11 マダム・アテナ1
「お姫さん、ボケっとしてないで中へお入りなさい。」
ソフィアが声に驚き後ろを振り返ると、それはそれはゴージャスなマダムが馬車から降りて立っていた。手入れのされた薄めの金髪で、大きな内巻きカールの前髪はおでこを全開にしてセットされている。サイドからも大きめのカールを後頭部へ向けて結いつけ、後頭部で集まった髪の毛を後れ毛なく結い上げている。仕立てのいい黒のベアトップドレスは、上半身をぴったりと包み体のラインを強調し、腰から裾へ流れるように絶妙なバランスで黒から白へ切り替えられている。上半身のタイトさと反対に腰から下は、裾へ向かってふわりとゆとりを持たせ、地面すれすれで優雅に泳いでいる。真っ赤な口紅からは女性としての色気、黒い華奢なハイヒールからは自信みなぎるやり手感も半端ない。まさに美人にしか許されないスタイル例と言うべきか。しかし、只者ではない人の前でもソフィアはソフィアだ。長旅を感じさせない笑顔でご挨拶をする。
「お美しいマダム、お恥ずかしいところをお見せいたしました。ソフィア・モンターニュでございます。旅に不慣れでしてこの町に圧倒されていたようですわ。」
品良くドレスをつまみ、優雅な挨拶は一撃必殺。
「あらやだ、なんて可愛いいの!私にもこんな可愛い娘がいたら、トラスト中の仕立て屋から全てのドレスを買ってあげていたわね!!」
「今からでも買っていただいてよろしいのですよ。」
興奮するマダムからソフィアを守るような立ち位置に、小さな声でイネスが割り込んだ。
「これはこれは、マダム・アテナ。本日はご不在と伺っておりましたが、いかがなさいましたでしょうか?」」
「あら、私の家にいつ帰ってもいいじゃないの。そんなことよりソフィ、私とお茶でもしましょうよ?」
「失礼ながらマダム、ソフィア様とお呼びください。」
「あら、ソフィでかまいません。マダムがお屋敷の主人でございましたか?お会いできて嬉しいですわ。短い間ではございますがお世話になります。もちろんお茶も喜んでご一緒させていただきますわ。」
「ほら、ソフィがいいって言ってるじゃないの。さぁさぁ、この地味な怪力はほっといて、サロンへ行きましょ。」
マダムはイネスを無視してぷいっと屋敷へ入って行ってしまったので、ソフィアもいそいそと後をついて行った。イネスが何とも言えない表情で二人について行こうとした時、巡回から戻っていたらしいエレナから送られる『変なの〜。』みたいな目線に気づいた。
「ママは私が可愛くないの?って聞いてやればいいのに。」
「えっ!エレナ様?何をおっしゃっているのかわかりかねます!」
「すんごく寂しそうな顔してたように見えたけど。素直が一番。狸に教育されるとみんな表情筋が死ぬのかね。」
「・・・。」
「それにイネスは、そんなに髪をひっつめて団子にしてても美人が出ちゃってるし、目や口がマダムと似てるじゃん。さっ、私もマダムに挨拶してお茶でも飲ませてもらうから、イネスはゆっくり部屋の準備でもしておいでよ。」
バイバーイと手をひらひらしながら、中に入って行くエレナの背中を見送りながら、イネスは一人反省会をする羽目になった。
(ちくしょー、エレナ様が神経を尖らせてるの忘れてたわ。こんな時に限って気づかなくていいことまで気づくのよね。それにしても私って寂しそうな顔してるかしら?もー、しくじったなー。気を引き締めないと、実家空気に飲まれたらおしまいね。よし!)
イネスは軽く頬を両手で叩いて、気合を入れ直して部屋の準備へ向かうのだった。