第1話 勇者、キレた!
「いっそ、何かしでかして追放されたい気分だ」
自室に戻り、一人になった俺はぼそりとつぶやいた。
3日ほど前の、中央平原での決戦にて。
俺は軍を率いて魔族の大規模侵攻を退けた。
『魔軍三傑』と言われる魔族の強敵を一人で撃退し、人類を大勝利へと導いたのだ。
今日の祝勝会では、誰もかれもが俺を褒めたたえた。
「素晴らしい!」
「君はまさに英雄だ、シルダーくん!」
「シルダーくんは国の誇りだよ!」
お近づきになろう、顔を覚えてもらおうと、ひっきりなしに人が群れなしてきた。
しかし倦怠感でいっぱいになり、何もかもが面倒になっていた俺は、
「この戦いで射抜かれた膝が、少々痛むので……」
と言って、早々に自室に引っ込んだのだった。
「……ふう」
ベッドに体を投げ出すようにして飛び込む。
――俺は16歳の頃に、国教会により【勇者】候補に選ばれた。
勇者とは、いつか出現するという魔王を討伐すべく定められた者だ。
俺は、その身に強大な勇者の力を降ろすため……6年間、肉体鍛錬の修行地獄に明け暮れた。
そして予言通り、魔王が魔族を引き連れて大陸北部に出現。
『建国宣言』を行った。
人間に数で劣る魔族は、この大陸に生息するゴブリンやオーガなどの亜人系モンスターを配下に加えていった。
そして彼らを主力とした『魔族連合軍』を結成、人間領に侵略の手を伸ばし始める。
俺は勇者として戦場に立ち――その後10年間もの間、魔族連合軍と戦い続けている。
「戦うことは勇者の使命」
「身を尽くせ。全てを背負え」
「人類のために。国のために」
国王からかけられる言葉は全て、つまるところ「奮起せよ」だ。
任務は遂行出来て当然。
失敗には厳しい叱責。
俺も最初は疑問を抱くことは無かった。民衆の期待に応えられる事を光栄だと思った。
多少上手くいかない事があっても、また次は頑張ろうと思えた。
「俺は、人類の期待を背負っているのだ!」
と。……しかし。
若いうちはまだ良かったが……
「……もうずっとまともに眠れてない気がするし、常にダルイし。食欲もあまりないし……
そのうえ時々、他の人には見えない妖精が語り掛けてくる……」
ベッドにうつ伏せになりながら、もごもごとつぶやく。
10年も経てば、勇者とてこうなる。
勇者は、大雨の日も台風の日も、止まる事を許されない。
休みもなければ、遊ぶ暇もない。
「もうやだ。こんな生活」
するとまた妖精が語り掛けてきた。
<休みが、欲しいか>
超欲しい。欲しいよう。
しかし妖精に手を伸ばしてもすり抜けるだけで、実際はそこには何も存在していないのだ……
……真夜中、ふと目が覚めた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「こんな時間に一度目覚めると、なかなかまた寝付けないんだよなあ」
疲れも相変わらず取れてないし……
ぐう。
腹が鳴った。いびきではない。起きてるよな?俺。
もうグッタリしすぎて、時々自分の状態がどうなってるのか分からず不安になる……
しかし、空腹感は確かなもののようだった。
「祝勝会の料理の残りでも、つまみにいくかな……」
豪勢な料理が出たけど、結局なにも食べないで出て行ったからな。
王城内の、勇者用に割り当てられた個室から、のろのろと出た。
ひっそりと静まった厨房内にやってきた。
あるある、料理の食い残しがちらほらと。
(いい加減な料理長で助かった)
しかし、つまみ食いの現場を見られては厄介だ。姿を消す魔法を使う。
残り物をつまんで、ささやかながら空腹を紛らわした。
ついでに王城内を姿を消したまま散歩する。
「どうせ、今日はもう眠れそうにないしな」
<暇だし、国王の間に忍びこんで玉座に座ったりしようぜ>
「良い考えだ」
俺は妖精さんに同意して歩き出した。
傍から見れば、ぐるぐる目の男がブツブツつぶやきながら王城内をフラフラ徘徊しているのだ。
確実に怪しまれるところだが、今は透明の身。
つぶやきはともかく、見とがめられることはなかった。
――国王の間。
勲章授与の時以外に立ち入ることのない場所に、許可なく忍び込んでいるこの状況。
俺はちょっといたずら心を持った少年のような気持ちでいた。
思えば、勇者となってから『遊ぶ』ということすら無縁となっていたのだ。このくらい許されていいはず……
侵入者防止用の結界が張られていたが、勇者である俺にとっては無いも同然だ。
と、玉座に座ったアレクシス王が見えた。
傍には王の腹心、ウィレム大臣の姿がある。
(まだ起きてたのか。いまも今後の作戦について話し合っているんだろうか?)
なんだか二人が俺を追い詰めている張本人のように思えて(実際そうではあるが)、ややイラっとした俺。
二人の話を立ち聞きすべく、二人へ近づいて行った。
そして機会あれば、ヒゲの一本でも抜いてやろうかと。
アレクシス王のもっさもさ具合、ウィレム大臣のちょび具合、どっちも印象の悪いヒゲ面だ。
「ウィレムよ。どうかね戦況は……我が軍は圧倒的優勢に立ったのではないか?」
「仰せの通りでございます。アレクシス王。
先の中央平原での大勝利により、魔族連合軍は完全に瓦解しました」
そうなんだよな……
もう魔族連合軍は戦力を相当失った。当分動けないだろう。
この辺で、手打ちにしませんかね?
「この勢いのまま、勇者には魔王をも討伐してもらい……
大陸のすべてを奪回することも出来ましょう」
……やっぱりそうなるのか。
大層な目標ばかり立てやがって、先頭に立つのは俺なんだぞ。
ウィレム大臣の言葉に、気を良くしたアレクシス王はヒゲをさすりながら、
「そうなれば、わしはアーレンス大陸を統一した最初の王となるか。素晴らしい」
とニヤニヤが止まらない。曇らせたい、この笑顔。
「さようで……そしてゆくゆくは海を越えたエルフの大陸をも」
……なんだって?大臣?
「ふはは! エルフどもドワーフども、亜人類たちの地をもいずれこの手のうちに。
そのとき、我が名アレクシス・ディールス・ブラックは永遠のものとなろう……!」
……こいつら。
さらなる野望のために、俺を使いつぶそうとしている。
これまでも、そしてこれからも、俺には戦いの人生しかないというのか!?
それも、こいつらの野望いや欲望のためにか!!
オ……俺はキレた。
妖精さんも、<やっちまえ>とささやいてくる。
「人類統一国家アレクシス、その誕生も遠い未来ではないな……
ふははは痛ってええええええええええ!!」
「ど、どうなされました!?あ痛っだァーーー!?」
王の間から立ち去りながら、むしり取った30数本のヒゲを投げ捨てながら、俺は決意していた。
「こんなところに居られるか!俺はもう出ていく!」
そして自室に戻った俺は、
[ 体調不良につき、しばらくの間、休息させていただきます。
皆さまのご理解をお願いいたします。
シルダー ]
と書置きを残した。
実際、先日の戦いで魔軍三傑の一人に、左足の膝から先を吹っ飛ばされた。
回復魔法で元には戻ったものの……夜になって気温が下がると、膝は多少しくしくと痛むのだ。
なので全くの嘘ではない。
そもそもが日常的にダルイ、不眠、謎の声と、健康は既に損なわれていると言えよう。
そして俺は移動魔法を使い、人知れず姿を消したのだった。
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