第14話 森のスローライフpart7
コケコッコー。
朝。
魔獣の森、ログハウスの周囲に、鶏の鳴き声が鳴り響いた。
「いかにも朝って感じだな」
俺はベッドの中で一つ伸びをし、ゆっくりと起き上がる。
窓の外は一面の緑。
王都では絶対見られない風景だ。落ち着く。
「鶏の鳴き声で起こされるのも、乙なものだなー」
いつも同じ時間に目が覚める体質だが、こういう目覚め方も悪くない。
そう思えるのも、最近は落ち着いて寝れているせいかもな。
しかし、この森のログハウス。
今では牛を囲う柵に、鶏を飼う小屋まで増設されている。
牛1頭、鶏2匹程度だが、これでミルクと鶏卵までが確保できるようになった。
ちなみに【全体鼓舞】、試してみたら……
「卵、3人が1日5個ノルマって多すぎない?」
「牛乳も、飲み切れないほど絞れるんですが」
と、供給過多になってしまったので、今は効果をミニマムにしてかけることにした。
それで毎朝、卵も牛乳も必要十分な量が安定して確保できている。
「こうなると、パンも欲しくなってくるな」
朝ごはんは、パンに卵焼きを乗せたものとミルク。
充実してるじゃないか。いずれ小麦も育てられるようにしたい。
……しかし、鶏を小屋で飼うようになって初日は大変だった。
安眠を騒音で妨害されたと認識したアシェリーが、暴走したのだ。
そしてそれを止めるため、俺はとんでもないことをする羽目になった……
▽
コケコッコー。鶏導入初日。
「……ふあー。……そういや、鶏を飼うことにしたんだっけ……」
鶏の鳴き声で、いつもの時間より早く目が覚めた。
窓から入る光が弱い。今日は曇りかな。
身を起こそうとすると、
「勇者様。大変でございます」
エリサさんが勢いよく扉を開き、俺の部屋に駆け込んできた。
「うわ! こんな朝から何の用です?」
「勘違いしないでください。夜這いをしに来たわけではありません」
「……そもそも朝ですしね」
「冗談を言ってる場合ではないのです。
魔王様が大変なことをしでかそうとしております」
冗談、最初に言いだしたのは誰なのかとか言おうと思ったが。
とりあえず話を聞くことにした。
――今朝。
エリサさんがいつものように皆より早く起きて、リビングで待機していると。
鶏の鳴き声が聞こえたのち、アシェリーがふらふらとログハウスの外へ出て行ったそうだ。
「……それが何か?」
「あの様子は、確実に寝ぼけられております。原因は、鶏です」
「……! まさか」
慌てて部屋を走り出る。
昨日作り上げた鶏小屋まで行くと、鶏に向かって最上級火炎魔法を放とうとする魔王の姿が……!
「はいストーップ!!」
魔王は無理に起こされると、起こした相手に対して火炎魔法を撃つ習性がある。
まさか、鶏の鳴き声にもそれが適応されるとは……
このままでは、鶏小屋が吹っ飛ぶどころか、森に広大な焼け野原が出来る。
しかし声をかけたが、甲斐なく火炎魔法は発射された。
「仕方ない!」
発射の瞬間、火炎魔法の下に拳を差し入れる。
そして勢いよく上へと突き上げた。無事、火炎魔法は上空へ。
「いつか見た光景……」
見上げれば、雲一つない青空。
火炎魔法で消滅したから……
「……??」
アシェリーが首をかしげている。
目の前の鶏が吹き飛んでない事に、疑問を抱いている様子だ。
そして、第二弾の火炎魔法を準備しだした……!
ま、まだ寝ぼけておられる!?
「ちょっと! エリサさん! どうやったら止まるのこれ?」
「運が良ければ、すぐ正気に戻られるのですが」
「良くなかったら?」
「もうちっとだけ続くかと」
アシェリーに会って初日は運が良かったパターンか。
そして今日のが悪いパターン。
まあ、このまま魔法を弾き続けるだけなら……と思ったが。
アシェリーは今度は両手をかざし、10数個の魔法を並行発動させようとしている……!
「うわー。これはちょっと、周囲の被害をゼロにってのは難しそうだぞ……」
「たった一つ、解決策があります」
「そんなんあるなら早く!」
「古来より、姫を目覚めさせる方法と言えば?」
……それって。
「お、おとぎ話に良くある話のことを、言ってます?」
「言ってます」
そ、それはあれじゃん!あれをしろってことじゃん!
こんなアホなシチュエーションでかい!
だがアシェリーは、今にも多連装火炎魔法を放とうとしている……!
「え、エリサさん! 後でちゃんと、アシェリーに説明してくださいよ!?」
「大丈夫ですよ。受け入れていただけるかと」
「うううおー!!」
俺は妙な喚き声をあげ、アシェリーの顔を両手でそっとつかむ。
引き寄せて、唇を、合わせた……
「……。……。……!? ……!!!!!???」
アシェリーの目に光が戻って来て、そして何が起こっているのかを認識したようだ。
唇を離し、
「……目、覚めたか?」
「……。……さめた……」
顔を真っ赤にした魔王がそこに居た。
半目だったのが、今はとろんとした目だ。
「朝ごはん、だからな」
「うん……」
なんか良く分からない会話ののち、アシェリーは大人しくログハウスに戻っていった。
「……ゆ、許されただろうか」
「大丈夫ですって」
「まだ寝ぼけてる感じ、してない?」
「あれは乙女の心持ちになっているのかと」
……良かったのか、これで。
しかし、ロマンチックとはかけ離れた状況だ。
やるんなら、もう少し、こう……なんか、あるだろうに。
ちゃんとしたシチュエーションが。
まあ、とりあえず森と鶏小屋の平和は保たれた……
「それでは、毎朝これをお願いいたします」
「なんだってー!?」
魔王が寝ぼけるたびに、あれをやれと!?
エリサさんは唇の端を少し歪め、微ニヤリの表情。
……しかし。
その後は、鶏の声でアシェリーが「寝ぼけ火炎魔法状態」になる事はなかった。
どうやら鶏の声に、強烈な記憶が紐づけられた様子。
鶏の声を聞くたびに、今朝のことを思い出し、頬を染めて身もだえするようになった。
ほっとしたような、やや残念なような……?
あの事案の後、エリサさんに状況を説明されたアシェリーがつかつかとやって来て、
「あれはノーカン!」
と宣言をして去っていったが、同意しかない。
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