60 エレナ、大ピンチ1
さて、重大なことに巻き込まれそうな王女たちは未だ図書室でお勉強中だ。あまりにもたくさんの本があるので、お互いに読んだ本を後から教え合うことで話はまとまった。護衛についているエレナとイネスは二人のそばでじっと待つしかない。しかし、図書室の静けさも、退屈な待ち時間もエレナには苦痛でしかない。自国の図書室でさえ滅多に行くことがないのに、何が悲しくて他国の図書室で時間を持て余しているのか自問自答していた。ルイーズたちが談笑に入った頃、リバー王国の従事がイネスへ要件を伝えにやってきた。
「クロエ様も今から会談へ参加して欲しいそうです。ブロッサム王国に関わることのようで。」
「では、参りましょう。陛下を待たせるわけにはいきませんもの。」
「あら、そうですの?私はもう少しここに残っていてもいいのかしら?」
「私がクロエ様にお供いたします。ソフィア様はこのままこちらでお待ちください。」
エレナはこれ幸いとばかりに図書室からの脱出を試みる。イネスはやれやれと思いながらも、適任だと考えエレナの提案に同意した。裏稼業に精を出しているユーゴもすぐに戻るし大丈夫だろうと、イネスがソフィアと残ることに決めた。
「では、こちらへどうぞ。」
従事の後ろにクロエ、続いてエレナが付いて行く。図書室からだいぶ離れたころ、エレナは従事の案内が会談する部屋への最短コースでないことに気づいていた。そして不審な気配がいくつか後ろにいることも。
「クロエ様、お茶をするにはいいお時間でございます。」
クロエの背後からエレナが合図を出す。
「ええ、そうね。」
背中側に緊張を背負ったクロエの返事を聞いて、従事から見えない位置のエレナは、歩きながら器用にクロエの背中に文字を書く。
『逆へ曲がれ』
クロエが小さく頷いた。
従事が左へ曲がる。クロエが素早く右へ曲がると同時に、エレナは前を歩く従事の首元を打ち気絶させ、すぐに右へ曲がったクロエの手を引いて駆け出した。チッという舌打ちと共に追ってきたのはマウンテン王国の護衛が三人。
「クロエ、走らせてごめん。」
「かけっこは得意ですから問題ないわ。」
(突き当りは上下への階段、どちらへ行く?なるべく人がいそうな場所まで降りよう。)
そうして下を選んだエレナだったが、上の階に行けばルイーズたちがいることをすっかり失念していた自分をぶん殴ってやりたい気持ちだった。
下へ逃げると予想していたのか、マウンテン王国の護衛が剣を抜いて登ってきている。登ってきた護衛をエレナは躊躇なく一人、二人と切り倒して行く。四人目を切ったところで、後ろから追ってきていた護衛の一人がエレナの腕を掴んだ。その衝撃でエレナはつんのめって体制を崩すが、なんとか踏ん張ってエレナを掴んでいる腕に切り込む。その時、追ってのもう一人が隙のあるエレナの脇腹を刺した。エレナは刺した護衛の腹を蹴り倒し、クロエを自分の後ろに下がらせると、自分に差し込まれた剣を掴み、迷いなく抜き取り投げ捨てた。護衛は引く様子はなく、エレナは崩れそうになる足に気合を入れて体制を整える。
「エレナ姉様!」
「大丈夫。大丈夫ですから、王女様はご自身のことだけお考えください。」
エレナの白い服はどんどん赤く染まっていく。足元にまで血が落ちてきて、その足はしっかりと立っていられない状態だ。
「いいえ!大丈夫なわけないでしょ!!あなたたち、私がブロッサム王国の王女とわかってのことですか!自分たちがしたことの愚かさがわからないの?私を襲うということはブロッサム王国を襲うことに等しいということを!」
膝から崩れそうになるエレナをクロエは庇うように支えて、少しでも止血しようと傷口を華奢な手で押さえつける。そして、追い詰めてくるマウンテン王国の護衛に怯むことなく、国の代表として大きな騒ぎにはしたくないクロエは、大声ではなく覇気の込められた声で抗議をした。
「愚かで結構。こっちにも事情ってもんがあるんだ。あんたをマウンテンへ連れていけば一生遊んで過ごせるしな。まったく手こずらせやがって。連れて行くぞ!」
護衛が二人を引き剥がそうとする。
ーもうダメ!兄様助けて!!
そう思った瞬間、不意に親指の指輪から青い魔法陣が二人を包み込み、強い光を放つと残党の前にはエレナの血だまりだけが残っていた。
「どうなってる!?どこへ消えた?」