第2話 森の中、魔王さんに出会う
不気味な鳴き声や、唸り声がそこかしこから聞こえてくる。
――魔獣の森。
王都から脱出した俺が向かったのは、そんな森の中だった。
「ここなら、追手も来ないだろ」
この森は、人間領と魔族領の狭間。王都からはかなりの距離がある。
その上、ここにうろつくモンスターはレベルが高い。
Aランク冒険者パーティであっても、相当手こずる奴らがウロウロしている。
俺は1人でここのモンスターを何体か討伐した実績があるし、何とかなるだろという目算だ。
「覇王結界」
魔法を使って誰も立ち入らないよう安全圏を作り、木の枝を拾い集める。
それらを組み合わせ、焚き火を作った。
「今夜は食うぞー!」
<パーッといこうぜ!>
一人宣言し、周囲の空間から肉を取り出す。
【異次元収納】、勇者の固有スキルの一つだ。
肉は、この森に降り立った時に、見つけて確保・解体しておいたベリコ牛のものだ。
口溶けが良く、味にも定評がある。
基本的にモンスターは人と魔族を襲うが、動物には手を付けない。
なので、この森は動物の楽園となって久しい。
「森の動物を狩っていけば、10年はこの森で暮らせるかも……なんて」
さすがに、孤独な森の生活を10年は辛そうだ。
あの王たちの下で働くのと、どっちがきついだろうか。
<あいつら、ヒゲを抜くだけじゃなく、魔法で石化や鉄化させたりしても良かったんじゃね>
「さすがに……一時的でも、生命活動を停止させるってのは」
<甘い、甘いぜ。チョッコラートより>
したところで、宮廷魔術師が解呪するだけだろ。
その上、指名手配になるだろう……石化や鉄化魔法は勇者にしか使えんし。
ベリコ牛の肉を手ごろな大きさに削ぎ、木の枝を削って作った串に刺す。
軽く塩を振り、焚火の周りに配置してあぶっていく。
勇者として各地を転々とする際、こうやって野営をすることが良くある。
その為に、ある程度の塩や飲み水を常備していたのが、また役に立っていた。
<肉が、欲しいか>
「ああ!」
良い焼き加減になったものを手に取り、かぶりついた。
「肉うまっ! 牛うまっ!」
旨味が口いっぱいに広がり、あふれる肉汁を堪能する。
そしてこの開放感……久しく味わってないものだ。
そうやって一人豪華?キャンプ飯を楽しんでいると。
突然、ガサガサと音がし、目の前の森の中から何かが現れた。
ゆっくりとだが、こちらに近づいてくる。
(モンスター? いや、この結界に入れるやつなど居ない。
魔族であっても同様。何者だ)
用心深く身構える。
焚き火が、そいつの全身を照らしだした。
……魔獣の森に、女神が降臨したのかと思った。
現れたのはすらりとした女性だ。
思わず見とれるほどの、整った顔立ち。
メリハリのついた体を包む黒いドレスは、何故かボロボロだ。
腰まで伸びた、燃えるような赤毛が焚き火の光で、美しく輝いている。
「しかし、人じゃ……ない」
両耳の後ろから伸びた、羊のようなアモン角。
それは魔族の証拠。それも、最上級の。
「魔王、アシェリー!?」
人類の敵の総大将。魔族の王。
魔族が地上へと進出してのち、一度だけ姿を見せて建国宣言を行って以来……一切表に出てこなくなった魔王。
だがその魔王は、間近で見ると案外ゆるい目の下に、クマのあるげっそりした表情で、
「ひ、人……10年ぶりの……おなか、すいた……」
そう言って、俺の持つ串焼き肉を物欲しげに見やるのだった。
「肉うまっ! 牛うまっ!」
目に涙を浮かべながら、めっちゃがっついてる魔王。
敵に塩……食べ物を送るってどうなの、とも思ったが。
助けを求められたら、応える。
勇者だからとかではなく、これはもう性分だ。
なので「牛の焼き肉だが良ければどうぞ」と言ってみれば、この有様。
がつがつがつ……
一心不乱とはこのことか。
「落ち着け、のどに詰まるぞ」
「むぐー!?」
なんというお約束……背中を叩いてやる。水を差しだすと、一気飲み。
復活した魔王は、また肉にかぶりついた。
この食いっぷり、まるで何日も食べてないかのようだ。
……ひとしきり平らげたのち、ひとごこちついたらしい魔王。
こちらに向き直り、頭を下げた。
「ありがとう! 助かったわ……もう10年、まともな食事にありつけてなくて……
初めて食べたけど、牛って美味しいのね」
「10年!?」
さすが魔王、と言ったところか。タフすぎる。
そして魔王は、牛が食べられるという事を知らなかったようだ。
……しかし10年だと?
建国宣言をしてから、今に至るまでの年月じゃないか。
その間、なんで魔王が食事抜きなんだよ。
「実は、あたし、魔族の民から追放されちゃって」
てへぺろと言わんばかりに、魔王アシェリーは頭をこつんと叩いた。
「なんだそれ?」
「……『建国宣言』の直後、魔軍三傑にクーデターを起こされちゃってね。
なんか宣言が平和的過ぎて、多数の同胞から不興をかったみたい」
『建国宣言』。
10年前、魔王が人間の前に現れて行った宣言だ。
[人間と争う気はない。土地の一部を、我々に譲ってほしいだけだ。
もともと、我々がこの大陸の先住民であったのだ]
しかし、その数日後に魔族連合軍は侵略を開始。
そのため『偽りの宣言』として、俺たちには悪評高いものとなっていた。
(しかし魔王の話が本当なら……この戦いは、魔王の意思ではなかったということになる)
「魔王ともなれば、力でクーデター組を抑える事も可能では?」
「同胞に自分の力を向けるなんて、出来ない。今、同胞で争ってる場合じゃない」
なのでアシェリーは城を飛び出し、魔獣の森に潜伏して追手をかわした……
……までは良かったが。
10年、この森を彷徨い続けるハメになったという。
「……方向音痴がすぎる」
「だって! どっちを向いても木と草と葉っぱ、見分けなんてつかないもん!」
頬を膨らませる魔王アシェリー。
さてはこの魔王、結構なポンコツだな?
とはいえ……
気づけば、周囲の唸り声や気配はすっかり遠のき、完全な静寂が訪れている。
魔王の放つ、圧によるものだろう。
「あ、まだ肉いいかな?」
「いいよ」
……本人はこんな感じだが。
しかしこの魔王、本当に敵なのか?
自分には……そうは思えない。
「あんたも大変だったんだな。追放され、10年もこの森で暮らすなんて」
なので思わず、そんな言葉をかけていた。
とたんに魔王は涙をため、
「……10年間、孤独で、寂しかったよー! お肉ありがとー! うわーん!」
しがみつかれた。なんと無防備な。
仕方ないなと、背中をポンポン叩いてやる。
すると魔王はさらにぎゅっと体を預けてきた。
(なんか懐かれた?魔王に?)
妙な状況に、思わず苦笑してしまう。
魔王は人のぬくもりを味わうかのように、しばらくこの姿勢のままだったが、
「ところで、あなたは誰? どうしてこんな所で一人なの?」
ふと体を離し、聞いてきた。
まあ当然の疑問だよな。
「……俺は。魔王を倒すべく生まれた。
勇者シルダー、という者だ……」
「そうなの! よろしく勇者ちゃん!」
反応が軽い!
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