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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
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0086消えたトロフィー事件03☆

 バルーンアートのように肥えた体をした丸眼鏡の生徒が、俺たちを見咎める。


「何だ、君たちは」


 刈り上げの黒髪で、口を尖らせている。腹が豚のようにせり出しており、一見して運動不足なプロ棋士の様相だった。


 生徒会室はなかなか広く、長机で形作られた正方形を囲むように、各自が椅子に座っていた。面々の前には役職を表す画用紙の名札が置かれ、それによると男は生徒会長の周防正行(すおう・まさゆき)らしい。この渋山台高校全生徒を指揮する、生徒会の最高権力者ってわけだ。


 そして、火曜日放課後にスマホを捜すべく最後にこの生徒会室に入り、またその翌水曜日の朝には白鷺トロフィーの盗難に最初に気付いた人物でもある。明らかに胡散(うさん)臭かったが、そうであるからといって犯人と決め付けるのは早計だ。


 純架は静まり返った生徒会の面々に、()びるように笑ってみせた。


「ああ、気にしないでどうぞ続けてください」


 副会長、神埼昴(かんざき・すばる)が怒った。ぼさぼさの髪に黒縁眼鏡で、黄色い肌で神経質そうな造作の顔だ。全体的にひょろりと長い。


「今は会議中だ。部外者は出て行ってもらおうか」


 確かに生徒会メンバーの前にはプリントが何枚も重ねて置かれ、討議の最中であることは分明だ。


 純架は室内を見渡しながら(こう)した。


「実は1年3組担任の宮古先生から許可を得てあります。僕ら『探偵部』はなくなった白鷺トロフィーの捜索を任されていて、この生徒会室の調査も行なっていいと認められているんです」


 書記の女子が不快感を剥き出した。画鋲のような刺々(とげとげ)しい台詞をぶつけてくる。


「それなら最初にそう言いなさいよ」


 雰囲気は険悪だ。俺は気まずさに頭を掻きむしりたかったが、純架は「では遠慮なく」とのたまって、他者をまるで意に介さず室内を物色し始めた。生徒会の一同は軽侮の視線をこちらに寄せていたが、話は終わりと認識したらしく、各々会議に心身を引き戻していった。


 当然ながら、生徒会の人間はあらかじめトロフィー盗難を知っている。それが表に漏れてこないのは、各自の生真面目さと口の堅さによるものだろう。会計係が今日の議題を俎上(そじょう)に載せた。


「3年3組の焼きそば店ですが、費用の再々申請がありました。このグラフを見てください……」


「この後、生徒会の作品である『樹の大門』の最後の着色に取り掛かります。ペンキは茶色と黄土色がありますが、どちらを使用するかご検討お願いします……」


「生徒の居残り時間を30分延長した午後6時半にしないと、間に合わないというチームが3つも出てきました……」


 再開され、厳格に進行する議論をよそに、純架はトロフィーがあったという戸棚から手をつけた。焦げ茶色の木製で縦長に作られ、こちら側が透明なガラス戸となっている。かなり古いもので、かつ相当重そうだ。


 俺だけに聞こえるようささやく。


「この戸棚のガラス戸、鍵がかかっているね」


 透明な板は中央の金属部分で施錠されているらしく、びくとも動かない。


「生徒会室の鍵、ガラス戸の鍵。二重に鍵がかかっていたというわけだ」


 中にはラグビー部や水泳部の記念写真、教育委員会の奨励賞の盾、体育祭の優勝旗などなど、小さなこまごまとした記念品が所狭しと並んでいる。その中で、直径20センチほどのスペースがぽっかり空いていた。


「ここにトロフィーが収まっていたというわけだ」


 純架はスマホで熱心に撮影した。シャッター音に生徒会の面々が白い目を向けてくる。ごめんなさい。


 部長は続いてロッカーを調べた。モップや(ほうき)、雑巾やバケツなどが置かれている。


「掃除用具が入っているだけ、と……」


 こちらは撮影せず、純架は開き戸を閉めた。


 後はプロレスラーが真っ二つにするタイプの机と、パイプ椅子が数点、壁際に寄せられている。生徒会が使用しているのと同じ種類だ。いざというときのためのスペアなのだろう。ホワイトボードにはマグネットで紙切れが貼り付けられ、黒字で何やら書かれている。それぐらいか。


「……では、校舎案内のチラシを200ほど多めに刷って、日曜日朝に正門前で配る。担当は柏木(かしわぎ)さんと古橋(ふるはし)さんだ。他には?」


「今日のところは以上です。各自配布したプリントを持ち帰り、よく読んでおいてください」


「じゃ、ひとまず解散だ。お疲れ様、皆んな」


「お疲れ様でした」


 どうやら会議が終わったらしい。生徒会の面々が帰り支度を始めていく。雑談と退室の騒音の中、周防生徒会長が開いていた窓を閉じて、その鍵をかけていった。これは今日の当番なのだろう、二人の生徒がロッカーから(ほうき)を取り出し、床を掃き始める。俺と純架は邪魔にならないよう隅に寄った。


「どうだ、何か分かったか?」


 周防先輩が話しかけてきた。純架は左手で筒を作り、右の手の平に添えて、自分の目に近づけた。


「凄いよ楼路君! 掌に穴が開いているよ!」


 幼稚園児か。


 純架は生徒会長に何事もなかったかのように答えた。


「いいえ、何も分かっていません。全てはこれからです」


「はっきり言っておくがね」


 丸眼鏡の向こうで彗星が鋭く光る。嫌悪感が(にじ)み出ていた。


「僕は生徒新聞で『探偵同好会』とやらを承知した。また部活動に昇格したときは存在を認識し、予算をつけてみた。だが正直、不快に思っていたよ」


 腕を組み、高圧的な態度を示す。


「学生の本分をわきまえず、探偵の真似事で自己満足に浸る。確かに何件か解決に導いたようだが、はっきり言って非生産的だね。先生に依頼されたのなら仕方ない、我々生徒会も協力しよう。だがくれぐれも――」


 明確な敵意が顔面にみなぎった。その様は醜悪だが迫力はある。


「くれぐれも、明後日からの学園祭の邪魔だけはしてくれるな。いいな」


 純架は礼節の仮面を取り去ろうとはしなかった。


「それはもちろん。お約束いたします」


 そうこうしているうちに、部屋の掃除は終わったらしい。係の生徒は掃除道具をロッカーに戻し、頭を下げつつ帰宅の途についた。


 周防生徒会長は純架に鍵を渡した。銀色のそれには大きなキーホルダーとプレートが繋がれている。


「じゃ、これが生徒会室の鍵だ。調べ終わったら施錠して職員室に返却だ。忘れるなよ」


「はい、ありがとうございます」


 純架は帰ろうとする周防先輩を引き止めた。なぜか両手を伸ばして『ス』の人文字を作っている。


 毎朝の情報番組『スッキリ』に感化されたのか?


「もう少し。……あの、生徒会室で会議を開くとき、扉の鍵はいつも生徒会長が管理してるんですか?」


 生徒会長はややうざったそうだった。『ス』の体勢を維持したままの純架を、「何だこの馬鹿は」とばかりに眺め渡す。先輩、俺も同じ気持ちです。


「基本的にはな。僕のときもあれば副会長の神埼君のときもある」


「そうですか。それからもう一つ。トロフィーがないと判明したとき、戸棚のガラス戸の鍵は開いていましたか?」


「閉まっていたよ。犯人がトロフィーを盗んだ後、鍵をかけたんだろうな。ご丁寧にな」


「どうも」


 部屋を出て行く最高権力者の背中を見送り、純架は『ス』の人文字をやめた。


「やれやれ、もう少しで手足の靭帯が切れるところだったよ」


 切れねえよ。つか、だったらやるな。


 純架は改めて室内を調べまわった。使われたパイプ椅子、机を(あらた)め、何事もないのを確定させると、今度は窓を一つ一つ点検していく。どうということはない、普通の教室のそれと変わらぬ引き戸の窓だ。全部で5つあり、端っこは――つまり黒板側のそれは5割ほど大きく、普通に外へと出入りできる代物だった。


「窓の鍵は全て内側からかかるようになってる。1階だから、もし鍵が開いていれば窓から室内に侵入することは可能だね。特にこの扉のような窓は、窮屈な格好を取らなくても歩いて外に抜け出せる」


 俺はその出入り口となる窓を開け、そこから身を乗り出して外気に顔をさらした。


「窓の外は植木か……。もしこの窓から出たとしても、その瞬間は植物に遮られて誰かに発見されることはなさそうだな。もっとも、その後人目に遭わずに移動することは不可能そうだけど」


「そうだね。目立つ白鷺トロフィーを抱えていたならなおさらだ」


 純架は椅子に座って足を組んだ。両手を後頭部で組む。


「盗みにも四通りあるってことだね。すなわち、ドアから入ってドアから出る。窓から入って窓から出る。あるいはドア、窓。それか窓、ドア」


 俺は窓を閉めて鍵をかけた。試しにその状態で引き戸を引こうとしてみたが、びくともしない。


「ありそうなのはどれだ?」


「ドアの鍵があるならドアから出たり入ったりするだろうね。窓を使うと出て行くときに窓の鍵が外れたままになってしまって、すぐ逃走経路がばれてしまうし。ドアの方は、内側からロックするにも鍵が必要みたいだね。窓から窓以外の方法では、どうしても生徒会室の鍵が必要になるようだ。水曜日の早朝、ドアは鍵がかかっていたんだからね。それは犯人がドアから逃走したとするなら、合鍵を持っていて、わざわざ鍵をかけて去ったという事実の証明になる」


「つまり?」


「まだまだ分からないことだらけだ、ということだよ」




 翌日金曜日は、白鷺祭前日ということで午前中で授業が終わった。純架は旧校舎3階1年5組の根城へ全部員を集めた。


「実は昨日、宮古先生からこんな依頼があったんだ」


 純架は全員を椅子に座らせると、黒板に『将来の夢はユーチューバー』と小学生のような願望を書き殴ってから、事件の詳細を明かした。

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