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野良魂の行き着く先  作者: 冷水房隆
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序章

 空に雨雲が広がり、昼間だというのに薄暗い。

 時折、雷鳴が轟き、雲の間から閃光を発している。

 これが夏ならば良くある出来事だが、今は真冬である。

 市井の人々は、この珍しい現象に不吉に感じていた。

 それは、宮中の者達も然り。

 御膳房の女官である夕羽ユハは、同じ御膳房の宦官である楚智ソチと共に、不吉な空を見上げていた。

 ふたりは同じ13歳で、後宮入りも同じ時期だった為か、妙に馬が合い、一緒に行動する事が多かった。

 「今年は雪も少ないし、変な天気だね」

 夕羽が空を見ながら、そう云う。

 「本当だな。例年よりも寒くないから、僕達は助かるけどね」

 楚智も同意する。

 ふたりが見ている中、また閃光が走った。

 「ひゃっ! 近いね」

 夕羽は小さく悲鳴を上げる。

 「そこ! 何をしておる!」

 そこへ、御付きの下臈げろうを連れた膳司ぜんしが姿を見せ、夕羽と楚智を咎めた。

 「李膳司様!」

 その正体に驚き、ふたりは慌てて拝跪する。

 「神宮へ、御膳は御届け致したのか?」

 そう問われ、ふたりは蒼褪める。

 「その様子、未だ行っておらぬのだな!」

 「ひゃっ! 済みません! 只今!」

 夕羽はぴょんと身を起こすと、楚智の手を摑んでこの場を後にした。

 御膳房へ飛び戻ったふたりは、神宮へ届ける膳を手にし、宮中の裏手門を出て小高い丘の上を目指す。

 空は暗雲が垂れ込めており、時折雷鳴が起こっている。

 雨が降り出す前には宮中へ戻りたいと、夕羽も楚智も考えており、故に足は速まる。

 神宮の大鳥居を潜った所で、夕羽に衝撃が襲い、一瞬遅れで地を揺るがす程の雷鳴が轟いた。

 落雷だ。

 夕羽は雷に打たれたのである。

 「夕羽っ!?」

 楚智の声も遠くに聞こえ、夕羽はその場に沈み、ピクリとも動かない。

 異変に気付いた神司かむづかさ達が駆けて来るのを、夕羽は朦朧とする意識の中で眺めていた………………………



 ………………………

 「八雲、お前は3年生なんだぞ?」

 都内の公立中学校の職員室、3年6組の担任教師のデスクでの、そのやり取りは日常茶飯事で、週に一度は見る光景だ。

 「ヤダなぁセンセ、自分の年齢ぐらい知ってますって。そう強調しないで下さいよぅ」

 説教を受けている当の生徒、八雲快やくもかいは、何とも呑気である。

 担任は軽く溜め息を吐き、

 「お前、志望校は私立のR高らしいが、そんな事で行けると思っているのか?」

 そう投げ掛けた。

 「大丈夫ですってセンセ、俺かしこいし」

 ケラケラ笑いながら、快は返す。

 事実、快の成績はトップクラスである。

 「素行の問題だ!」


 たっぷりと叱責され、漸く解放されて職員室を出ると、クラスメイトの北方稔きたかたみのるが居た。

 「何だ、待ってたのか?」

 「ツレないコト云うなよ〜」

 快の言葉に稔は、大袈裟に悲感の表情をする。

 ふたりは顔を見合わせ、そして呵々大笑。

 昇降口へ向かい、歩きながら、

 「今度は何やったんだよ?」

 稔は訊く。

 「ちぃとな、三中の奴らと遊んだだけだ」

 快はそう答え、にやりとする。

 「三中? あっこに知り合いがいんの?」

 「オマエも知ってるだろ、竹中だ」

 「竹中」と聞き、稔は歩みを止めて、まじまじと快を見た。

 「は? いつから仲好くなったんだよ?」

 「知らね。向こうから遊ぼっつって来たから、遊んでやった」

 しれっと云う快の言葉を聞き、稔はその真相に気付き、大笑する。

 要するに、三中の竹中という生徒に喧嘩を売られ、快は買ったのである。

 「なる程な」

 云って稔は、快の肩に腕を回した。

 そこへ、「先輩!」と呼び掛けながら、女生徒がひとり、彼らに駆け寄って来る。

 彼女は2年3組に籍を置く、山村花梨やまむらかりんという生徒。

 花梨は彼らの側まで来ると、快の腕に絡み付いた。

 「どうしたんですか? こんな時間まで学校にいるの、珍しくないですか?」

 まだ幼さが残る顔を快の顔へ向けて、花梨は訊く。

 「てゆうか、また呼び出されたんですか? 今度はナニやったんですか?」

 彼女は矢継ぎ早に質問をする。

 「三中の連中と遊んだんだと」

 笑いながら、稔が答えた。

 「えーっ!? 他の学校の人と遊んじゃダメなの!?」

 花梨は顔を顰める。

 その言葉に、快と稔は呵々大笑。

 「カリンは可愛いなぁ」

 快はそう云いながら、彼女の頭を撫で回す。

 花梨はその手を払いのけ、

 「バカにしてませんか!?」

 上目遣いで快を睨む。 

 「してねぇって」

 「じゃあな」

 快と稔はそれぞれそう云って、笑いながら花梨に手を振り、この場を後にする。

 「心配してあげたのにっ!」

 そのふたりの背中に、花梨は怒りを打つける様に吠えた。

 花梨は、稔と同じ小学校出身であり、家も近い為に幼少の頃からの仲だ。その関係で、快とも話す様になったのだ。


 昇降口から空を見上げると、今にも雨が降り出しそうである。

 「よぉー、今日降るって予報か?」

 靴に履き替えながら、快が訊いた。

 「さぁ?」

 稔は首を傾げる。

 一週間の天気予報には雨マークはなく、今朝の予報でも降雨とは伝えられていなかった。しかし、この様に、予報が外れて急に天気が変わる事は珍しくはない。

 特にここ何年かは、温暖化が進んでいる影響か、四季から春と秋が消えた様に感じる事が多く、冬に台風が観測されたり、晩秋の11月に摂氏30度の真夏日になったりして、変な天気の日が多く目立った。

 それはさて置き、ふたりは、雨が降る前に帰宅しようと急ぐ。

 校門を出ると、他校の生徒が数人いた。

 その制服から察するに、第三中学校の生徒だろう。

 余り雰囲気の宜しくない者達だ。

 「三中が、何の用すか?」

 快は、開口一番にそう訊いた。

 おちょくる様な快の態度に、稔は彼の腕を摑んで止める。

 「ヤクモってのは、オマエだな?」

 その内のひとり、私服の男が一歩踏み出し、快を凝視しながらに云う。

 男はどう見ても年上で、高校生であろう。

 「はて、名乗る程の者じゃありませんよ」

 快はおどける。

 「なかなか、肝の据わったヤローだな」

 男子高生は口の端を歪めて笑い、そう云った。

 「大毅たいきさん、ソイツが八雲っス」

 三中の生徒達の中から、そう声が上がった。

 「へぇ、そうか」

 云いながら、大毅と呼ばれた男子高生は快に近寄る。

 「何スか? 雨が降る前に帰りたいんスけど」

 臆する事なく、快は云う。

 その後ろで稔が、ハラハラしながら事の成り行きを見ていた。

 「ザケたヤローだな」

 大毅はそう云って、快の胸倉を摑む。

 快は顔色ひとつ変えずに両手を挙げて、「暴力反対!」と大袈裟に云った。そして次の瞬間、彼は大毅の左脛を思い切り蹴り飛ばした。

 「ッ!?」

 不意の事と痛さに彼は目を白黒させ、快の胸倉から手を離した。

 その隙をつき、快は稔の腕を摑み、彼を引き摺る様にして駆け出す。

 「待て!」三中の連中は、突然の出来事に反応が遅れた。

 その間に、快と稔は逃げ果せた。


 学校から徒歩10分程の所に神社が在り、そこへふたりは駆け込んだ。

 調度そのタイミングで雨が降り始めた。

 ふたりは社の階段に腰を降ろす。

 この神社は高台に在る為、通りからは社の屋根しか観えない。

 ひと呼吸吐いてから、稔は口を開いた。

 「さっきの、竹中の仲間だろ? 高校生連れて来るなんてよ、ズリィ奴らだぜ」

 「多分、あの高校生、竹中の兄貴だ」

 快は、考えながら云う。

 「は? 知ってんのか?」

 「兄貴がいるってのは知ってた。見たのは初めてだけどな」

 快はふと笑い、横目で稔を見た。

 「何で気付いたんだ?」

 「あの、人を見下した笑い方、そっくりだぜ」

 「お、おぉ。云われてみれば」

 稔は、先刻の男子高生の、不敵な笑みを思い返す。

 「でも、どうすんだ? 兄貴が出て来んのは、厄介だぜ?」

 再度口を開き、稔は不安そうに訊いた。

 「関係ねぇよ」

 口調も軽く、快はそう返す。

 雨脚が激しくなった。

 時折雲の中で光り、低く雷鳴も聞こえる。

 「アーア、こりゃあ足止め食らったな」

 空を見上げ、快が云う。

 「もう梅雨に入んじゃね?」

 稔も空を見た。

 「梅雨は嫌いだ、クサクサする」

 快はそう云い、足元に落ちている石を拾うと、10cm程の先に立っている銀杏の木を狙って投げる。

 石は見事に、幹へ命中した。

 「っし!」

 軽くガッツポーズをする快。

 それを見て、稔は笑った。

 と、突風が吹き抜けて行き、彼らの背後、社の扉が軋みながら開いた。

 稔が先に気付き、肘で快を突く。

 快も振り返り、それを確認した。

 「何だ? 鍵開いてんじゃん」

 そう云いながら快は立ち上がり、社の中を覗く。

 「オイ快、止せよ」

 稔はそんな彼のシャツを引っ張る。

 「何だよ、イイじゃん。中がどうなってんのか、面白そうじゃん」

 快はそう云い、稔の手を払うと、扉を大きく開けて社の中へ入った。

 中には小さな白木の祭壇があり、青銅の鏡が置かれている。

 御神体だ。

 しかし快は、大胆にもそれを手に取った。

 知識が無い訳ではない。むしろ、知識があるからこそ、興味からの行動である。

 手に取って鏡を観察していると、不思議な感覚に襲われる。

 まるで、何かに囚われているかの様な、窮屈な変な感じだった。

 すると、物凄い音と共に、鏡が白く光った。

 「!?」

 驚き、我に返った快は、それを落としてしまった。

 鏡は重い音を立てて、装飾部を下に、板張りの床に落下すると、煤だらけの天井へ光を放つ。

 光は生き物の様に、天井をくるくると走り回わると、快を捕らえた。

 快は腰を抜かして、逃げ様にも動けない。

 鏡の光に包まれた彼は、身を縮め、頭を両手で守る様にし、この不可思議な出来事が過ぎ去るのを堪え忍ぶ事しか出来なかった。

 と、次の瞬間、圧し潰される程の圧力を全身に受け、遂には気を失ってしまった………………………



 ………………………軈て、目を覚ました快は、見知らぬ空間に居た。

 何処だ?

 身を起こそうとして、全身の痛さに思わず声を上げた。

 「ッ!?」

 違和感。

 全身の痛さもそうだが、出した自身の声にも驚いた。

 今のは何だ? 自分の声か?

 そう思い、

 「誰か!?」

 もう一度声を出し、周囲へ問い掛ける。

 やっぱり変だ………

 混乱する。

 自分の声じゃない?

 快は、気を失う前の事を、必死に想い出す。

 社へ入り、御神体の鏡を手にしていた事を、想い出した。

 そんならここは、神社の中?

 イヤ、何だか違う気がする。あの神社なら広過ぎだろ。

 じゃあここは、何処なんだ?

 全身の痛みも忘れ、快は寝床を抜け出しながら、「稔」と、親友の名を呼ぶが、当然ながら返事はなかった。


 

 

 

 


 

 

   

 

 

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