20 出発
翌朝は快晴。昨日の残りのローストチキンとサラダはサンドイッチに変身し、スクランブルエッグを添えて、新鮮なオレンジを絞ってジュースをつくれば、立派な朝食だ。夕食はみんな揃ってがこの家のルールだが、朝はそれぞれに忙しいので、食べれる者から食べて、持ち場へ戻っていく。
エレナも大切な馬の準備に余念がない。さすがに紋章入りの服でブロッサムへ入国するのは目立ちすぎるので、今日は誂え物の乗馬服を着ている。ボウタイ付きの白いブラウスの上に、お尻まですっぽり隠す紺色のフロックコートを羽織っている。フロックコートの襟は金糸で縁取られ、コートを止める金ボタンが華やかさを演出しているが、派手になりすぎないよう下はシンプルな白いパンツに黒のブーツを履いている。
一方のソフィアは、花の国に行くのだからとラベンダー色のドレスを選んだ。シルクタフタのドレスはパリッとした張り感と適度な光沢感があり、もともとシワ感が表情を生み出す素材なので長時間座りっぱなしの旅にはぴったりなのだ。デコルテから肘までは上品な白のレースで覆われ、肩を出さない清楚な印象のドレスになっている。
部屋では旅支度のイネスがどんどんトランクに荷物を詰めていく。あれだけ広げてあった女性物の荷物がぴったり収まる様は、魔法使いなのかと思ってしまう。ユアンは大量の荷物を飲み込んだそれらのトランクを軽々と担いで階段を往復する。外では御者が、トランクを器用に馬車の後ろに積み上げて縛り付けていく。馬車の準備が済んだ頃、久しぶりの旅に浮かれた星の民が正装で現れた。
「いつでも旅に出られるように備えているって言っただろ?」
旅慣れた二人の荷物は少なく、それぞれ小さめのトランク一つにまとめていた。正装の灰色のフード付きのロングローブは、銀糸で品のいい縁取りがされキラキラ輝き、年老いてもシミのない白すぎる肌を隠している。
「この銀糸はね、オスカー様が魔法をかけてくれたものをいただいたのさ。フードを被っている時は、瞳の色がグレーに見えるようにね。」
「そう?オスカー兄様、失敗したんじゃない?昨日と同じ綺麗な瞳をしているよ。」
「ふふふ、エレナ様は守護の力が強いから、これくらいの魔法じゃ惑わされないのねー。」
「そうなの?よくわかんないけど。じゃ、そろそろ行こうか?」
楽しそうな馬車組が四人になったので、馬も四頭立てにパワーアップした。年老いた旅人を想えば、少しでも早くブロッサムへ着きたいところだ。
昨晩の打ち合わせ通りの配列で出立する。急遽、仲間が増えた御一行は、街の賑わいを見ながらブロッサム王国側の街へ入国した。入国の際は一応、関所のようなところで国が発行している通行証を提示する必要がある。急遽人数が増えたにも関わらず、抜かりのないユアンが人数分の通行証を見せ、入国手続きを済ませてくれた。ブロッサム側の露店も栄えていて、物珍しい食べ物やお土産に良さそうな小物などが所狭しと並んでいる。エレナも他国の世界に興味津々で、ユアンにあれこれ質問をしている。もちろんソフィアも馬車の窓に鼻がくっつくくらいに近づいて、露店を見ながらキャーキャー言っている。賑わいを肌で感じながら進んでいくと、ようやく落ち着いた住居エリアに入り、人々の生活を垣間見ることができた。住居エリアの道もきちんと整備され、目立ったゴミもなく、目に入る路地裏でもホームレスを見かけることはない。
「貧富の差がないとは言わないけど、国づくりが安定しているんだね。」
エレナの口から自然とこの街への感想がこぼれた。
「ええ、ブロッサムもフォレストと同じように孤児や貧しい者に対して一定の生活補助が成されていますので、治安がいいと言っていいでしょう。」
ユアンが補足程度にブロッサムの状況を説明しながら進んでいく。住居エリアも抜けると、先ほどの賑わいが後ろの方に小さくなって、一行がトラストを抜けたことに気づかされた。ここからが本当のブロッサム王国の始まりなのかもしれない。