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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
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0067『114』の鍵事件01☆

   (七)114の鍵事件




小生(しょうせい)も行く!」


 気温が35度という酷暑の中、よく響く鈴のような声が純架の家にこだました。台詞を撃ち出したのは桐木(あい)、純架の妹だ。


「楼路さんに小生の水着姿を見てもらって、一緒に遊び倒すんだから!」


 愛はこの前の8月4日に14歳になったばかりだ。その際俺がプレゼントした子猫の髪飾りは、早速彼女のセミロングの黒髪にアクセントを与えている。


『探偵部』はこの前LINEで検討し、メンバー全員一致して市民プールに行くことを決めたのだ。そして今日はその当日。俺は純架を伴って出発するつもりだった。


 そこを通りすがりの愛に見つかったのだ。


 純架は頭髪をかき回した。駄々っ子を(さと)すように話しかける。


「駄目だ。今回は『探偵部』の集まりなんだ。愛君は関係ないだろう」


 愛は幼さの残る顔にみるみる不満を(つの)らせた。


「いいじゃない、ケチ! 小生が同行したって困ることなんてないじゃない」


「それはそうなんだけど……」


 純架は廊下にしゃがむと、片膝を立てて足の爪を切り始めた。


 なぜ今ここで?


「楼路君、君からも言ってやってくれ。無理なものは無理だと」


 俺はしかし同調しなかった。純架の頑迷(がんめい)足蹴(あしげ)にする。


「いや、いいだろ、別に。プールに連れてってやろうぜ」


「さすが楼路さん!」


 愛が俺の片手をすくい取って両手で握り締めた。勝ち誇ったような表情で実兄を見下ろす。


「ほらお兄ちゃん、楼路さんも言ってくださってるじゃない。プール、同行してもいいでしょ?」


 純架は全ての爪を切り終えると鼻を近づけ、爪先の匂いを嗅いだ。顔をしかめる。


 何やってんだ?


「しょうがないな。……分かったよ愛君。40秒で支度(したく)しな」


 愛が歓喜を爆発させた。


「やったぁ! 待っててね二人とも!」


 愛は二階へ続く階段を駆け足で上っていく。その様を見ながら俺は微笑ましい気持ちになった。


「可愛い妹じゃないか」


 純架は俺を軽く睨みつけ、少し(けん)のある声を出した。


「駄目だよ楼路君。甘やかしたらわがままが通ると思ってしまう。時には厳しく接して、増長の芽を摘んでおかないと。少なくともこの件に関して、君と僕の良心は相容(あいい)れないな」


 俺は誠実な兄貴ぶる純架がおかしくてたまらなかった。失笑して一鞭(ひとむち)くれてやる。


「何言ってやがる。結局許可したんだから一緒だろ」


「やれやれ」


 純架は靴下を履き終えると立ち上がった。切り落とした爪の山を手の平に載せ、俺に差し出す。


「万病に効きますよ。今ならお値打ち価格、5万円のところを980円で!」


 凄まじいお値打ち価格だが、当然いらなかった。




 俺と純架と愛は、渋山台駅前で英二、奈緒、日向、結城の4人と黒服5名と合流した。


「あれ、その子は?」


 奈緒が愛に気付いて純架に説明を求めた。部長は咳払いし、何となく諦念をにじませながら釈明した。


「僕の妹、愛君だ。14歳になったばかりだ。ごめん、本人たっての希望で……」


 愛が(さえぎ)り、ばね仕掛けの人形のように勢いよく会釈する。


「桐木愛です! よろしくお願いします!」


 合点(がてん)がいった日向が、早速カメラのレンズを向けた。被写体に笑顔で話しかける。


「妹さんだったんですね。では早速一枚撮らせて下さい。はい、チーズ」


 愛はすかさず前衛的なポーズを取って、まんまと自分好みの写真を撮影させた。


 奈緒は愛と握手し、30秒と経たないうちに意気投合する。子虎を手懐(てなず)ける飼育員に見えた。


「今日は楽しもうね、愛ちゃん」


「はい、飯田さん!」


 英二が興味なさそうにアイスクリームを舐めている。そこらのコンビにでは買えない高級品なんだろうな……


「おい、そろそろいいか。行くぞ」


 近くの道端に停まっている黒塗りのリムジンに乗り込もうとする。純架が英二のシャツをつまんで引っ張った。


「ここからプールまで徒歩で5分もないよ。歩いていこう」


 英二は不機嫌を露わにした。純架の指を振りほどき、不快感を視線に乗せた。


「車なら2分とかからん」


 俺は英二の肩を軽く叩いた。今日はこういう場面が多いのかな、と我ながら考える。


「このくそ暑い中を歩いて、十分熱気を溜め込んだ上で、冷たいプールに浸かる。これが一番気持ちいいんだ。冷房の効いた車で移動したら醍醐味(だいごみ)がなくなるだろ」


 英二は俺を眺めた後、そばに立つ結城に答えを求めた。


「そういうものなのか? 結城」


 結城は眼鏡の中央を指で押し上げた。そのレンズをぎらつく太陽が駆け抜ける。


「一理あるでしょう。下々(しもじも)の考えらしいと思います」


「ちっ、しょうがないな。この前の海といい今回といい、下々の考えには付き合い切れん……。ほら、分かったからさっさと向かうぞ」


 英二は結城を先頭に、その後についていった。俺たちも続く。『探偵部』6名、黒服5名、更に純架の妹・愛。総勢12名でぞろぞろ歩く姿は、さすがの俺も少し恥ずかしかった。




 渋山台市民プールは一周100メートルの流水プールがメインで、高さ6メートルのウォータースライダー、競泳用の25メートルプールが併設されている。県内最大規模といっていい。今日も大勢の利用客が喚声を発し、水飛沫(みずしぶき)を跳ね上げて泳いだり流されたりしていた。


「じゃ、また後でね男子諸君。行こう、愛ちゃん」


 奈緒たち四人は女子更衣室へ入っていった。俺たちは男子更衣室で着替えだ。といっても水着はあらかじめ家で穿()いてあるので、やることはロッカーに衣服と荷物を放り込むことだけだ。


 ロッカーは4段10列が一組で、全部で8組ほどあるようだ。つまり最大320人が同時に利用できる。一つの開き戸に鍵が一つ用意され、腕時計のように巻く青いリストバンドと一体化していた。プールで気兼ねなく遊べるよう、鍵を収納する機構になっている。バンドには黒マジックの手書きで対応するロッカー番号が刻まれていた。しかし字がやや下手なため、3、6、8、9がどれも似通っていたり、数字と数字の間の隙間が広かったりと、識別に苦労させられる。去年来たときにも感じた不満だったが、クレームが出なかったのか直されていなかった。まあ、数字が全く分からないというわけでもないし、別にいいか。


 おっさんや少年が水着に着替えている様は正直見たくもない。混雑する更衣室から、俺は鍵バンドを手にさっさと()け出した。遅れて純架と英二が出てくる。英二は明らかなブランド物のトランクスを穿いていて、俺や純架の3000円程度のそれとは明らかに格が違った。海でも痛感したが、正直うらやましい。


「そういや英二、黒服たちはどうした? 一人も入場してないみたいだが」


 英二は小学生のような貧相な体つきだ。肘を伸ばして柔軟に余念がない。この前は散々プロレス技を掛け合い――いや、一方的に掛けさせてもらったっけ。今回はプールなだけに、海のような振る舞いは出来なさそうだった。


「ああ、あいつらなら外で待たせてある。『バーベキュー事件』のような凶漢がいたとしても、まさかプール場内に武器を持ち込むこともできまい。遊んでいる間の護衛なら結城一人で十分だ」


 純架は「準備体操だ」と言いながら、ヒクソン・グレイシーよろしく両腕を鞭のようにしならせている。鬼気迫る表情だった。


 格好悪いぞ、それ。


「お待たせ」


 女子4人が俺たちを見つけて近寄ってきた。


 奈緒は純白のフリル付きビキニ、日向は青いワンピース型、結城は紺の競泳用水着、愛は黒いフレアトップビキニだった。


 俺は余りの眼福(がんぷく)に、ろくに信じてもいない神様をありがたがった。まあ、この前の海でもそうだったけど。


 奈緒が含羞の言葉を漏らす。


「変かな?」


 俺は急いで首を振った。心からの台詞を言う。


「よく似合ってるよ、飯田さん」


「ありがとう!」


 愛が間に割って入ってきた。気分を害しているようだ。


「もう、楼路さん。私は?」


 俺は凹凸の少ない彼女の姿に苦笑した。


「ああ、綺麗だよ、愛ちゃん」


「なんだか心がこもってないなあ」


 愛は()ねたように口を尖らせる。しかしすぐ気分を取り戻したらしい。


「泳ごう、楼路さん」


 俺の手首を掴むと流水プールへ向かって走り出した。俺はつまずきそうになりながら、されるがままに地べたを蹴った。




 俺たち『探偵部』男子は皆泳ぎが上手かった。俺は中学時代に散々鍛えたし、純架も引っ越し前にかなりならしたらしい。特に英二は絶品だった。


「勝負するか、楼路」


 25メートルプールでクロールを競い合った俺たちは、一方は大勝の、もう一方は大敗の烙印を押されることとなった。もちろん勝ったのは英二だ。あの小さな体で信じられないほど強い水かきを行なったのだ。俺がゴールしたとき、英二は既にプールから上がって俺を余裕たっぷりに見下ろしていた。


「飲み物おごれよ、楼路」


「ちきしょう、もう一回だ、もう一回!」


 他方、女子は結城と愛が達者な泳ぎで、奈緒がそこそこ、日向はカナヅチだった――海で遊んでもその技量は変わらなかったらしい。純架は結城を除く彼女らの相手をし、潜水対決や鬼ごっこ、ウォータースライダーで遊んでいた。


 俺と英二は陽に当たって、コンクリートにうつ伏せで寝そべっている。結城は英二の側につき、彼の手足を揉んでいた。英二は(きょう)(おもむ)くまま結城をからかう。

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