第13話 幕間 俺とメイドの昼会話
「洗濯物、片付けておきました」
「おつかれさまー。っと、牛の餌補充、やったっけ……」
「それも補充しておきました」
「おお、ありがたい」
ほんとに魔界のメイドは優秀だ。
「褒めても夜のご奉仕はいたしませんよ」
「……言葉に出してないし、あと夜のとか一切考えてないからね?」
この珍妙な発言がなければ、どこに出しても恥ずかしくないメイドだろうに。
賞賛半分、呆れ半分で、机を拭いているエリサさんの横顔を眺める。
「……」
するとエリサさんは自分の頬に両手を当てた。
「?」
「あまりじっと見つめられると照れます」
一切の無表情・無感情で言われても、本気なのか冗談なのか未だに分からん……
アシェリーとの会話も、丁寧口調ではあるものの、そのやり取りは気さくな感じだし。
メイドなのに魔王をからかうことも多々ある。
そういうのも別段咎められることもないし、不思議な人だ。
「うーん」
「何です?」
「……どういう経緯で、アシェリーのメイドになったのかなって」
「……」
無表情ながら、やや眉毛が下がり曇ったような面持ちになった気がした。
「あ、いや良いんだ。無理にとは」
「……まあいいでしょう。あなたになら」
エリサさんが俺に向き直り、姿勢を正す。
「実はわたくし、魔族と人間のハーフなのです」
えっ?!衝撃の事実……んん?
魔族がこの地上に現れたのは10年前だぞ。その頃にって、ことなのか?
「……てことはエリサさん10歳くらいなの?」
「設定上無理がありましたね。
ハーフである事とメイドであることに繋がりもないですし。まあ嘘はこのぐらいにして」
「……頼みますよ」
「ここからは真面目に」
――わたくしの生まれは、魔界でも最下層に位置する貧民街。
その日食べるものを確保するのも難しい環境です。
病気や栄養失調で亡くなる魔族の民も多くいました。
しかし両親は必至で働き、わたくしを学校にすら行かせてくれました。
どれだけの苦労があったのかは想像もできません。
わたくしも両親のため必死で勉強し……魔王様直属のメイド試験に見事合格いたしました。
人生逆転のチャンスが回ってまいりました。
「しかし、両親は過労からか病気に倒れ……」
顔を伏せるエリサさん。
「……」
「わたくしは誓いました。
必ずや魔王様のメイドを立派にこなし、憎き貧乏生活から抜け出すことを。
両親の苦労に報いることを。魔王様の地上進出の、10年ほど前の事になりますか」
その頃にアシェリーに出会ったのか……
「魔王様は言ってくださいました。
『あたしは、あまりかしこまった態度って苦手なの。
ご主人とメイドの関係じゃなくて、まずは友達になりましょ、エリサ』
魔王様は王宮での激務をこなす日々で……
気兼ねなく接することのできる、ご友人と言える間柄の方がおりませんでした。
あのかたにとっても、わたくしにとっても。
お互いに初めての友達になったのです」
なるほど、2人の距離感があんななのは、アシェリーが言ってくれたからなのか。
思い出しながら語るエリサさんの目も、心なしか和んでいるように見えるな。
「後から聞きました。
『あの時は、エリサ、あまりにも緊張してガチガチだったでしょ。
それを解きほぐそう、と思って言ったんだけどね』と」
「あれえ!?」
「その後も、
『まさかこんな距離感で接してくるメイドになるなんて、夢にも思わなかったわ』
とも」
うおおい!?
飲みの席で無礼講って言葉をうのみにして、やらかした系の話みたいに聞こえるが?
「『でも、友達になれたのは本当に嬉しいことだわ』とも」
……良かった。まあ今の関係を見れば、大丈夫だったのは分かる事だな。
アシェリー以外だったらどうなっていたことか。
しかしエリサさんでも、その頃は緊張とかしてたんだな……
……いや、まてよ。
「……この話自体、捏造じゃないでしょうね?」
「失礼な。わたくしも1年に1度は100割真剣な話をすることもあります」
「既にふざけてるような……まあしかし、立派なメイドってのは本当だ。
ご両親も、あの世で誇りに思っていてくれる事だろう」
エリサさんは目をぱちくりさせた。
「何を言っておられるのです。両親は健在です」
「ええ!? 病気で倒れたって……」
「倒れただけです。亡くなったとは言っておりません」
何ィ―!?
「専属メイドのお給金は、かなりの高水準であるので……
両親にも良い環境の家に引っ越してもらって、実に元気にしております。
今は魔王様が放逐されてお給金なしですが。
既に十分な貯金すら出来ていますので当分安泰です」
「……」
……良かった。亡くなった両親なんて居ないんだ。
最初からそう言ってくれよ!紛らわしいんじゃ!
「しかし昔の両親の目は本当に疲れた目をしておりました。
……初めてあなたと会った時、両親の目を思い出しました」
「……」
「実に疲れた目をしておりました。あの目。貧乏だったころを思い出す、辛い目」
「……だからあの時、いきなり目つぶしを仕掛けてきたんじゃないでしょうね?」
「……全然関係、ありません」
そっぽを向くエリサさん。
防げたから良いけど、とんでもないことをしますねあなた!?
「でも、今のあなたは違います。
綺麗な目をしております。それが本来のあなたなんでしょうね……」
「……」
「魔王様と出会ったことと、関係ありますでしょうか?」
……そうかもしれない。
エリサさんも俺も、アシェリーと出会って、本来の自分になれたのかもしれないな。
そういや最近、妖精さんも語り掛けてこない。
いいことだ。
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