3 ツンデレのツン
(ユーゴが来てるの?)
ソフィアが城の方を気にすると、音もなくユーゴが庭に入ってくる。ユーゴはレオナルドが国王時代からの側近で、いつもポーカーフェイスを貼り付けているので喜怒哀楽が見えにくい。つかみどころがないのでソフィアは少し苦手に思っているが、エレナはそんなユーゴでもおかまいなしに話しかける。
「とうとう自分で馬にも乗れないご老体になって、馬車に揺られて来たの?イネス、かわいそうなユーゴに椅子を出してあげなよ。」
またユーゴいじりが始まった。エレナはこれまでも何度となくユーゴのポーカーフェイスを崩そうと挑んでいる。
「これはこれは、どこの子猿が椅子に座っているかと思いましたら、エレナ様ではございませんか。ようやく椅子を使うことを覚えられたのですね。ユーゴは大変嬉しく思います。」
微笑んでるけど笑っていないユーゴがサラリと受け流すと、ルイーズはお腹を抱えて笑っている。
「ユーゴ、すまないね。エレナはユーゴと仲良くなりたいだけなんだよ。」
これまたオリバーが見当違いなフォローをするので、ルイーズはますますおかしくて仕方がない。
「オリバー様、お気になさらないでくださいませ。エレナ様のお遊びにお付き合いするくらいには、仲良くさせていただいております。」
そう言われてしまうと、オリバーは困り顔で紅茶を飲むしかない。
「ユーゴ、お久しぶりですね。お元気そうで嬉しいわ。ユーゴが来たのは戴冠式の件に関係しているの?」
「ソフィア様、お久しぶりでございます。ソフィア様もお元気そうでなによりです。急で申し訳ございませんが、お二人とも明日の夜明けには出立していただきます。ひとまずトラストへ向かい、その後ブロッサム王国で五日ほど滞在していただきます。その後のスケジュールは、ブロッサム王国でレオ様よりご説明するとのことでしす。」
「まぁ、お爺様もリバー王国へいらっしゃるの?」
「レオ様はすでにブロッサム王国に入られ、一ヶ月ほど外遊された後、砦に戻られます。」
「あら、残念。ところで明日の出立として、荷物の準備は大丈夫かしら?どれくらいで戻れるの?」
「移動も含めて二週間程度で戻れると思いますが、詳しくはレオ様と会われてからになります。」
「なーにが、『ペコっと挨拶してくるだけ。』よ。」
エレナはルイーズに冷めた目線を向ける。
「まぁまぁ、エレナ。国外に出るのは久しぶりだろ?それにリバー王国に行くのは初めなんだから観光すると思って、ね?」
オリバーが王子スマイルでエレナを宥める。
「そうよ、エレナ。ブロッサムにも小さい頃に行ったきりよ!本当に昔のこと過ぎて、ほとんど覚えていないの。私、ワクワクしてきたわ!」
「はいはい、ショッピングでもなんでもお伴しますよ。」
ソフィアは優柔不断なので、エレナが一緒に付き合わないと、ハンカチ一つ選ぶのにも何時間とかかってしまう。エレナからしたら、ハンカチの生地がなんだろうがどうでもいいタイプだ。しかしソフィアは、ハンカチに刺す刺繍をイメージして選ぶので、生地にだってこだわるタイプだ。
「そうそう、エレナ。リバー王国にはチャーリーとクロエも行く予定だから、ブロッサムからは一緒だよ。」
ルイーズからようやくエレナに朗報が届けられた。
チャーリーとクロエは、お隣同盟国の第二王子と第一王女だ。そもそも、フォレスト王国はブロッサム王国としか交易を行っていないのだ。そして、ブロッサム王国を通り抜けないとリバー王国にはいけない。
なぜブロッサム王国と同盟国なのかというと、フォレスト国王の妹フローラが王妃として嫁がれたからだ。ソフィアたちからしたら叔母にあたる方が王妃をしている国なのだ。今でも、レオナルドは娘が別の国に嫁いだことに小言を言っており、当時はシャレにならないレベルでキレた。
フローラが友好の架け橋となり、国境に両国共同で築いた商業地トラストがある。『トラスト:信頼』と名付けた街は、関税なく取引が行える場所だ。ソフィアたちは、ひとまずそこを目指すことになる。
「それじゃ、一番いい馬を連れて行かなきゃ!チャーリーと競争するからね!姉様、話はこれでおしまいだよね?私、馬を見に行かなきゃいけないんだけど。」
機嫌が直ったエレナは、ルイーズが頷くと同時に勢いよく駆けて行った
「待って!私も行きたい!」
ソフィアは皆に一礼して、エレナの背中を足早で追いかけていった。
二人を見送ったオリバーは国王へ報告に行くと言って席を立ち、ルイーズはユーゴと打ち合わせをするようで、城の敷地内に併設されている上官用の隊舎へ移動していった。
「さてと、エレナが何かを感じ取ってるわね。勘がいいのも困りものね。」
ルイーズはユーゴに座るよう促して、秘書が入れた紅茶を飲んでいる。
「左様でございますね。ルイーズ様も今回の件では、さすがにレオ様ともめたご様子で。」
「当たり前でしょ。この国の宝をみすみす失うかもしれないのに。」
「そうならないように、私共が控えておりますので、そうレオ様に辛く当たらないでくださいませ。」
「まあ、決まったことだから仕方がないし、宝は私たちが守るしかないわね。夕食まで時間もあるし、予定の確認でもしましょうかね。」
難しい顔をした二人の会議は日が傾くまで続いた。
一方のエレナは、信頼のおける馬を確認し終えて満足げだった。城へ戻ろうとした時、馬を戻しに来た騎士団の男と目があった。ソフィアがその男に声をかける。
「あら、リュカ殿ではありませんか。お勤めご苦労様です。」
「これは、ソフィア様。ありがたきお言葉。エレナ様もお変わりなく。」
「ええ、お変わりなくニート暮らしで、皆の働きで食べさせてもらっているよ。」
「エレナ様のお役に立てているなら何よりです。」
リュカは嬉しそうにエレナを見つめるが、エレナはその言葉が気に入らなかったのかそっけない。エレナは何も話してくれないが、ソフィアはちゃんとエレナの気持ちをわかっている。リュカはルイーズ率いる第一騎士団の所属で、ルイーズの右腕として尽力している。今日もルイーズの馬の調整を済ませて戻ってきたようだ。
「じゃあ、もう行くよ。ちょっと忙しくなるんでね。そっちも頑張って。」
「あら、もう少しくらいお話ししてもいいじゃない?」
ソフィアがせっかく気をきかせているのに、グイグイと背中を押されて城の方へ戻される。
リュカは二人を見送ると、馬を受け取りにきた世話人に尋ねた。
「エレナ様はいつもの馬を見に来たのか?」
「ええ。なんでもブロッサム王国まで行かれるようで、しっかり休ませてくれと頼まれました。」
「そうか、よろしく頼む。」
「かしこまりました。」
リュカはざわざわと嫌な感じがしてならなかった。