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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
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0072無人島の攻防事件02☆

 俺は揺れる海水に無意味に片手を(ひた)し、耳を()ませる。


「何だ?」


 英二は耳まで真っ赤になって、なぜか怒ったような()ねたような口調で切り出した。


「俺、好きな人ができたんだ」


 自分でも制御しかねる、といった具合の声音だった。ほう、と純架が息を漏らす。彼は俺同様に興味を抱いたようだった。先をうながす。


「相手は誰だい?」


 英二は親指の爪をいじった。ようやく出した声はか細く、英二史上最小の力のなさだ。


「……辰野日向だ」


 俺は結構衝撃を受けた。辰野日向?


「おい英二、お前菅野さんが好きなんじゃなかったのか?」


 英二は眠りから覚めたかのように俺を凝視する。理解不能といいたげだった。


「何だそれは。なんで俺が結城と?」


「だって菅野さんはいつもお前の背後に控えてるじゃん。日常生活の雑事諸々(もろもろ)を引き受けてるし」


 英二は合点(がてん)がいったか、馬鹿馬鹿しそうに手を振った。


「結城はメイドだ。俺とはあくまで主従の関係で、恋愛要素などない」


 きっぱりと突き放すような冷たい言葉だ。ううむ。英二はそこまで割り切っているが、結城の方はどうなんだ? 彼女も仕事とプライベートは分けているのだろうか?


 英二は俺の困惑など気付かずに話を戻した。深々と溜め息をつく。


「辰野は俺のこと、どう思っているんだろう……?」


 純架は突如立ち上がり、持ってきていた小石3個でお手玉を始めた。


「たとえこちらを見ていなくとも、見料1000円は確実に徴収するから覚悟しておいてね」


 NHKの受信料のようなことをのたまう。


 だいたい素人のお手玉で1000円ってぼり過ぎだろうが。


「辰野さんはあまり自己主張の激しい人じゃないからね。いつも控え目で……。英二君と辰野さんのカップリングなんていきなり過ぎて分からないよ」


 俺は海中にあった手を戻して水を払った後、髪を()きながら引き継いだ。


「別に、辰野さんが英二をじっと見つめてただとか、その背中へ意味ありげに視線を送っていただとか、そんなこともなかったからな、今まで。関係は『普通』じゃないか?」


「やっぱりそうか」


 英二は最初の羞恥(しゅうち)が過ぎると、熱心にこちらの話に耳を傾けている。純架が小石を4個増やした。


 増やし過ぎだ。


「それにしてもいったいいつから彼女に入れ込むようになったんだい? そんなきっかけ、今まであったっけ?」


「この前の田場海岸でのやり取りだ。お前らは知らなかっただろうが……」


 英二は睫毛(まつげ)を伏せた。


「あのとき俺は灼熱の砂浜で、辰野と連係して凶悪犯罪の発生を未然に防がんとしていた。あいつは脅迫犯が姿を見せたら、その行動をつぶさに撮影して証拠にするとか言っててな。愛用の紅色のデジタルカメラを首からぶら提げていたんだ」


 俺と純架は無言で聞き入る。英二は恥ずかしげにうつむくばかりだ。


「そして俺が休憩から戻り、辰野に一服するよううながしたときだ。あいつは俺にデジカメのレンズを向けて、シャッター音と共に俺を撮影したんだ。そしてこう言った――今でもはっきり覚えている――『三宮さん、ぜひ身長を伸ばしましょう! これから私が写真を撮って記録していきますから』ってな」


 英二は耳まで真っ赤になりながら、今度は足の爪を人差し指でいじくる。


「これってちょっとした愛の告白じゃないか?」


 俺と純架は一瞬固まった後、軽く噴き出してしまった。英二が(おもて)を上げて、憎々しげにこちらを睨む。舟の上でなければ地団駄を踏んでいただろう。


「笑うな。俺はおかしなことは何一つ話していないぞ」


 俺は苦笑をこらえるのに必死だった。


「いや、だってなあ。『毎日味噌汁を作ってあげたい』みたいな求婚の台詞とは、全然違うだろ、それ。辰野さんは何の気なしにそう言っただけだ。深読みのしようがない」


 純架が鮮やかな手捌(てさば)きで小石を宙に舞わせる。


 いい加減やめろ。


「それで? 英二君はその『愛の告白』に応じようというわけかね?」


「ずばりそうだ」


 英二の不機嫌そうな顔から、相談相手を間違えたと痛感する様子がうかがえる。しかし次々溢れ出る感情は抑えきれないらしい。早口でまくし立てた。


「俺はそのとき、改めて辰野を見直した。そして彼女を素直に可愛いと思ったんだ。『俺が守ってやりたい』と決意するぐらいにな。それぐらい、あのときの辰野はあまりにも美しく、魅力的だった。まだ見ぬ犯人に恐怖と戦慄を覚えながら、それでも立ち向かっていこうとする姿勢にも、何だかこう、気高いものを感じたんだ」


 俺はその言葉の一つ一つに真情の吐露を見い出した。どうやら英二は本気らしい。ちょっと真面目になる。


「そうか。それで辰野さんを好きになったってわけか」


「正確にはそうである自分を発見したっていうか。こんな気持ちは生まれて初めてだった。……俺と辰野じゃつり合わないかな?」


 純架はお手玉に夢中だ。左右の手を器用に上下させ、小石をこぼさず正確に回している。


 目障りだ。


「大丈夫大丈夫、背の低い辰野さんなら、英二君とある程度釣り合うからね。ただ身分が違うかな。三宮造船の御曹司と中流家庭の一市民とじゃ、どう考えても厳しいと思うけどね。本人たちは良くても周りが許さないと思うよ。その辺菅野さんや父親の(つよし)さんはどう言っていたんだい?」


 英二は腕を組んだ。首を振って癖毛が揺れる。すっかり乾いていた。


「結城には相談していない。父上にも母上にもな。これはあくまで俺の個人的問題だ。……ただ同性同学年のお前らなら相談に乗ってくれるかな、と思っただけだ」


 最後はよく聞き取れないほど小声だった。と思いきや、急に声を張り上げる。


「ともかく! 周りは関係ない。これは俺のわがままだが切実な事態だ。どうにか辰野と今より仲良くなれないか? そこに尽きる」


 英二は英二なりに覚悟を持って俺たちを沖に引きずり出したというわけだ。ならばこちらも誠意を見せねばなるまい。


「よし、よく分かった。俺が責任持って英二と辰野さんのデートを仕組んでやる。それでいいな?」


 英二がぎょっとした。この男が驚く姿は珍しく、俺は軽い満足感を覚える。彼は声の震えを抑えるのに必死だった。


「おい、そんなこと出来るのか?」


 俺は自信たっぷりに胸を叩く。恋愛なら自分の方が先輩だという、何の根拠もない思いがその根底にあった。


「この朱雀楼路に任せなさい。そうだな、2学期中にはさり気なく辰野さんを誘って、お前と二人きりの時間を持たせてやる。後のことは知らないけどな」


 英二は興奮のあまり俺の手を取って握り締めた。記憶にないほどの笑顔で、まるで神様に出会えたがごとく喜んでいる。


「素晴らしいぞ、楼路。お前は俺の心の友だ」


 そんな本音らしきことを述べ、彼は今回の相談の結果にご機嫌を隠さなかった。


 俺はふとボートの揺れが大きくなっていることに気がついた。周りを見れば波が高くなってきている。


「よし、内緒話は終わりだ。ちょっと海が荒れ始めてきたし、そろそろ戻るか」


「そうだな」


 そのときだ。純架がバランスを崩し、海に落ちたのは。盛大な水飛沫を上げて、一瞬両足だけが海上に出るほど真っ逆さまになった。


「純架!」


 お手玉のやり過ぎで体勢を保てなかったのだろう。アホらしい話だ。純架は小石を自由意志に反して水没させてしまった。海中から鎖骨の辺りまでを出す。


「ああ、僕のソウルメイトたちが……」


 そんなものが友達なのかよ。


「上がれ、純架。手を貸すぞ」


「ありがとう、楼路君」


 純架は腕を伸ばし、俺の手を握り締めた。ぐっと力を込める。


 その瞬間だった。船の底から、何かが折れる音が聞こえてきたのは。それは乾いた、しかし重厚な物音だった。


「おい! 浸水し始めたぞ!」


 英二が悲鳴を発する。純架を引き上げてから見てみると、竜骨の中央周りの板に亀裂が入っていた。物凄い勢いで海水が流入してくる。俺はその悪魔のような光景に気が動転した。


「やばい! 俺が漕ぐから二人は水を掻き出せ! 岸に急ぐぞ!」


 純架と英二は言われた通りにした。畜生、こんなボロ舟だとは思わなかった。とんだ計算違いだ。


 いつの間にか空は完全に雲に占拠されていた。俺は額と胸元を汗で光らせながら、懸命にオールで海水を掻き分けていく。その間純架と英二は、舟の底に注入される水を手で必死に除去していた。だが浸水の方が圧倒的に速い。絶望的な思いで俺たちはただ一つの目的――岸への生還――に全力を傾けた。


 しかしこんなときに限って、雨が俺たちを嘲笑するように降り始める。踏んだり蹴ったりだ。


 そして、遂に――


「沈むぞ!」


 英二が諦念(ていねん)を込めて指摘した。ボートは折からの高波に飲まれるように、その体躯を海中に没したのだ。


 俺たちは海に放り出された。三人とも泳ぎは達者だが、潮流や風に翻弄されて上手く進めない。更に強まってきた降雨が視界を塞ぐ。


「くそ、こんなところで……」


 俺は純架と英二の姿を見失い、孤独と溺死の恐怖に(ほこ)を交えざるを得なかった。


 波はどんどんそのおぞましい姿をさらけ出していく。熱い体はなぜだか芯から冷え始め、疲労と倦怠(けんたい)の二重奏が音もなく流れ出した。


「純架! 英二!」


 雨中、俺は友の名を叫んだ。返事はない。まさかもう水没してしまったのか。


 誰の助けも来ない大海で、俺はそれでも一時間近く粘った。だが立ち泳ぎの連続で、手足は鉛のように、その活力を急速に失っていく。


 こんなところで死ぬのか。まだ告白さえしていないのに。


「飯田さん……!」


 俺は愛しい人の姿を脳裏に描き、それを栄養源として最後の水かきを実行した――

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