6 授けの儀2
「意外と時間がかかったわね。さぁ、こちらに来てちょうだい。」
明るい部屋に出たソフィアたちに、声をかけたのはルイーズだった。
その先の祭壇らしき前には、夕食で顔を合わせた豪華メンバーが揃っている。
「ここはどこですか?」
エレナは警戒を解かずにソフィアを背中に隠したままだ。
「そうピリピリしなくて大丈夫よ。ここはモンターニュ王家にとって重要な儀式をするための秘密の部屋よ。これから『授けの儀』を行うのよ。」
「ピリピリもするっての。狸の仲間は狸だからね。」
冷たく低い声でエレナが答える。普段、馬鹿がつくほど正直なエレナは、感情が表に出ることを悪いとは思っていない。レオナルドからは顔にも声にも髪の毛1本にも感情を出すなと教えられたのに。
「ルイーズ姉様は狸ではないわよ?」
ソフィアはエレナが守ってくれている背中に手を当てて、見せてはいけない怒りを鎮めるように声をかける。エレナは警戒を続けながら、ルイーズが促すところまで前に進み出た。
国王の後ろに控えている王妃は、申し訳なさそうにソフィアたち、いや、特にエレナを涙目で見つめている。
「これより国王セオ・モンターニュの名において『授けの儀』を行う。品を前に。」
オリバーが赤いベルベットのトレーに置かれた首飾りを持って、国王へ近づく。
「ソフィア、前に。」
エレナは、何かあれば隠し持っている短剣で、斬りかかる準備ができているような殺気を放っている。多勢に無勢ではあるが、エレナの潜在能力は国一番。やれないこともないだろう。
ソフィアは、横に立つエレナの背中にもう一度手を当ててから、戸惑いながら国王に近づいた。
「歴代の聖女に与えられた首飾りを授けよう。そなたに降りかかる厄災を祓う時に役立つだろう。」
差し出された首飾りはプラチナの土台の中央に大きなサファイアが埋め込まれ、その周りを小さなダイヤモンドが輝いている。その首飾りを国王が首につけてあげると、オスカーが近づいてきた。
「ソフィア・モンターニュ、愛する人、愛する国のために祈ると誓いますか?」
ここは「はい」一択だろうと思って「はい!」と元気よく答える。
「契約を締結します。」
その瞬間、サファイアから青い光が立ち上り、そして光の元へ戻っていった。ソフィアは先ほどよりも青みを強めたサファイアを純粋に綺麗だと思った。
「ソフィ、下がっていいよ。」
訳のわかっていないソフィアにオスカーが微笑む。
「エレナ、前に。」
ソフィアが下がると同時に、エレナが国王に呼ばれる。エレナは先ほどと打って変わって、何の感情も写っていない瞳で前に進み出る。国王は、今度はフィンから剣を受け取る。
「勇者にのみ与えられる剣を授けよう。お爺様の歴戦を受け継ぐ剣だ。そなたが守りたいと思う者のために使うことを許そう。」
シルバーの細身の剣には、ガードの中央に大きめのエメラルドとその両サイドに小さめのルビーが二つ埋め込まれている。
エレナが受け取ると、先ほどと同じようにオスカーが問いかける。
「エレナ・モンターニュ、大切な人を守るために剣を抜くと誓いますか?」
沈黙
「エレナ?」
「自分のためには抜けないということですか?」
オスカーが困った顔をする。
「そうだね。そうとも取れるね。エレナ、契約しなくても剣を授けることはできるんだよ。」
「おい、オスカー!」
オリバーが止めようとするが、オスカーはそのまま話進める。
「エレナが足かせと感じるなら、契約はしなくてもいいよ。」
「オスカー兄様には逃げ道を作ってもらってばっかりだね。」
「私は、魔法師の前にエレナの兄さんだろ?エレナの逃げ道くらい作ってやれなくてどうするんだい?」
「ありがとう。本当にありがとう。これは素直に言っているのよ。この半年、『岩』のオスカー兄様との時間が私の唯一の希望だった。」
「ねぇ、エレナ。攻撃は最大の防御ともいうだろ?エレナの思う『守る』でいいんだよ。この剣はエレナの思考や感情とシンクロする契約を施すからね。」
「そう。」
少し考え込むエレナ。
「狸よりは信じられる剣だといいわね。どうせ誓うしかないんだし、YESよ。誓います。」
オスカーは寂しそうに微笑み、宣言した。
「契約を締結します。」
エメラルドからも緑色の光が立ち上り、そして光の元へ戻っていった。
美しいエメラルドを見ても、エレナの表情は曇ったままだ。
「これにて『授けの儀』を終了とする。」
その合図と同時に、エレナがおもむろに剣を抜いた。
「ひゃ!」
ソフィアは変な声を上げ、エレナの手を掴んだ。
エレナはためらいなく自分の親指の先を切っていた。
ポタポタと流れ落ちる真っ赤な血を眺めている。
「なんだ、自分も切れるんだね。くだらない契約をされたもんね。人を守るために抜くしかない剣ね。私のことは誰が、何が守ってくれるのよ。望んでもない宿命を背負わせて。ここに戻ってこれたら契約を解いてもらうからね。」
剣に向かって吐き捨てたエレナは、泣き出していたソフィアの涙を切れていない親指で拭きとってあげる。
「この人達はね、ソフィなら訳がわからなくても誓うと思ったんだ。そうすれば、私はソフィを守るために誓うしかなくなるとわかってて、先にソフィの契約をしたんだと思うよ。」
誰も何も言えなくなった。
「さぁ、このクソ面倒なことの元凶へ会いに行くとしようか。せっかくありがたーい剣を授かったんだし、あのおいぼれ狸の首でも取ってこようか。」
(儀式が済んだということは、あの扉はまた開かれているような気がする。)
「ソフィ、戻ろう。」
まだ涙が止まらないソフィアの頭を撫でながら、行きと同じように手を引いて、また暗闇の道を引き返した。エレナが思った通り扉が見えたと思ったら、イネスが鬼の形相で勢いよく扉を開けた。すぐに私たちを引っ張り出してバンッ!と怒りをぶつけるように扉を閉める。
「エレナ様!馬鹿だ、馬鹿だと思っていましたが、ここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ!」
イネスは本気で怒りながら、エレナの手当てをその場でした。
「イネス、馬の用意はできているの?すぐに出るよ。」
エレナは苛立つイネスを気にもせず、勝手知ったると思っていた城の入口へ歩いて行った。イネスは一つため息を吐き出すと、まだ涙が止まらないソフィアを抱きしめて耳元で言った。
「エレナ様はたまに馬鹿をしますが、勇者になるお方ですから大丈夫ですよ。」
「エレナが大丈夫って、そんなの誰が決めたの?エレナは全然大丈夫じゃない。」
イネスは泣き続けるソフィアの背中をさすってくれた。