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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

決断

作者: ありま氷炎


 晴れているのに、今日は暑くない。

 日差しは空を覆う雲によって遮られて、風が心地よく吹いている。


 こんな気持ちいのいい日に、私は死のうとしている。

 展望台の木製の柵を乗り越えて、眼下に見えるのは海だ。

 休日もなんでもない日、私は有給を取ってここに来た。

 おかげで人影はまったくなかった。


 大学を卒業して、すんなり就職して、会社員になった。

 私は要領はよくなかったけど、頑張って仕事をこなして、会社に貢献していたつもりだった。仕事が好きで、先輩、同僚、後輩たちに仕事の功績をたたえられるのが嬉しかった。

 恋愛にはオンチでそういう経験もなく、6年が過ぎて、あの子が入ってきた。

 あの子は要領もよくて、頭もよくて、顔も可愛かった。

 私の担当していた仕事もあっという間に覚えてしまって、私は存在価値を失ってしまった。あの子がやるから、私が今までしていた仕事も減って、残業も必要なくなった。

 ずっと残業ばかりしていた私は、仕事が終わったら何をしていいかわからなかった。

 友達といえる存在もいなくて、毎日がとても退屈になってしまった。

 会社では私をたたえてくれる人はいなくなり、あの子が注目も的となる。

 私は28歳で、街で「おばさん」と呼ばれるときもあったり、仕事も事務ばかりであの子がこなせば、 私のやることがない。会社の女子社員は私が一番年上、結婚退職、転職で離れる女子社員が多い中、私だけがいつまでも会社に残っている。そうして徐々に会社でもその存在が疎まれているような気がしてきた。


「私はなぜ存在しているんだろう」

「いなくてもいいの」


 そんなことを考え始め、どんどん深みにはまっていった。 

 そうして見つけた道があった。


「終わらせてしまおう。生きていても仕方が無い」

「もう毎日生きてるのがつらい」


 私は初めて有給をとって、ここに来た。

 自殺の方法は色々考えたけど、手早く、痛くなさそうな方法として、海へ飛び降りて死ぬ方法にした。

 ビルなどから落ちたら人を巻き込んでしまうかもしれない。

 電車に飛び込むと、電車は止めるし、その死体処理も大変だと聞いたことがある。海であれば魚が食べてくれるだろう、そう考えた。

 柵を越えて、勢いをつけて飛ぶ。

 そうしたら海へまっさかさまだ。

 遺言、そんなものも書こうかと思ったけど、自殺するのは自分の問題で、書くことは何も無い。

 だから何も残さないことにした。

 飛び降りるとき、靴を脱ぐ人もいるけど、それすらしない。

 柵は飛び越えた。

 後は気合をいれて、飛ぶだけだ。


「ばいばい」


 ばいばい。

 私の無駄な人生。


 私は目を閉じてから一気に駆けた。

 ふわりと浮いた感触がしたので、もう飛び降りたんだろう。

 そのまま真っ逆さまに落ちるはずなのに、その気配はまったくしない。

 恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに髑髏が見えた。


「君の寿命はまだ尽きていない。どうして死にたいんだ」


 骸骨はどこから声を出しているわからないけど、聞いてくる。

 気持ち悪くてお腹がひくひく痙攣している気がした。足元からは風が吹いてくる。宙に浮いた状態、目の前には骸骨。

 混乱状態の上に骸骨は聞いてくる。


「質問に答えろ。なぜだ」

「だって、無駄だから。生きていても無駄だから」

「可笑しな理由だな」

「どうでもいいでしょう。私は死にたいの!」

「だったら1年後に死ね。その時は止めない」


 骸骨がそう言うと突風が吹いて、私は元の展望台のある崖に飛ばされた。

 それから、私はとりあえず骸骨の言うことを聞いて、1年間、生きてみることにした。あと1年後に死ねると思ったら、どうでもよくなって、やりたい事をこなし、食べたいものは迷わず口にした。

体重は見事に増えたけど、毎日が楽しくなったのは事実だ。

 あの子のおかげで残業する必要もないので、きっちりと定時にあがる。親には迷惑をかけたくなかったから、今手持ちのお金でやりたいことをやる。映画をみたり、おいしいと噂のケーキを食べに行ったり。

 1年後死ぬつもりなので、退職願を作ったり、賃貸契約の終了時期を計算したり。飲み会なんかも参加したり、どうでもいい私は人に気を使うことをやめて、好きなように楽しんだ。

 人から明るくなったねと言われたりして、おかしなもの。

 死ぬために生きている、そんな毎日は楽しかった。


 そうして、1年が経った。

 同じ場所にやってきて、同じように展望台の柵を越える。

 退職願はきっちり1ヶ月前に出して、驚かれたけど、昨日辞めてきた。あの子が私がやめて寂しいと泣いていたけど、素直に気持ちを受け取れなかった。

 まあ、いいや。

 今日はやっと終われる。

 念のため、周りを見渡したけど、骸骨の姿は見えなかった。

 賃貸契約も終了したし、荷物も全部処分した。

 両親のことを気にかかったので、もっていたお金を全部父の口座に振り込んだ。明日びっくりされるだろうけど、私はその頃もういない。

 少ないお金だけど、少しでも生活の足しにしてくれたらいいな。

 1年前は本当に勢いだけ何も考えてなかった。

 あの時死んでいたら本当に色々な人に迷惑をかけていただろう。

 骸骨が止めたのもそのせいかもしれない。

 っていうか、あの骸骨はなんだったかな。

 まあ、いいや。


 もう深く考えない。 

 ここから飛び降りて死ぬだけだ。


「待って!」


 助走をつけて飛ぼうとしたら腕をつかまれた。

 また骸骨?

 仕方なしに動きを止めて振り向くと、そこには普通の人がいた。

 もさっとした黒髪、パーカー、ジーンズにスニーカー。

 普段着っぽいから地元民かもしれない。


「死んだら駄目です」


 また止められたしまった。

 けれども、ちょっとほっとした自分がいた。


「ここから飛び降りたら、片付けするのは僕なんです。だから止めてください」

「……」


 片付け……。

 崖の下を見たら、海じゃなくて、岩肌が見えた。

 どうやら今は引き潮のようで、落ちたら確実にあの岩で私の体はぐちゃりと潰れるだろう。脳みそとか飛び出てかなり汚い状態になるかもしれない。


「わかりましたか」

「はい」


 飛び降りを止められたのは片づけが面倒だから。

 そんな理由だったけど、知ってしまったので今更飛び降りる気になれなかった。

 その人、私の言葉を信じていないようで、少し離れたところから私を見ていた。

 仕方ない。

 満ち潮の時に来るかなあ。

 その頃にはこの人もいなくなっているだろうし、海の中に消えるのだから片付けも必要ないだろう。

 お腹も減ったので、持っていた全財産、800円を使って昼食を食べる。チキン南蛮セットが珈琲付きで税込み800円だったので、それにした。

 最後の晩餐、いや昼食。

 珈琲を飲んで時間を確認したら後5時間もあった。

 今日は一年前と違って、雲ひとつ無い空模様。日差しが照りつけて、とてもではないけど、あの展望台で待つことは無理だ。なので、日陰を探して歩く。

 

「……まだいるんですか」


 木陰で休んでいるとさっきの地元民が話しかけてきて、悲鳴を上げそうになった。この人、なんていうか、音がしないんだけど。


「ちょっと観光して帰ろうと思って……」

 

 言い訳にしては全然なっていなくて、きっと嘘というのはばれていたかもしれない。


「観光だったら、動物村がありますよ」


 地元民はその言葉を信じたらしく、その動物村へ連れて行かれた。動物村、たしかに動物はいたけど、鴨、やぎ、豚とか、普通の家畜がいて動物園と書かないだけましかと思ったけど、観光というにはちょっと酷すぎた。 

 けれども、ヤギに餌をやったり、鴨の行列を見ていたら、時間はあっという間に過ぎた。腕時計を見ると、満ち潮まで数分で私は慌てて彼にお礼をいって、あの展望台に向おうとした。


「まだ諦めていないんですね。1年間楽しく無かったですか」


 1年って……。


「僕の主人があなたに1年間、あげたでしょう。1年楽しくなかったですか」

「……楽しかった。でもそれは、私が死ぬつもりだったから」

「もう1年死ぬつもりで楽しみませんか。仕事もやめたみたいですけど、この動物村では職員を募集してます。住むところ付きですよ。どうですか。もう1年死ぬつもりで生きて、やっぱり死にたかったら、飛び降りて死ねばいいですよ」

 

 ヤギにえさやったり、豚の赤ちゃんをみたり、結構楽しかった。

 住むところも提供してもらえるなら、1年試してもいいんじゃない。

 あのチキン南蛮もおいしかったし。


「じゃあ、あと1年」


 そうして、私はもう1年生きることにした。

 動物村の職員として、私はこの土地で暮らすことになった。気を使わない。どうせ1年の付き合いだから、そう思うと気が楽で、別の人になった気がした。

 1年後、満ち潮を選んで展望台にきた。けれども私は展望台の望遠鏡に100円を入れて、海と空の境界線を眺めるだけにした。

 世話している動物たちのことも心配だし、チキン南蛮もまだ食べたい。だから死んでなんかいられない。

 骸骨も、その手下も出てこなくて、今度は誰も私を止めなかったけど、自分で決めた。

 役に立たない、意味がない、生きていても無駄かもしれない。 

 でも私は生きることを決めた。


 


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