第12話 魔軍三傑の憂鬱part1
アーレンス大陸、魔族領。
首都の魔王城――デスハイム城にて。
クーデターを起こし、魔王アシェリーから実権を奪った魔軍三傑の面々。
彼ら3人は今、机を囲み、頭を抱えていた。
「ずいぶんとまずい事になった……」
「くそっ。
中央平原の決戦で、総力をかけて人類を殲滅するつもりだったというのに!」
見事に勇者に阻止されてしまった。
それどころか、戦力の半分以上を失うという、最悪の結果。
数日前のことだ。
――10年前、アシェリーを追い出したのち。
彼ら三傑に同意した魔族のうちの一人を、お飾りの魔王として王座に就かせ、まつりごとを一任。
そしてひたすらに、人間殲滅のために動いてきた……のだが。
「ま、まさかの大敗北。か、完全に想定外です」
「勇者の力を侮っていた……人間どもも、あれほど戦えるとはな」
「勇者はともかく、人間の戦いっぷりはおかしい。
俺たちより完全に劣っているやつらだぞ!なんだったんだ!?」
個体の力は上だが、人間より数の少ない魔族。
それゆえ、アーレンス大陸に生息していたゴブリンやオーガなどの、人間に敵対する亜人系モンスターを配下に引き入れ、彼らを主戦力として動かしてきた。
そのため、人間との戦争では魔族自体の被害は、つねに微々たるものではあったのだが……
今回の大敗で、亜人軍が壊滅的被害を受けてしまった。
いまや亜人軍の魔族に対する不信や不満は、致命的なまでに広がっている。
「このままでは、反乱が起きるか脱走兵が大量に出るか。
いずれにしてもまずいことだ」
筋肉によろわれた巨体を揺らし、ボウマンが軽くため息をついた。
「あわわ……せ、せっかく和平派のアシェリー様を排除して強硬路線に転じたのに……
ま、不味い事になったです……」
トリシュが小声でつぶやく。
魔道士のローブを深く下ろしているので、口元しか見えない。
口調はかなりおどおどびくびくとした様子だ。
「様なんてつけんな! やつにはもう何の権力もねえ、ただの女だ!」
魔族の中でも珍しい、有翼のカールティックがわめいた。
トリシュがビクッと軽く椅子から飛び上がる。
ボウマンがたしなめるような視線を送り、
「現魔王……様も必死に動いてはいるが……
いかんせん前任者よりカリスマがないのも確かだ」
「ちっ……結局そいつの責任じゃねえのか。
やつに亜人軍を抑えられねえのなら、やっぱ洗脳しかねえな」
カールティックがトリシュに目をやるが、
「せ、洗脳魔法はとても時間と魔力が必要になるんです。
そ、それを配下のゴブリン、オーガ、トロルたち全員にかけて回るとなると……
わ、私一人どころかこの城に居る全魔道士を動員しても、数か月、かかります」
中央平原での決戦に動員されなかった首都防衛組と、敗残兵たちを合わせても、まだまだ数千単位で亜人兵たちは残っている。
「とてもじゃないが、間に合わんな……」
「ちっ、こうなったら俺たち三人で人間どもの王都に攻め入ってやろうか!
俺たちなら、出来るだろ!」
「勇者が居る限り、それも不可能だろう。
あやつ、中央平原での戦いで見事、我々を単騎で退けて見せた」
武人らしい敵の力を認めるような発言に、有翼の魔族は面白くなさそうにつぶやいた。
「足の一本は俺様が吹っ飛ばしてやったがな……即時回復しやがったが」
「あやつの魔力も相当なものだ」
「そ、そうです。魔力。
た、大量の魔力があれば、洗脳魔法も発動を早め、効果範囲も広げられて」
おどおどとしたトリシュの発言に、ボウマンがその意図を察した。
「……それはつまり、魔王アシェリーの魔力があれば、という意味だな?」
こくこくと頷くトリシュ。
「元、魔王だ。間違えんな。
ってか今更、やつに頼ろうってのか?追い出した本人が?」
どの面下げて、と言いたげなカールティックだったが、
「そうではないな。
……アシェリーの心臓を、魔力の供給源として使う……ということだ」
ボウマンが静かに言った。
魔王の心臓。それは膨大な魔力を生み出す根源である。
本人が命尽きても、一定量の魔力を吐き出しきるまで、その鼓動は止まらないと言われる。
カールティックもトリシュの意外な発想につばを飲み込んだ。
「この陰キャ女。とんでもねえ事を考え付きやがったな」
「追い出した俺たちに今さら協力はすまい。であれば……
その命、心臓を、提供してもらうしかない」
「おいおいおいおいおいおい」
ボウマンの言葉に、カールティックのテンションが上がってきた模様だ。
「魔王、いや元魔王を、俺たちでやっちまうってか!
はは、面白くなってきやがった!」
「しかし、実際。やれるか、あの魔王を」
ボウマンが顎に手をやり、考えるような姿勢を見せる。
「奴が魔王の座に就いた時は、俺たちとも相当な魔力の開きがあったが……」
カールティックは拳をぐっと握り、
「俺たちは常に研鑽を積んできた! 魔力の増強に励んできた!
だからこの地位につけたんだろう。
12年前だって、伝説とされるドラゴンすらぶち倒してやったじゃないか!」
「あれは苦戦したな」
「た、大変でした……」
ボウマンとトリシュが目をつぶった。当時の勝利の余韻を思い出すかのように。
「しかし! 俺たちはやってのけた。そしてまた12年、研鑽の月日を重ねている。
人間どもとの戦争は回避したいなどと考えている、腑抜けた魔王、元魔王なんぞ」
拳を机に叩きつけながら、カールティックは言い放った。
「俺たちの敵じゃ、ねえ」
三人の視線が交錯する。
大それた作戦に、みな興奮しているようだった。
「何もビビる要素なんてねえ!
大丈夫、俺たち三人が力を合わせりゃ、アシェリーなんてどうにでもなる!
行こうぜ、場所は把握してるんだろ?」
「……は、はい。
先日、アシェリー様と同じ色の大魔力の発動を感知しました。
ま、魔獣の森、です。」
「魔獣の森ぃ?」
トリシュの報告に、歪んだ笑みを浮かべるカールティック。
「追放された後は、んなとこで一人キャンプでもしてたってのか、笑えるぜ。
つか、様は要らねえって……やつに俺たちの連携を見せつけてやろうぜ!
それで一発さ」
「……ああ。俺たちも、ドラゴンを倒した日からさらに強くなった。
行けるはずだ」
ボウマンは拳をガツンと打ち合わせた。
「その通りだ! さあ行こうぜ、これで何もかも解決する!!」
調子の良い事をまくしたてるカールティック。
だが彼も本能的には、魔王アシェリーの秘めたる力に脅威を感じており……
力強い言葉をさかんに言い立てることで、おのれを無理やりに鼓舞していることに、気づいていないのかもしれなかった。
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