第25話 海のスローライフpart7
軽い朝食ののち、今日も水泳教室が始まる。
ここ二カ月ほど続いたが、もう免許皆伝、と言ってもいいくらいに魔王は上達を見せた。
試しに、浜辺から沖の岩礁をぐるっと回る一周コースで競争したら、ほぼ同着となった。
「はあっ! やるでしょ!」
浜辺に上がり、肩で息をしている魔王が両手を上げてガッツポーズをとった。
「いや、驚いたな。素晴らしい上達っぷりだよ」
「先生が良いからね!」
「そう言っていただけると光栄ですな」
俺は胸に手を当てて一礼した。
「……もう、手を握って引いてもらえないのが、ちょっと残念、かもだけど」
アシェリーがちょっと顔を赤らめ、つぶやく。
「手くらい……いつでも握ってやるよ……。さんはい」
「エリサさん、いきなり出て来て『さんはい』とか言われても」
そろそろ日が傾きかけている。
たっぷり運動して「おなかすいた」を連呼するアシェリーのために、早めに夕食をとる事にした。
▽
「今日の夕飯はクラマグラの刺身と、海草盛り合わせサラダ。と、ごはんだ!」
「わあ! やったね!」
「良いですね」
俺が持って来る料理を、手ぐすね引いて待ち構える二人。
それぞれに配膳し、手を合わせて「いただきます」。
ごはんを食べる時は、こういうのが作法だとテレースさんから聞いている。
「おーいしー!」
「白ごはん。
最初は意味不明な食べ物だと思いましたが、素晴らしく魚料理に合います」
二人とも、器用にハシを使って刺身をつまんで食べている。
それが作法だと教えてみたが、割とすぐ慣れてくれた。
ごはん。
東洋から伝わった、米粒と言われるもので構成された食べ物である。
セイレーンのテレースさんが、「魚料理に合わせるのなら、パンより、こちらのほうが」と苗を提供してくれたのだ。
ごはんを炊くための釜と一緒に。
水田というものを作り、田植えをし、俺と魔王のスキルで高速収穫。
脱穀、精米といった手順もテレースさんから教わった。そして釜を使ってごはんを炊いて作ったのだが……
「ごはん単品だと、全員不評だったもんな。
『ちがう! ちがう! 他の料理と合わせて食べるんです!』
ってテレースさんから言われなきゃ……
手間の割にはなんじゃこれ、で終わってたわ」
その時の様子を思い出す。
皆、なかなかにガッカリしたものだ。
田植えは腰に来るし、脱穀・精米も手作業でやるとなかなか面倒だ。
はるか東洋では、それらを機械的に行う道具が存在するらしいが……
「皆で頑張ったのに、ごはんの一口目はほんと、あれっ!?
って思ったよね!」
「今では、ごはん無しでメインディッシュだけってのはあり得ない、くらいだもんな」
「不思議な食べ物よね……!」
さらに、このごはんに合う特別なスープ、『ミソ・スープ』なるものがあるという。
しかしテレースさんも、そればかりは作成方法も原料も未知であるらしい。
残念。ミソ・スープ……気になる響きだ。
「特に魚。これが合います」
エリサは、その組み合わせが特にお気に入りのようだ。
「刺身をあつあつのごはんに乗せ、さらに刻んだ海苔をふりかけ……
ショーユまでかけた日には。この世は終わる。みんなが死ぬ」
どういう感想だ!
「それだけ、破滅的に美味しいのです、これは」
破滅してどうする……
まあしかし、美味しさという点では同意する。
ごはん・刺身・海苔・ショーユのコンボに気づいたのは俺だが、ここまでシナジー効果があるとは、という感じだ。
「単純に肉乗せて食べても良いし、メインおかずと交互に食べても良い!
ごはん最高!」
ばくばくと勢いよくかっこんでいく魔王。
ごはんも最初はサイドメニュー扱いだったが、今はメインと対等みたいな状態だ。
俺もいろいろ、ごはんに合う調理法などを試したりして、さっきのコンボにたどり着いたのだ。
「ほんと勇者ちゃん、色々出来るよね! すごいね!」
「前にも言ったけど。
料理のレシピや、調理の感覚を教えてくれたのは……
以前パーティに居た軽戦士のやつだよ。感謝しなきゃな」
パーティを組んでいたころを思い出す。
過酷な日々の中、グレーナだけはあれこれと心を砕いてくれたな。良いやつだった。
ナルバエスは国や教会の指令こそが最優先な、融通の利かない神官戦士だった。
リネットは優秀な聖女で……
なんだか妙に気に入られたみたいだが、異様な押しの強さと俺を持ち上げすぎるのがちょっと厄介だったかも。
「グレーナのやつにも久々に会いたくなってきたな。
今頃どこでなにをしているのか――」
▽
「あそこです。
あの建物に勇者様を感じますわ……それと邪悪な存在も二つ」
アーレンス大陸、東の果ての海岸そば。
太陽はもう水平線にさしかかり、空が濃紺に染まりかけている。
リネットが、海辺に立っているログハウスを指さして言った。
隣接した柵の中には牛が数頭草を食んでおり、犬小屋には白い犬らしき生き物がうずくまって寝ている。
「本当かね……」
ナルバエスはまだ半信半疑だ。
「間違いありません。必ず、あのかたは居ます」
「ここは割と危険な地域だった気がするがね……妙に立派な建物が一軒、あるな」
それも、最近作られたかのような……
グレーナはとりあえず行ってみねば分かるまい、と鼻息も荒い。
「今行くよ、シルダー!」
――案外、近くに居たりした。
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