表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/48

第2話 森の中、魔王さんに出会う

 不気味な鳴き声や、唸り声がそこかしこから聞こえてくる。


――魔獣の森。

 王都から脱出した俺が向かったのは、そんな森の中だった。



「ここなら、追手も来ないだろ」


 この森は、人間領と魔族領の狭間。王都からはかなりの距離がある。


 その上、ここにうろつくモンスターはレベルが高い。

 Aランク冒険者パーティであっても、相当手こずる奴らがウロウロしている。


 俺は1人でここのモンスターを何体か討伐した実績があるし、何とかなるだろという目算だ。


「覇王結界」


 魔法を使って誰も立ち入らないよう安全圏を作り、木の枝を拾い集める。

 それらを組み合わせ、焚き火を作った。


「今夜は食うぞー!」


<パーッといこうぜ!>


 一人宣言し、周囲の空間から肉を取り出す。

 【異次元収納アイテムボックス】、勇者の固有スキルの一つだ。


 肉は、この森に降り立った時に、見つけて確保・解体しておいたベリコ牛のものだ。

 口溶けが良く、味にも定評がある。


 基本的にモンスターは人と魔族を襲うが、動物には手を付けない。

 なので、この森は動物の楽園となって久しい。


「森の動物を狩っていけば、10年はこの森で暮らせるかも……なんて」


 さすがに、孤独な森の生活を10年は辛そうだ。

 あの王たちの下で働くのと、どっちがきついだろうか。


<あいつら、ヒゲを抜くだけじゃなく、魔法で石化や鉄化させたりしても良かったんじゃね>


「さすがに……一時的でも、生命活動を停止させるってのは」


<甘い、甘いぜ。チョッコラートより>


 したところで、宮廷魔術師が解呪するだけだろ。

 その上、指名手配になるだろう……石化や鉄化魔法は勇者にしか使えんし。



 ベリコ牛の肉を手ごろな大きさに削ぎ、木の枝を削って作った串に刺す。

 軽く塩を振り、焚火の周りに配置してあぶっていく。


 勇者として各地を転々とする際、こうやって野営をすることが良くある。

 その為に、ある程度の塩や飲み水を常備していたのが、また役に立っていた。


<肉が、欲しいか>


「ああ!」


 良い焼き加減になったものを手に取り、かぶりついた。


「肉うまっ! 牛うまっ!」


 旨味が口いっぱいに広がり、あふれる肉汁を堪能する。


 そしてこの開放感……久しく味わってないものだ。

 そうやって一人豪華?キャンプ飯を楽しんでいると。


 突然、ガサガサと音がし、目の前の森の中から何かが現れた。

 ゆっくりとだが、こちらに近づいてくる。


(モンスター? いや、この結界に入れるやつなど居ない。


 魔族であっても同様。何者だ)


 用心深く身構える。

 焚き火が、そいつの全身を照らしだした。


 ……魔獣の森に、女神が降臨したのかと思った。


 現れたのはすらりとした女性だ。

 思わず見とれるほどの、整った顔立ち。


 メリハリのついた体を包む黒いドレスは、何故かボロボロだ。

 腰まで伸びた、燃えるような赤毛が焚き火の光で、美しく輝いている。


「しかし、人じゃ……ない」


 両耳の後ろから伸びた、羊のようなアモン角。

 それは魔族の証拠。それも、最上級の。


「魔王、アシェリー!?」


 人類の敵の総大将。魔族の王。

 魔族が地上へと進出してのち、一度だけ姿を見せて建国宣言を行って以来……一切表に出てこなくなった魔王。


 だがその魔王は、間近で見ると案外ゆるい目の下に、クマのあるげっそりした表情で、


「ひ、人……10年ぶりの……おなか、すいた……」


 そう言って、俺の持つ串焼き肉を物欲しげに見やるのだった。




「肉うまっ! 牛うまっ!」


 目に涙を浮かべながら、めっちゃがっついてる魔王。


 敵に塩……食べ物を送るってどうなの、とも思ったが。


 助けを求められたら、応える。

 勇者だからとかではなく、これはもう性分だ。

 なので「牛の焼き肉だが良ければどうぞ」と言ってみれば、この有様。


 がつがつがつ……


 一心不乱とはこのことか。


「落ち着け、のどに詰まるぞ」


「むぐー!?」


 なんというお約束……背中を叩いてやる。水を差しだすと、一気飲み。

 復活した魔王は、また肉にかぶりついた。


 この食いっぷり、まるで何日も食べてないかのようだ。


 ……ひとしきり平らげたのち、ひとごこちついたらしい魔王。

 こちらに向き直り、頭を下げた。


「ありがとう! 助かったわ……もう10年、まともな食事にありつけてなくて……


 初めて食べたけど、牛って美味しいのね」


「10年!?」


 さすが魔王、と言ったところか。タフすぎる。

 そして魔王は、牛が食べられるという事を知らなかったようだ。


 ……しかし10年だと?

 建国宣言をしてから、今に至るまでの年月じゃないか。

 その間、なんで魔王が食事抜きなんだよ。


「実は、あたし、魔族の民から追放されちゃって」


 てへぺろと言わんばかりに、魔王アシェリーは頭をこつんと叩いた。


「なんだそれ?」


「……『建国宣言』の直後、魔軍三傑にクーデターを起こされちゃってね。


 なんか宣言が平和的過ぎて、多数の同胞から不興をかったみたい」



 『建国宣言』。

 10年前、魔王が人間の前に現れて行った宣言だ。



[人間と争う気はない。土地の一部を、我々に譲ってほしいだけだ。

 

 もともと、我々がこの大陸の先住民であったのだ]



 しかし、その数日後に魔族連合軍は侵略を開始。

 そのため『偽りの宣言』として、俺たちには悪評高いものとなっていた。


(しかし魔王の話が本当なら……この戦いは、魔王の意思ではなかったということになる)


「魔王ともなれば、力でクーデター組を抑える事も可能では?」


「同胞に自分の力を向けるなんて、出来ない。今、同胞で争ってる場合じゃない」


 なのでアシェリーは城を飛び出し、魔獣の森に潜伏して追手をかわした……


……までは良かったが。

10年、この森を彷徨い続けるハメになったという。


「……方向音痴がすぎる」


「だって! どっちを向いても木と草と葉っぱ、見分けなんてつかないもん!」


 頬を膨らませる魔王アシェリー。

 さてはこの魔王、結構なポンコツだな?


 とはいえ……


 気づけば、周囲の唸り声や気配はすっかり遠のき、完全な静寂が訪れている。

 魔王の放つ、圧によるものだろう。


「あ、まだ肉いいかな?」


「いいよ」


 ……本人はこんな感じだが。


 しかしこの魔王、本当に敵なのか?

 自分には……そうは思えない。


「あんたも大変だったんだな。追放され、10年もこの森で暮らすなんて」


 なので思わず、そんな言葉をかけていた。

 とたんに魔王は涙をため、


「……10年間、孤独で、寂しかったよー! お肉ありがとー! うわーん!」


 しがみつかれた。なんと無防備な。

 仕方ないなと、背中をポンポン叩いてやる。

 すると魔王はさらにぎゅっと体を預けてきた。


(なんか懐かれた?魔王に?)


 妙な状況に、思わず苦笑してしまう。

 魔王は人のぬくもりを味わうかのように、しばらくこの姿勢のままだったが、


「ところで、あなたは誰? どうしてこんな所で一人なの?」


 ふと体を離し、聞いてきた。


 まあ当然の疑問だよな。


「……俺は。魔王を倒すべく生まれた。


 勇者シルダー、という者だ……」


「そうなの! よろしく勇者ちゃん!」


 反応が軽い!

お読みいただきありがとうございます!


下のほうにある☆☆☆☆☆への評価・ブックマークなどを頂ければ

大変な励みになりますので、応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ