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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
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0096消えたトロフィー事件13☆

「やっと僕の出番は終わりだね。やれやれ疲れたよ。手が痛いね」


 両腕を下ろすと、彼の目は謎を追及する猟犬のそれに変わる。


「じゃ、英二君、後は頼んだよ」


 英二は純架と拳を合わせた。こつり、と音が鳴る。


「おう。トロフィー、絶対見つけろよ。『探偵部』の威信にかけてな」


 純架ははつらつと点頭した。不敵に笑う。


「もちろんさ」


 俺と奈緒を引き連れると、廊下に出た。純架の超人的な美貌に、一般の客の視線が釘付けとなる。それを別に気にする様子もなく、部長はこちらへ振り向いた。


「じゃ、行こう、楼路君、飯田さん。時間との勝負だ、一分一秒も無駄にできないよ」


「それなんだがな純架。内密の話だけど、実は俺、昨日周防先輩に呼び出されてさ……」


 俺は今朝の登校中に話さなかったこと――周防先輩との昨夜の会食について、ここでぶちまけた。周防先輩が俺を信頼してこっそり話してくれたことを、純架たちに教えるのは気まずかった。気まずかったが、しかし事件解決の一助となりそうなこの情報を、胸に秘めたままにするのは気が引けたのだ。


 純架は重要な情報として熱心に聞いていた。話が終わると、しきりに顎を触って内容を吟味(ぎんみ)する。


「そんなことがあったんだね。そうか、『生徒たちの白鷺祭に対する情熱が足りない』か……。あの生徒会長、白鷺祭に鬱憤(うっぷん)が溜まっていたんだね」


「どう思う?」


「そうだね、犯人の動機としてはかなり具体的で理解できるものだと思う。『生徒たちを笑殺』とはね。……でもこれまで調べた限りでは、彼は犯人じゃないんだ。困ったことにね。そして周防先輩はそのことを承知していて、だから調子に乗って楼路君に動機を話したんだと思う。誰かに叩きつけたかったんだ、自分の考えを」


 俺と同じ結論に達していた。


「楼路君、飯田さん。生徒会室の鍵をもらうために、また少し聞き込みしたいことがあるために、まずは職員室へ行きたいんだけど。一緒に来るかね?」


「わ、私はいいよ」


 奈緒が昨日同様尻込みした。純架はふと気になったように彼女の顔を眺める。そこに何を見い出したか、彼は肩をすくめた。


「分かった。それじゃ飯田さんは先に生徒会室前で待っていてくれたまえ。僕らも鍵を持って後から行くから」


 こうして俺と純架は二人で、まずは職員室へ足を運び始めた。俺は道すがら相方に尋ねる。


「飯田さん、何だか最近おかしいよな。今日は特に調子悪そうだ。何か知ってるか?」


「いや、何も。君も『探偵部』部員なら、少しは推理してみたらどうかね」


 俺は年配の方や客引きをかわしつつ考える。


「……職員室に行きたくない。はて、何でだ?」


 答えが出る前に辿り着いた。




 先生方は生徒のみの昨日こそ学園祭を楽しんでいたが、一般客の来場する今日はそんなわけにはいかないようだった。職員室は閑散としており、俺たちに応対したのはベテランの高津川(たかつがわ)先生だった。灰色の石の塊を載せたような髪型で、目尻に皺と染みが浮いている。腰の手術をしたばかりで杖をついて歩いていた。


 純架はくたびれたように肩を揉む高津川先生に『肩叩きリラクゼーション・スペース』の利用を(すす)めてから、おもむろに切り出した。


「生徒会室の戸棚――白鷺トロフィーや諸々(もろもろ)が収められていたもの――、あれはいつ設置されたものなのか分かりますか?」


「また妙なことを聞くね。それも『探偵部』の捜査の一環かい?」


「ええ、まあ」


 俺は純架の意図が分からず、ただ黙って聞いている。先生は深呼吸のように息を吐いた。


「あれはそうだね、恐らく旧校舎が落成して開校となった際――つまり40年前だな――生徒会室にトロフィーや盾をディスプレイする入れ物が欲しいとなってね。それで購入されたものらしいよ。というのは、わしはその頃はまだ大学生で、設置の経緯などは教師になってこの高校に赴任してから人づてに聞いただけでね。その場にはいなかったからよく知らないんだ」


 純架はいっこく堂のように「時間差腹話術」で質問を重ねた。


「では、その戸棚が、今の新校舎一階の、生徒会室に、搬入されたのは、いつですか?」


 うぜえな。器用だけど。


「20年前、新校舎が建設されて間もない頃だね。教育の拠点を新校舎に移すために、盛大な移動が行なわれたんだ。いやあ、あれは大変な騒ぎだったよ」


「戸棚の搬入を主導したり手伝ったりした人間は分かりますか?」


 高津川先生は純架の真剣な眼差しに苦笑した。


「まさか。生徒会室だけじゃない、当時の引っ越しにはわしを含めた教師陣だけでなく、生徒会役員全員も駆り出されているからね。記録が残っているわけでもなし、今更調べられないよ」


 純架は軽い落胆を覚えたか、肩を上下させた。握っていた拳を開く。


「では、当時から今もこの高校に在籍する先生はいますか?」


「わし以外にはおらん。わしはその頃からの古参として教鞭(きょうべん)を振るっているが、先回りして言わせてもらえば、当時戸棚の運搬を手伝ってはいないな」


「つまり、20年前にあの戸棚を生徒会室に運び込み、その状態を知悉(ちしつ)している人間は、現在は皆無ということですね」


「まあそうなるな」


 純架は何を思ったか、満足そうにうなずいた。


「……ありがとうございます。生徒会室をもう一度調べたいので、鍵を借りたいのですが」




 純架と俺は生徒会室前にやってきた。気落ちした様子で待っていた奈緒と合流する。鍵を開けて中に入り、ドアを閉めると、そこだけ森閑(しんかん)として別世界のようだった。4台の長机が正方形を作っている。俺はうんざりした。


「またここか」


 それまで無言だった奈緒が、やや呆れたように不平を漏らす。


「桐木君、散々調べたんでしょ? もう目新しいものは何もないと思うけど」


 純架は気にせず腕を組んだ。暗い隅を眺めてぶつぶつと呪文のように唱える。


「犯人の気分になるんだ。どうやってこの部屋に侵入し、トロフィーを盗み出して、その後どうやって持ち出したか。一連の流れを、ありありと想像できるぐらいにね……」


「ばっかみたい。そんなんで犯人が捕まえられるわけないでしょ」


「まあまあ、飯田さんも協力してよ。君も同じ『探偵部』の一員なんだから」


「私には無理よ。朱雀君もでしょ?」


 奈緒は首を振ってから俺を見上げた。俺も心からの同意を示す。


「淡木先輩の証言では窓は全て塞がっていたし、ドアも鍵がかかっていた。完全な密室だったんだ、ここは。更に昼は生徒の目が、夜は警備員の巡回があった。ドアを開け、戸棚のガラス戸の鍵を開けてトロフィーを持ち出し、誰にも見つからずにどこかへ立ち去るなんて、到底不可能だ。俺たちには手に負えないよ」


 純架は(ふところ)から何かを取り出し、突然俺に放り投げた。反射的に右手で受け取る。何かと思えば、それは野球の硬式ボールだった。


「そんなことは分かってるよ。だからこそ考えるのさ。細くて小さい抜け穴を探し出すために」


 いや、何だよこのボール。説明なしかよ。


 時計の音が大きくなる。純架はパイプ椅子に座り、長机に頬杖をついて長考した。時間は刻一刻と過ぎていく……


「もう、しょうがないな」


 奈緒が()れて、俺のブレザーの裾を引っ張った。


「ねえ朱雀君、桐木君は放っておいて、私たちだけでトロフィーを捜しに出かけようよ」


 黙然としたままの純架を眼前にして、俺はさすがに賛同しかねる。


「でもなあ……。純架に全責任をおっ(かぶ)せるのは気が引けるよ」


「いいのよ、事件の謎は桐木君に任せれば。問題はトロフィーよ。私たちは別に犯行の経緯を明らかにするよう頼まれたわけじゃないわ。ずばり言えばそんなのどうでもいいのよ。大切なのはトロフィーを閉会式までに回収することなんだから。そうでしょ?」


「あ、ああ。言われてみれば確かにその通りだ」


 奈緒はどうも、俺を連れて他へ行きたいらしい。それは嬉しいが、彼女の憂愁(ゆうしゅう)色濃い顔は何らか隠し事を秘めているような気がする。トロフィーを真面目に探す気はあるのかどうか不安だ。


 それでも奈緒は俺の腕をつついてうながした。もしかして俺と二人になって、何やら悩み事を相談したいとか考えているのだろうか? それならそうするべきだと俺は思う。奈緒が頬を膨らませた。


「行こう、朱雀君」


 俺は頭をがりがり掻くと、とりあえず部長に相談した。


「……ということなんだけど、純架はどうする?」


 彼は半ば上の空で、振り向きもせず答えた。


「僕はこの部屋で犯人になりきるんだ。退屈なら、君たちはよそを捜したまえ」


 根が生えたように動かない。意地でも謎解き優先らしい。俺は溜め息をついた。


「そっか。じゃ、悪いけど俺たちは行くわ」


 俺が歩き出したのを確認すると、奈緒はドアを開けつつ振り返る。


「桐木君、そうやって一日中そこで考えてなさい。行こ、朱雀君」


 純架は不明瞭な輪郭の台詞を吐いた。まるで夢うつつのように。


「一日中、か……」


 俺は純架の横顔が急激に変化していくのに気がついた。目の色が変わり、興奮だろう、頬が赤く染まる。


 だがその変貌を最後まで見届けることはできなかった。奈緒に手首を掴まれ、引っ張られたからだ。俺は後ろ髪引かれる思いで生徒会室を後にした。

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