24 恩人
トントン。
「はい、どうぞ。」
私室で書き物をしていた王妃フローラの元に、先ほどチャーリーが走らせた騎士が手紙を携えてやってきた。
「失礼いたします。チャーリー様より急ぎの知らせをお持ちしました。」
「あら、チャーリーは出掛けているの?」
「はい、クロエ様がピクニックへ出掛けられましたら、護衛を引き受けるということで、同行されております。」
(護衛ねー。さぼりでしょ?あの子たち、ソフィアたちを迎えに行ったわね。)
「そう、ありがとう。手紙をこちらに。」
侍女が騎士から手紙を受け取り王妃に手渡すと、騎士は深々と頭を下げて退室していった。
「さてと、どんなお知らせかしらね。どうせ、大したことじゃないと思うけど。」
『親愛なる母上
クロエのピクニックへ同行していたら、ソフィアとエレナにたまたま会ったので、一緒に帰ります。ティータイム頃の到着になる予定です。
フォレスト王国から砦のアルス様とアルム様をお連れいたします。
エレナから『お爺様には夕食の時まで内密にしてください。』とのことでした。
チャーリーより愛を込めて』
「なんですって!!」
「いかがなさいました!?」
王妃の手紙を持つ手がプルプルと震え、興奮した頬が桜色に色づく。
「大変、ツインのお部屋をすぐに準備して!私の恩人がいらっしゃるわ。お二人ともお年を召されているから、一階の庭が見えるシックなお部屋にしてちょうだい。今日のティータイムは、〈春の庭〉に準備させてちょうだい。お夕食の人数も忘れずに増やしてね。私は陛下のところへ寄ってから庭の確認に行きます。くれぐれも父上には気づかれないでちょうだい。絶対によ。」
「か、かしこまりました!ただちに!!」
春の女神とまでいわれる王妃が、ここまで慌てることは滅多にない。これは一大事とばかりに、侍女たちがアリの子を散らす勢いで持ち場へ移動する。しかし、さすが王宮の侍女は急いでいても所作がうるさくない。
「陛下は中よね?開けてちょうだい。」
「申し訳ございません。ただいま宰相殿と会談中でございますので、面会は後にするように仰せ付かっております。」
王妃が国王の執務中に面会を申し込まれるのは珍しく、扉の両側に配備されている騎士が一応断ってみる。
「今、開けて欲しいの。一大事だから。」
「かしこまりました。少々、お待ちくださいませ。」
トントン。
「なんだ、後にしろと言っただろうに。」
騎士が説明しようと少しドアを開けると、その隙間から王妃が滑り込んでいった。
「ごめんなさい、陛下。でもね、緊急事態なの!」
「どうしたんだい、フローラ?そんなに慌てて君らしくない。」
国王と宰相は、フローラの只事でない雰囲気で仕事を止める。
「今日、ソフィアたちがくるでしょ?チャーリーが執務をさぼって迎えにいってるんだけど、そんなことはどうでもよくて、あの方たちがいらっしゃるのよ!」
(いや、さぼってるのはどうでもよくないだろ。)
やれやれ顔の二人は、チャーリーの性格はモンターニュ家の血筋だと確信している。
「フローラ、本当に落ち着いて。あの方たちとは?」
「アルスにアルムよ!私たちの恩人の!!」
「なんだってー!!」
「いやいや、二人とも落ち着いて。どなたですか?」
そう、アルスとアルムはフローラが結婚を猛反対されたとき、レオナルドを黙らせてくれた恩人と呼べる人たちだ。二人がレオナルドを言いくるめてくれなければ、ブロッサムへ嫁ぐことは叶わなかっただろう。
「ああ、結婚を許す代わりにポンコツ王を押し付けてきた時のことか?」
「あの時は戦争になる寸前だったよ。しかもひよっこだった私が指揮をとったら、完敗しただろうなー。ポンコツ王を引き取るくらいで戦争を回避できた上に、フローラが来てくれたんだからお安い御用だったよ。」
「二人が、『戦争になれば娘を失う。隣の国でも生きている方がいい。娘がブロッサムに行けば、より平和になる。』と予言がどうだこうだと言いくるめてくれたの。ポンコツ王を押し付けてしまった形になったのは、戦争を回避したいけど他国に娘を渡したくない父上なりの抵抗だったのよ。」
(あー、あの爺様、キレるとやばそうだからな。)
宰相はレオナルドが年老いたからといって、丸くなったなど思っていない。今でも隙をみせず、必要に応じて気配すら消す、衰えない先読みのセンスもさる事ながら、退位後も命をかけて国を背負う覚悟には敬服すらしている。
「ティータイムには到着するってことだから、陛下もお出迎えに降りてらしてね。ということを急いでお伝えしたかったの。」
「よし、恩に報いるためにも、盛大に持て成そう!」
「あっ、父上が港の視察から戻るのは日暮れ前だったかしら?くれぐれも父上には気づかれないでちょうだいね。エレナが内緒で連れてきたみたいなの。我が姪っ子ながらやるわよね。面白くなってきたわ。さて、そろそろ失礼いたしますわ。お二人のお邪魔をして申し訳ございませんでした。また後ほど。」
すっかり春の女神に戻った王妃が、満開の微笑みを部屋に残していった。残された二人はというと、春の嵐の余韻に浸っている国王の意識を、宰相が現実に戻すところから始まるのだった。
(さすがフローラ様。チャーリー様の母上なだけある。)
宰相は、外交を任せる予定の第二王子の血筋に、若干の不安を覚えたのだった。