年齢教えたっけ。
「で、あなたはどう思うの?」
再度問われた。
……実際、強大な力の持ち主だが。
その力が今まで人類に向けられた事は無かった。彼女の同胞にだって。
「きみは。俺の敵じゃ、ない」
「よかった」
にっこりと笑う魔王。
「俺が聞かされてきた話の魔王なら……
こんな森も魔法で焼け野原にして、さくっと脱出するだろうし」
「びみょーに引っかかるなあ……」
やや膨れ顔になった。
と、何かを思い出したように人差し指を立てた。
「その、あたしに関する伝承とか。神を名乗る者が人間に伝えた話、じゃない?」
俺たちが神とする、アルメレク神のことか。
人間にこの土地を与え、魔王復活を予言。聖杯などのアーティファクトを残したとされる至高神。
勇者降ろしの儀式という神聖魔法も、神が伝えた秘術だ。
聖杯を保持し神聖魔法を行う国教会は、国家に強い影響力を持っている。
「そうだな。俺はその神を信奉する国教会から聞いた」
「魔族を地の底……魔界に追いやったのはそいつよ」
それも初耳だ。
魔王復活の予言はあるが、それ以前の話……なぜ封印されてるのか等の話は一切ない。
「この大陸は元々、魔族が平和に暮らしてたの。
でも、ある日突然……神を名乗る者が現れて、戦争になった。
当時の魔王も魔族を率いて善戦したけど……
結局魔界まで追いやられ、地上への出口は封印されたの。
そして数百年……ようやく封印が弱くなって」
地上に出れたと。
そんな話、聞いた事がない。
「つまり神が魔族を追いだし、人間にこの土地を与えた……」
「そう言う事になるわ」
こりゃ至高神とやら。なかなかに身勝手だ。
そして神は、自分が居なくなった後に封印が弱まるのも把握していた。
その対策として、勇者降ろしの儀式を人間に伝えた。
魔族は悪、魔王は討伐すべき相手と、人間に伝えたのだ。
(なんだそりゃ……)
今まで信じていたものが、ひっくり返された気分だ。
「……俺はいままで、何のために戦ってきたのか……」
「あなたは、もしかして10年間、同胞……魔族と戦ってきたの?」
「魔族と言うより、その配下の亜人軍とだけどな」
そういや彼女は、森に居た間に外で何が起こってるのか、知らないのだ。
そして俺は、今までに至る話を魔王に語ることになった。
孤児院に居た頃、勇者候補に選ばれ、過酷な訓練を課せられた話。
勇者の力を得て以来、戦い続きだった話。
妖精さんが頭に住み着いた件、クソヒゲ国王たちの話を。
半分以上、俺の愚痴になってしまったが……
「うわあああん勇者ちゃんもつらかったねええ!!」
……泣かれるとは思わなかった。
彼女は心底同情している様子だ。
「勇者ちゃんは壊れかけてるよお。鬱とかになってるんだよお……」
……そして魔王の反応を見て驚いたことに、なんだか少し心が軽くなった気がするのだ。
誰かに、聞いてほしかったのか。俺は。
気づけば魔王は俺の首に手をかけ、胸に抱き寄せてきていた。
俺も魔王の腰に手を回す。
「勇者ちゃんはとてもいいひとなのね。
いいひとだから、辛くても、ずっとがんばってきた」
優しい声で魔王がささやく。
そして俺の頭を撫でてきた。ほんとお姉さんぶりたいんだなこの人……
「でも、いいんだよ。壊れるまで無理をしなくて」
くっ。ちょっと目頭が熱くなってきたかもしれない。
「ちょっと休もう。あなた疲れてるのよ」
「……きみもな。追放されて10年、辛かったろう」
「そうね……」
相手は魔王だというのに、まるで慈愛の女神に抱かれているような心持だ。
夜も更け、静かな森の中。
お互いの体温を感じながら、半ばまどろみの中に居るような……
甘やかなささやきのような会話の中――
「あなたはこれから……どうしたい?」
「……とにかく、静かな人生を送りたい……誰か、一緒に居て落ち着けるような人と。
他のしがらみもなく、誰かに戦いを、使命を強いられることもなく……」
「いいわね。あたしもそんな生活……憧れる」
アシュリーの、とろんとした目と俺の目が合った。
「一緒にそんな生活、しない? ……だめかな?」
「ああ……それもいいな」
「あたしも勇者ちゃんも、追手のある身だけどね」
「その時は、守るよ。俺が」
「……だめ。もうそういうのから、解放されていいの。おねーさんに、頼りなさい……」
「魔王、だもんな。頼りがい、ありそうだ……」
――そしていつしか、2人して木に寄りかかるように眠りについたのだった。
ぽつぽつ、と顔に降りかかる雨粒で目が覚めた。
「ん……朝か……雨?」
王都の自室じゃない。
そうか、昨夜。魔獣の森に飛んできたんだ。
そして1人焼き肉キャンプを開催した。
何故かそこへ魔王が来て、2人で暮らそうぜとかいう話に……魔王?
「って、んなわけないだろ。夢か」
しかし次の瞬間、俺はその魔王の胸に抱かれて寝ている自分を見出したのだった。
左手はその柔らかいものを掴んでおり……
「どわお!」
慌てて立ち上がる。
魔王が「んー?」とか言って身じろぎしたが、起きる気配はない。
「……夢じゃなかった」
ようやく頭がはっきりしてきた。
昨日のこと、会話、全部現実だ。
スローライフの件も。
妙な事になったものだが……しかし。
なんだか、俺は奇妙なわくわく感があるのを自覚している。
雨がざあっと本降りになってきた。
未だにアシェリーは目覚めない。
「そろそろ起きろよ。風邪ひくぞ」
魔王にそんな心配はいらないか?
声をかけるが、うーんむにゃむにゃ言うだけだ。
なので肩を少し強めに揺さぶってみた。
「もしもーし」
「……」
アシェリーの目が半開きになった。
「起きたか。濡れるから、もう少し葉の多い木の下で雨宿り……」
「うぅはい!」
うるさいと思われる言葉を発したアシェリーは、右手をこちらに突き出すなり最上級の火炎魔法をぶっ放してきた。
「ちょ!?」
魔力を込めた左手で弾く。
ぶわっと周囲に熱波が広がり、湿気を全て吹き飛ばした。
真上に飛んでいった火炎魔法は、重く垂れこめた雲に直径数キロほどの穴を穿っていた。
「なんて迷惑な寝ぼけ方だ、森が半分くらい焼失するところだ」
「……んーー!」
ようやく目覚めたアシェリーが伸びをした。
「今日もいい天気ね!」
「……寸前まで土砂降りだったんだが?」
この魔王とスローライフ?
やや先行き不安かも……
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