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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
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0071無人島の攻防事件01☆

◼️無人島の攻防事件




 夏も終わりの8月終盤。うだるような日々が続き、地上は熱の天蓋に覆われてしまったような酷暑で満たされていた。


 とにかく何をしても汗をかく。歩いていても寝転んでいても、ゆでだこにされているような感覚が発汗をうながした。クーラーの効いた室内などならともかく、これで外でも歩こうものなら、来ている服は水浸しになること請け合いだ。


 というわけで……


「海だっ!」


 奈緒(なお)がオフショルダーの赤い水着で砂浜を駆ける。その背中を手でひさしを作って眺めながら、俺――朱雀楼路(すざく・ろうじ)は口笛を吹いた。


「素晴らしいなあ、夏って……」


 俺たち『探偵部』は、中途半端に終わった海水浴やプール行のしくじりを挽回すべく、今度は遠くの海にやってきたのだった。天気は快晴で、体感温度38度の熱気は海水浴をより魅力あるレジャーとして引き立てている。


 俺たちは英二(えいじ)の用意した二台の車でこの砂浜にやってきた。着替えは車内で行ない、外に出たときにはもう水着姿なのだ。俺と純架(じゅんか)、英二は片方のワゴンで。奈緒と日向(ひなた)結城(ゆうき)はもう一方のワゴンでそれぞれ私服を脱ぎ捨て、今日この日を楽しもうと、いそいそと外へ飛び出した。


「お前ら、あんまりはしゃぎ過ぎて溺れたりするなよ」


 英二が俺と純架にぴしりと注意を与える。純架は振り向き、親指を立ててみせた。剥き出しの白い歯が光を放つ。


「了解!」


 その後、手首を返してサムダウンの形にしたところで、英二が純架の頭をグーで殴った。


 何やってんだ。


 彼、桐木純架(きりき・じゅんか)は超絶的な美貌の男子で、俺たちが属する『探偵部』の創始者であり部長だ。ヘルメットを被ったような黒髪で、眉から下の相貌を露出している。その端麗な顔は超人的な美しさで、こうして男らしい胸を見せない限り、女ではないかと周囲に錯覚させるほどだった。そしてまいったことに、彼は心の底から奇行を愛する変人でもあるのだ。


 山へバーベキューに赴いたときと同様、英二が選択したこの海岸はひと気が少なく、ほぼ貸切状態だった。天才高校生探偵の須崎巧(すざき・たくみ)と出くわした田場海岸とは、その人出において雲泥の差がある。白い砂浜に降り立った俺たち男3人は、いち早く波打ち際へ向かった女性部員たちの水の掛け合いを微笑ましく見守った。


 ボーイッシュな黒髪とすっきりしたプロポーションで、見るものに清涼感を与えているのは、俺の恋焦がれる人物――飯田奈緒(いいだ・なお)だ。ウサギのような大きい茶色の瞳に、小振りな鼻、魅惑的な唇だ。変わったことに、左右の耳が丸まっている。


 その奈緒と一緒にはしゃいでいるのは、背伸びして花柄のビキニを着たスレンダーな少女、辰野日向(たつの・ひなた)。品行方正で真面目な性格が広く知られている。いつもは牛乳瓶の底のような分厚い黒縁眼鏡と、紅色の愛用のデジタルカメラを身につけていて、どことなく野暮ったい。しかし今日はギアを上げたかったのか、ショートカットの黒髪を振り振り、奈緒と楽しく遊んでいる。他の部員と違い、彼女は新聞部との掛け持ちで『探偵部』に参加していた。


 二人と離れた位置で軽くクロールしているのは、紺の競泳水着を着たスタイル抜群の少女、菅野結城(すがの・ゆうき)。英二のメイドで、ご主人様に絶対的服従を誓っている酔狂(すいきょう)な美人だ。『探偵部』中もっとも理知的で、今日は英二の許可を得て自由時間を満喫している。いつもの銀縁眼鏡がないため、改めて切れ長の瞳が印象付けられた。腰のくびれが魅惑的だ。


 俺は鼻の下を伸ばして目の保養にいそしんでいた。


「じろじろ見るな、この変態が」


 三宮英二(さんのみや・えいじ)が俺のすねを蹴る。痛い。


 英二は純架に匹敵する美貌と小さい背丈、及びその洞察力から、「神童」と呼ぶにふさわしい。一般の女子からすると格好いいというより可愛い、と映るのだろう。茶色の髪は癖っ毛で手入れが大変そうだ。純真そうで一筋縄ではいかない瞳を有し、鼻は子供っぽく尖っている。


「何だよ、皆の――特に飯田さんの――水着姿に見とれてただけだろ。あんな格好で人前に出てくる彼女らが悪いんだ」


「独りよがりな理屈だな。その点見ろ、純架を。女たちにまるで興味がない。大したものだ」


 純架は入念なストレッチを行なっていた。肘を伸ばし、膝を曲げる。波打ち際ではしゃぐ女性陣には目もくれない。


 だがよくよく見れば、その手にした小型スマホで、こっそり彼女らを撮影していた。


 興味ありありじゃないか。


「おい純架、卑怯な真似はやめろ。堂々撮影許可を求めるんだ」


「え? 何のこと?」


 純架はとぼける。俺は中っ腹で追及した。


「そのスマホで撮ってただろ、飯田さんたちを」


「ああ、これかい? これは僕のわき毛の生え具合や腹筋の割れ方をチェックするために、こと細かに自撮りしていただけだよ。見てみるかい?」


 インカメラを使ってたのかよ、まぎらわしい。




 海で腹一杯に遊んでから、俺はビーチボールを楽しむ女性陣を眺めつつ、砂浜に寝転がっていた。少し疲れたのだ。


 俺は太陽のきつい日差しを浴びながら、例えようもない幸福感で一杯だった。浅学非才(せんがくひさい)の身なれど、空と大地を独り占めとはどういうことか、誰よりも詳しくなった気がする。


「こんな気持ちのいい一日は初めてだ。奇跡みたいだな……」


 横に座っている純架がペットボトルのお茶を飲んだ。気楽そうに言う。


「やれやれ、君の考えるところの『奇跡』ってのはそんな安っぽいものなのかい」


 俺はにやりと笑った。軽い挑発を華麗に受け流す。


「いいんだよ、俺は安っぽい男なんだから」


 純架は呆れ気味に苦笑した。逆さにされたペットボトルが陽光を鈍く受け止めている。


「自分で言ってちゃ世話ないね。……いるかい?」


 俺の肩に残量なしのそれを押し付けてくる。


 単純にゴミを寄越してるだけだ。当然いらない。


「今日はさすがに、この前の田場海岸や市営プールみたいな事件も起きないだろうね。個人的には頭を体操させるべく、何か奇跡的な確率で難事件でも発生してほしいけど」


「お前の『奇跡』こそ不純で安っぽいな」


 と、そこへ英二が何やら腹案を秘めた顔で近づいてきた。ボール遊びに歓声を上げる女子陣を視線で一撫でした後、俺と純架に小声で話しかけてくる。


「なあ、純架、楼路。ボートに乗らないか?」


「ボート?」


 二人でハモった。英二はひそひそ話でもするかのように顔を寄せてくる。


「少々古いが、まだまだ使えそうな木製のボートがある。あれで沖に出ようと思うんだ。一緒に行かないか?」


 英二から誘ってくるとは珍しかった。俺は上半身を起こす。


「沖に行って何するんだ? 釣りでもやるのか?」


「いや……それが……」


 これまた希少なことに、英二は顔を赤らめた。含羞(がんしゅう)の気配がある。何だ何だ、何事だ?


「結城や黒服のいない場所で話したいんだ。駄目か?」


 純架は英二に空のペットボトルを差し出して、100点満点の無視をされた。部長は顔をみるみる険しくする。


 いや、お前が悪いだろ。


「僕は構わないよ。楼路君、君はどうだい?」


「じゃあ付き合うか」


 俺たちの快諾(かいだく)に英二は破顔一笑した。雲間から陽光が差し込んだようだった。


「よし、なるべく結城や黒服たちに悟られないように行くぞ」


 俺たちは英二を先頭に歩き出す。空はいつの間にか薄曇になっていたが、雨が降り出すまでにはいかなかった。黒々とした崖を回り込み、しばらく(いそ)を踏み締めて進むと、新たな浜辺が開けてくる。そこに一(そう)の茶色いボートが打ち捨てられていた。全長2メートルぐらいの小振りな体格だ。(かい)も取り付けられている。


 純架は早速調べてみた。あたかも相手が生きている人間であるかのように、底に耳を押し当てて「大変だ、心音皆無だ!」と凄まじい形相で報告する。


 そりゃそうだろ。


「確かに旧型だけど、壊れてはいないようだ」


 純架がそう結論を出した。英二が俺たちを()きたてる。


「ぐずぐずしていたら黒服たちが来てしまう。さっさと進水して漕ぎ出すぞ」


 俺たちは協力してボートを波打ち際に押し出した。結構体力がいる。それでも俺のここ一番の馬鹿力が発揮され、それは底を波に洗われた。


「英二様!」


 俺たちが来た道に結城と黒服三名の姿がある。舟が水に浮かぶと、英二はひらりと飛び乗って大声を出した。


「すぐ戻る。追ってくるな!」


 俺と純架もボートに乗り込む。まずは純架がオールを担当し、結城たちの指先ぎりぎりで大海原に滑り出した。彼女の悲痛な叫びが響き渡る。


「英二様っ! お待ちくださいっ!」


 純架は結城の忠告も意に介さず水を掻き分けた。彼女らの姿はどんどん小さくなり、やがて豆粒のようになって景色に埋没する。追ってくるにも船がないらしかった。




 漕ぎ出して10分。周囲は遠くの島々の影と水平線のみとなった。岸から思ったより遠ざかってしまったが、英二はそれどころではないと、真剣な表情でうつむいている。


 純架が櫂から手を離した。さっきの話の続きを求める。


「お望み通り、周囲には誰もいなくなったよ。僕らに話って何だい?」


 英二は苦悩しているようだ。心中の葛藤(かっとう)をさらけ出し、(おもて)を上げたり下げたり忙しい。だがここまで来て話さないわけにもいかず、結局長期の闘争は一方が押し切った。


「実は、折り入って話がある」

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