23 ピクニック
アルスとアルムによる活劇のような昔話を聞いているうちに、あっという間に昼が近くなっていたその時だった。
ドドドドド。
「エレナ様、馬が参ります。お下がりください。」
行く手から馬の足音がすごい速さで迫ってくるので、ユアンはエレナを庇うように馬を前に出して警戒する。
「エレナー!エレナー!」
エレナはユアンの後ろから、目を細めて近づいてくる馬をよく見ようとする。
「チャーリー?チャーリーじゃない!」
チャーリーはユアンの馬の少し前で速度を落とし、見事な手綱捌きで馬を止めた。
「エレナ、よく来たね!待ちきれなくて迎えに来たよ!!」
「そりゃ、出迎えは嬉しいけど、第二王子ってそんなに暇なの?」
第二王子のチャーリーは兄が王位を継げば、外交官として兄を支えていくことが決まっている。チャーリーはオスカーと同い年で、十三歳から三年間フォレストに留学していた。物怖じしないエレナとは気が合うらしく、会えば剣の手合わせや馬で遠乗りなどして遊んでいる。
「いやー、暇がつくれなそうだったから抜け出してきた。今頃、空っぽの執務室で大騒ぎしてるんじゃない?」
「やるじゃん!」
エレナはチャーリの横に馬をつけて、腕ををバンバン叩いた。
ユーゴが先頭まで移動し、馬から降りてチャーリへ頭を下げる。
「王子自らお迎えいただき、光栄に存じます。」
「ユーゴ、長旅ご苦労だったね。王都はもうすぐだからね。その先で昼食の準備をさせているよ。ソフィアー、クロエもその先に来てるからねー。」
「チャーリー様、お迎えありがとー!」
馬車の窓からソフィアが顔を出して、手を振っている。
「あのさ、ソフィア以外にお客さん連れて来たんだけどいいかな?」
「お客さん?そりゃ、エレナの知り合いなら全然かまわないけど。」
「ばあちゃん二人なんだけど、冥土の土産にブロッサムを見せてやりたくてさ。」
「もちろん大歓迎だよ!ブロッサムの印象を聞くのが楽しみだな。」
「あー、そう言ってくれると助かるよ。フローラ様とは面識あるらしいからさ、うまいこと頼むよ」
「任せとけって!昼食の間に、母上に使いを出すよ。」
「砦のアルスとアルムって言えばわかると思うから。くれぐれも、爺様には内緒で。驚かせたいからさ。」
「OK!面白くなってきたー。やっぱ、エレナと遊ぶのは最高に楽しいな。」
二人の交渉が成立したようなので、ユアンは先頭をチャーリーとエレナに譲って、ユーゴの横に移動した。
「こちらの王子もなかなか側近泣かせみたいですね。」
「そうだな。だからエレナ様と気が合うんだろ。」
「確かに。」
「ただ、王子にお迎えいただいたことで、逆に目立って王都まで行きやすくなるな。」
「それもそうですね。」
五分ほど馬を進めると、王国の美しい馬車と数名の騎士が出迎えてくれた。
「クロエ!会いたかったわ!!」
「ソフィア姉様、私も!」
二人のお姫様がそれぞれの馬車から降りて、両手をとって喜び合っている横で、お互いの侍女が挨拶をしている。クロエはソフィアたちの二つ下で、妹のように可愛がっている。クロエも本当の姉のように慕っている。ソフィア達が国外に出れないので、クロエは毎年夏になると一ヶ月程度をフォレストのお城で過ごすことにしている。会えない間も手紙のやり取りを続けているので、お互いの近況は把握できている。。微笑ましい再開の後ろから、老婆たちが御者の手を借りてゆっくり馬車のステップを降りてくる。
「チャーリー、クロエ、紹介するよ。こちらがアルスで、こちらがアルムだよ。ローブの留め具が違うから目印にするといいよ。」
「「チャーリー様、クロエ様、お目にかかれて光栄です。」」
「よろしく、アルスにアルム。私も母上の古い知り合いに会えるなんて光栄だよ。」
「ようこそブロッサムへ、歓迎いたしますわ。」
「母上にはお二人のことを知らせる使いを走らせたから、心配しないで城に来ていいよ。」
「お気遣いいただき、感謝いたします。」
それぞれに挨拶を済ませると、ピクニックの祭典ですか?というような、テントの張られたテーブルへ案内された。
「さあさあ、お昼にしようよ。」
「抜け出して来たわりには、豪華ピクニックだね。」
「だろ?昨日クロエに、こっそり迎え行ってくるって言ったら、自分だけずるいって言われてさ。ピクニックの段取りをするから、それに紛れこませてあげるだってさ。」
「さすが、クロエだね。その歳でこんなに立派なピクニックを段取りできるなんて、マジで大したもんだ。」
「ありがとう、エレナ姉様。だって、お兄様だけ迎えに行くなんてずるいでしょ?私だって待ちきれなかったんだもの。」
「二人が迎えに来てくれて嬉しいよ。」
エレナはぎゅっとクロエを抱きしめて、ピクニックのお礼を言った。エレナにとって年下はクロエだけなので、特別可愛い従姉妹だ。
皆が席につくと、侍女たちがテキパキと人数分の食事を準備していく。お互いの国の状況など、若い担い手たちが国の未来を語り合う姿を見て、老婆たちは美しい宝石を眺めているような幸福感に包まれている。風がテントをパタパタ揺らしながら、ちょうどいい日差しの中でピクニックを楽しんでいる。時折、トラストへ行き交う馬車から声をかけられたり、手を振られたりする。
(ああ、いい国だなー。)
エレナは他国に来て、ようやく平和というものがなんなのか、わかってきたような気がしていた。