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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
71/156

0076無人島の攻防事件06☆

「うっ!」


 純架が後ろに倒れる。無精髭は両足を固められた状態で信じられないほど敏捷(びんしょう)に動き、純架が置いた拳銃に飛びついた。と思うや、早くもその照準を美少年に合わせる。怪我していない方の左手だった。


「形勢逆転だな、ガキが」


 胡麻塩頭が仲間のホームランににやりと笑う。


「さすがだ、高山(たかやま)


 俺は何も出来なかった。無精髭が純架を殴打しても、ピストルを奪還しても、彼を撃つことをしなかったのだ。


 純架はゆっくりと両手を挙げた。悔しそうに訴える。


「殺さないでくれ」


「ガキのくせに度胸があるなと思っていたが、こんなちゃちな駆け引きに失敗するとはな。やはりガキはガキか……」


 俺は横たわっている胡麻塩頭に拳銃を向けた。


「純架を撃つなら俺もこいつを殺すぞ」


 精一杯のはったり。無精髭は意に介さない。


「その震える腕では説得力がないな。お前はそっちのガキとは違って、人を撃つことは出来ない。断言してやってもいいな」


 俺は歯噛みした。その通りだった。引き金を引けば人が死ぬ、その事実を前にして指に力を込められるはずがない。


 純架が諦念に満ちた言葉を紡ぐ。


「僕らを殺すん気なんだな」


 無精髭は勝ち誇っていた。


「ああ」


 さも当然と言わんばかりだ。純架は万歳した格好で恐る恐る切り出した。


「それなら一つお願いがある」


「何だ? 頭をぶち抜いて即死させてくれ、という要望なら残念ながらお断りだ。俺は屈辱を忘れん。お前はあちこち撃って散々苦しませてから殺す」


 純架が無慈悲な死刑宣告に体を震わせている。


「……なら、処刑を始める前に教えてほしい。さっきの質問に答えてほしいんだ。それぐらいいいだろう?」


 無精髭は息を取り込み、胸郭一杯に優越感を吸い込んだ。直後に吐き出されたそれは勝者のゆとりに満ちていた。


「時間稼ぎなら無意味だ。ここには誰も来ない。サラはどこかに隠したようだが、それは後々吐いてもらおう。……だが」


 白い歯を見せる。どす黒い誘拐犯には似合わない、清潔な輝きをまとっていた。


「いいだろう、答えてやる。まず俺たちは大富豪のリチャード・タウンゼントの娘サラを誘拐し、身代金を要求する計画を立てた。チームは4人。俺の名は高山、そいつの名は嶋尻(しまじり)だ。あと佐々木(ささき)がリーダーの小坂井(こさかい)と共に身代金受け取り役として別の島で動いている」


 高山は調子に乗って舌をフル回転させる。独演会は続いた。


「サラをさらうのは比較的簡単だった。タウンゼント夫妻は日本の治安に慣れきっていて、娘がすぐ近くの公園で遊ぶのをほったらかしていたんだ。俺たちは彼女を誘拐した。そして二手に別れ、俺たち後詰(ごづ)めはボートで海を渡ってこの鎖挽島にサラを監禁した……」


 彼は得々として語る。


「身代金は全て宝石で要求した。サラの命を盾にして受け取った後、リーダーたちはクルーザー船に乗って俺たちとこの島で合流し、その後逃走する予定だ。宝石は別の耐水性の高い袋に詰め替えて海に沈める。ほとぼりが冷めたら引き揚げに戻るつもりだ。乗ってきた船は捜査撹乱の意味も込めて爆破し、証拠は残さない」


 純架は上ずった声を出した。


「身代金の受け渡しはいつだい?」


「今夜遅くだ」


「サラ君はどうするつもりだ?」


「そうだな……」


 高山は熟考した。ややあって口を開く。


「大企業の幹部の娘ということで巻き込んだ。どうも口が利けないようだから、生かしておいても支障あるまい。だからこの島に置き去りにする。助けが来るまで生き延びられるかどうかはそいつの運任せだ」


 ふと、高山は何かに勘付いたように舌の動きを緩めた。自嘲の笑みで頬が崩れる。


「いかんな、俺の悪い癖だ。どうも喋り過ぎるんだよな……」


 男はさっと表情を引き締めると、左手の人差し指に力を込めた。


「さ、もういいだろう。悪いが右手は指を折っていて、あいにく左手で撃たせてもらうしかない。急所に当たるか外れるかは俺も保証できん」


「そ、そんな……!」


 高山はおびえる純架に微笑んで、舌舐めずりをする。


「まず一発目だ。食らえ!」


 無情にも引き金が引かれた。


 静寂。


 弾を射出するはずの銃は沈黙したままだった。


「何……?」


 高山は焦って何度も引き金を引く。だが金属音が空しく響くだけで、轟音が空間を制圧する未来は訪れなかった。


 純架が手を下ろし、見下すように言った。


「それ、あらかじめ弾を抜いておいて、二発しか入ってなかったんだよ。つまり僕が使った二発で打ち止めなんだ」


 これが、純架の考案した「一計」の全てだった。真相たる情報を引き出すため、俺も純架も打ち合わせ通りに芝居したのだ。それは大成功に終わったわけだ。いくつか想定外の要素をはらんではいたものの……


 高山は山の頂上から谷底へ転落するように顔色を変化させた。純架は走り出し、両足の自由が利かない高山の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす。


「ぐえっ」


 高山が口の中を切ったか、唇の奥から血を垂らした。純架は改めてその両腕を後ろ手に縛る。


「さあ高山、ボートの位置を教えるんだ。この島の地図か何かあるんだろう? そいつはどこにある」


「誰が糞ガキごときに教えるか……!」


「そう、それじゃこうだ」


 純架は高山の右手人差し指をつまんで振った。骨折しているその箇所は、さぞや激痛を男の神経に送り込んだことだろう――まあ俺の右足よりかは軽い痛みだろうが。高山は情けなくも絶叫する。


「ひいっ、や、やめろ! やめてくれ!」


「じゃあ教えるんだ」


 高山は他人の痛みには鈍感なくせに、自分の痛みには敏感だった。あっさり吐き出す。


「に、西の浜辺だ! 俺の背負い袋に入っている地図とコンパスを使えば、すぐにそこへ辿り着ける」


「上出来だ」


 純架は指を離した。そして高山の持ち物から各種道具を探し当てると、それを引っ張り出す。


「これだね。西の浜辺にボートか、これなら僕でも分かる」


 俺に振り返る。


「行こう、楼路君。その足じゃ辛いだろうが、ボートに乗ればもう歩かなくて済む。身代金の宝石を海に沈められる前に、サラ君を連れて戻るんだ」


「こいつらはどうする?」


「このまま置いていこう。きつく縛ってあるからもう僕らを追ってはこれないはずだしね。……一刻を争うよ。急ごう」


 俺は足の痛みに耐えながら、純架に寄りかかって外へと歩き出した。敗北感に打ちのめされた二人の大人を残して……




「ドントムーブ」と言い渡してあったサラは、洞窟の外に身を隠して俺たちを待っていた。俺と純架が姿を見せると、満面の笑みで駆け寄ってきた。心細い思いをさせちまったか。


 三人揃って夕闇濃い森の中を進んでいく。空に星が輝き出し、暗紫色の絨毯(じゅうたん)が頭上に展開された。懐中電灯の光を頼りに、草木を掻き分けて先を急ぐ。


「波の音だ」


 純架が指摘した事実を、俺の聴覚が追認する。木々の間から砂浜が見えた。しかし……


「波が高すぎだろ、これは」


 俺は激痛にさいなまれつつうんざりするという曲芸を披露した。降雨はないものの、波濤(はとう)が白く海岸線を猛打している。近づくものを寄せ付けない大自然の力だった。とても漕ぎ出せる状況ではない。


 目立つ位置にあったボートは俺たちが乗っていたものと同じタイプだった。今度は壊れないだろうな……


「でも身代金を奪われるわけにはいかないし……」


 純架は激しく揺れる波を恨めしそうに眺めていた。そうこうするうち、周囲は急速に夜の侵食を受けていく。


 俺は純架の迷いを断ち切った。


「行こう、純架。スマホが繋がる場所まで行けば事足りるんだろう? サラは殺されないから、ここは俺とお前の二人で荒波を越えよう……」


 言葉は分からずとも、雰囲気で察したのだろうか。サラは俺の左足を掴んできた。


「サラ……」


 ううむ、やはり彼女をこの島に残して行くことはできない、か。曲がりなりにも彼女の安全を保障してきた高山と嶋尻は、遠く離れた洞窟で身動きできずに転がっている。今の彼女の保護者は俺たちなのだ。


 純架は渋面(じゅうめん)でしばし沈思黙考した後、迷いを切り裂いて決断した。


「仕方ない、三人一緒に行こう。とりあえず目指すは正面にある陸地だ。コンパスと星の位置で迷うことはないと思う」


「よし、そうするか。波も穏やかになるかもしれないし」


 純架は火事場の馬鹿力を発揮して、数分でボートを浸水させる。辺りはすっかり闇だ。連中から奪った懐中電灯と、煌々(こうこう)と冴え渡る月明かりだけが頼りだった。


 俺たちはボートに乗り込むと、激しい隆起を繰り返す海原へと繰り出す。波は強く、岸から離れるのさえ手こずった。


 純架はオールをさばきながら、酷く揺れる舟上で悪戦苦闘する。やがて手を止めると、舟の縁から顔を外に出し、盛大に吐いた。


「うえぇ……」


 どうやら軽度の船酔いだ。俺は彼の背をさすりつつ苦笑した。


「『探偵部』部長の弱点が発覚したな。揺れに弱い」


「笑い事じゃないよ、楼路君。……ああ、胃液しか出ない」


 そういえば俺たちは食事も()っていなかった。俺は空きっ腹を撫でる。足の激痛と空腹が交互に襲ってくるようだ。


「交代しよう。サラを頼む」


「その足で踏ん張れるかい?」


「左足だけで頑張るさ」


 懐中電灯の光の中、純架がサラを抱え込む。俺は(かい)を手に取った。


「真っ直ぐでいいんだな?」

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