3つのメリークリスマス。
12月24日。午後4時半。
シーサイド公園には雪が降っていた。海を見下ろす景色の中にあるキッチンカー「海道」では今日も美幸が働いていた。
「いらっしゃいませー!・・・まあ!」
「ただいま、美幸さん」
幸造はクリスマス前に帰国できた。今からでは予約も間に合わないが。
「クリスマス。空いてるかな」
「私は。あなたが居るのなら」
そしてクリスマス当日。二人はトナカイの格好をした専属ドライバーの運転で、ゆっくりとドライブを楽しんだ。
「こちらケーキでございます」
「あら、ありがとうございます。・・・山形さん?」
「いえ。私はあなた方のサーヴァントYです」
広い車内には夫婦の他に今日のためのサービス係も居た。サンタ衣装で雰囲気もバッチリだ。
「この夜景を君に捧げたい。受け取ってくれるかな」
「喜んで」
幸せそうな二人のそばで、Yサンタは本当にサンタのような笑顔を浮かべていた。
野望は潰えた。一生に一度のチャンスは消えて失くなった。
世界の支配者になるはずが、世界で一番ヤバいヤツにこき使われてる。
「エージェントG。今の気分はどうだ」
後部座席から運転手に話しかける。運転手のトナカイ後藤も、山形に誘われて世界支配に乗り出していた一味だ。なおクーリーはサンドイッチを食べた罪により、年が明けたら幸造ら夫婦を招いて食事会をする予定になっている。
「甘い汁を吸いそこねました。このまま運転手人生が続くのかと思うとうんざりです」
「ほほう」
相槌を打ちながら、山形は見込み薄だなと感じた。後藤は愚痴をこぼしながらも、楽しそうだったから。
「君は世界で最も危ない運転手だが」
「・・・・そんな。事ないですよ」
ニヤニヤしながら否定されて、山形は自身の野望の終焉を確信した。後藤は現在を受け入れている。
色々画策して陰謀を企てて、これが結末。サンタの扮装でサービス係。
そんなこんなでクリスマスタクシーは夫婦の自宅に到着。
「サンタさん、ありがとう。とっても楽しかったわ」
美幸さんは相変わらず素敵な笑顔でサンタとトナカイをねぎらってくれた。
「今日はありがとう。じゃ、またな」
言いながら、エージェントMはポケットから2つの袋を取り出した。可愛らしい包装までされている。
二人を見送った後、トナカイにも渡してサンタは袋を開けてみた。
「チップ?」
「いや金貨じゃないですか?」
惜しい。どちらも不正解。
正解はプラチナのコイン。
「山形さん、分かります?どういう意味なんでしょう」
後藤にはさっぱり分からなかったので、データ班でもある山形に聞いてみた。
「使用料。だろう」
今日こき使った分の駄賃であり、これから先のBOAの任務で、エージェントMを「余分に」使う代金。
「死ぬまで使わなくて良い。そういうお守りだな」
「・・・使うと、どうなります?」
後藤は山形との二人っきりというオフレコの場だからこそ危険な問いを仕掛けてみた。
「コイン一枚で国が一つ消える。大事に使おう」
「・・・そ、そうですね」
ありがたそうに懐に収める山形。それ自体が爆発物であるかのようにおっかなびっくり触る後藤。
とんだプレゼントをもらったサンタ一行は元の生活に戻る。世界を裏から守ったり攻めたりする秘密組織BOAの生活に。
おしまい。
メリークリスマス。